第123話
留置場の床に座り、鉄製の檻に手を触れさせる。
表面がほんの少し錆びているが強度は充分だろう。メレクでもなければ素手での破壊は無理だろう。
だが、魔法や剣を使えば破壊は簡単だ。……少しばかり、ザルだな。この留置場は。
……まぁそもそも探索者を捕まえておくような場所ではないのだろう。
まぁ……メレクみたいなのを拘束するのとか絶対に無理だしな。そういう用途にはないのだろう。
俺が檻を掴みながらため息を吐くと、俺も入っている牢屋の奥から笑い声が聞こえる。
「ははっ、若えの、お前もやらかして捕まったのか?」
「……ほっとけよ」
俺が奥にいた同室の男に返答すると、俺の不貞腐れた様子が面白かったのか、男は笑い声をより大きくして俺に話しかける。
「そんな釣れねえことを言うなよ。俺はよ、女に騙されて商隊を襲っちまってなぁ……。傭兵をやっていたんだけどな」
「……興味ねえよ」
無論……当然ながら俺は捕まったわけではない。
そもそも捕まるようなことはしておらず、単に衛兵に頼まれてこの留置場に潜入しているだけである。
このおっさんを含めてこの国の外で商隊を襲った数人の傭兵達がいるらしく、本来なら他国での事件のためこの国で捕らえておくようなことはないのだが、他の街まで遠いため護送するまで一時的に身柄を預かっているとのことだ。
傭兵というだけありそこそこ腕が立ち、逃げ出す可能性があることと、多少不可解な「騙した女」のことを確かめるために、中に入り見張りとそれとなく女について聞き出してほしいという依頼である。
つまり、俺は捕まったわけではなく、衛兵達の依頼で留置場の中に入っているだけなのだ。
……無論、断っても良いことではあったのだが、わざわざ俺を指名してくれているという信頼には応えたいし、迷宮鼠には珍しい救助依頼ではない依頼だったので、これを機に迷宮鼠に他の依頼も来るように期待してのことである。
決して、小さな女の子に悪戯をした罪ではない。
ふてくされているのは、単純にここに入る前に散々商人にからかわれたからだ。
……あまり気は進まないし、別に必須というわけでもないが……多少聞き出す努力はしておくか。
そちらの方には期待されておらず、あくまでも復興のために出払っている衛兵の代わりの見張りというのが主な任務ではあるが。
「お前はなんて名前なんだ? 俺はガルネロだ。二、三日したら護送されるだろうから短い付き合いだろうが、よろしくやろうや」
「……ランドロスだ」
「ランドロスね。お前は何をやらかしたんだ?」
そこら辺の設定は何も考えていなかったな。殺人……は、こんな留置場ではなくもっと厳重なところだろう。盗みは今の時期だとバレにくいはずだし、見逃されがちなはずだ。
色々と考えようと思ったが、あまり自分の犯した罪を口に出さずにいるのも不自然かと考えて、適当に思いついた罪を話す。
「……年端もいかない少女に手を出した」
……何故、俺はよりにもよってその罪を口にしてしまったのか。いや、まぁ……普段からそれで捕まらないかビクビクしていたからつい口から出てしまっただけか。
ガルネロと名乗った男は俺の罪状に引いた様子を見せつつ、すぐに気を取り直して笑いながら話す。
「ほ、ほーん、そうか。また何でそんなことを」
「……性欲に負けてしまった」
「若いのに拗らせてるな……。いや、ダメだぞ、女を襲ったりしたら」
何故俺は街道で商隊を襲った傭兵に説教されているのだろうか。
「いや、同意の元だった」
「……はぁ、そうか。同意あったら捕まらねえと思うが……。どれぐらいの子に手を出したんだ? 10代半ばぐらいか?」
「……11歳がふたりと、13歳がひとりだな」
「…………お前、すげえ偏った性癖してんな。11歳はダメだろ。常識的に考えろよ」
俺、何で盗賊みたいなことをやらかしたおっさんに説教されてるんだ。
「あんな、それに同時に何人も手を出すのってのは感心しねえな。その子供からしたらお前は初めての男なわけだろ? そんな奴が欲望のままに動いて、自分を大切にせずに他の女にも見境なくいってたらどうよ。ずっと傷ついた心で生きていくことになるかもしれないんだぞ?」
「……はい。性欲に負けてしまって」
「俺も男だ。まぁ子供に手を出したいって趣味は俺には分からないがな、色んな女に手を出したいのは分かる。でもな、そういう欲望を抑えて紳士的に一人を愛するってのが男としての務めなんじゃねえかって、俺は思うわけよ」
……何で盗賊で捕まってるおっさんに正論で諭されているんだ。嘘が苦手なせいで、捕まったということ以外はほとんど本当のことを話しているせいで非常に心へのダメージが大きい。
ガルネロは留置場のベッドに寝転がりながら、深くため息を吐く。
「まぁお前も若いしな。性欲が暴走するのは分かる。……が、手を出したりせずに、そういうのは水商売のプロに頼ってな」
「……いや、それは……」
「ああ……そうか。流石にそんな子供はいないもんな。大人には反応しないのか?」
「……したことはないな」
「難儀な趣味をしてるなぁ。とは言っても、別に手を出しただけだと捕まらないだろ?」
「やんごとなき身分の子女に手を出したんだ」
ガルネロのおっさんはボリボリと頭を掻く。
「何でまた。せっかく色男なんだから、別にそんな厄介そうなのに手を出す必要はないだろ?」
「……性欲に負けてしまった」
「お前、さっきから性欲に負けすぎじゃないか? 大丈夫か? ここから出たあと、またやらかさないか? 心配になってきたんだが」
……俺は何で犯罪者に再犯の心配をされているのだろうか。本来なら立場が逆なのではないだろうか。
狭い檻の中、おっさんの説教は続く。任務のため逃げる事も出来なくて非常に耳が痛い。
仕方ないだろ。カルアは可愛いんだから、男として堪えるのは……! 堪らないだろ、カルアは!
一応、説教をされるという形ではあるが、かなり早い段階で会話が出来るような仲になれているのは、任務の成功に近づいているので悪い状況ではないが……正論の説教で心が痛い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます