第113話

 街の至る所に魔物が降ってきた時や暴れて壊した時に出た瓦礫が積んである。


 俺はそれを集めながら商人に尋ねる。


「建築材とか必要そうなのに、お前はこれをいいことにどこかから買ってきて高値で売ったりはしないんだな」

「何言ってんです。人が困っている時に高値で売りつけるなんてしたら嫌われるでしょうに。急いで集めて売りに来ても、その場でちょっとお金が入るだけですし」

「……じゃあ集めてきて普通の値段で売ればいいんじゃないか?」

「そんなの手間がかかるだけでしょう。相場より安く売るってのは感謝を得ますけど、感謝と信頼はまた別のものですよ。同じところにいけば同じ値段で同じものが手に入る。お客さんにそう考えてもらえれば、習慣になる。それが信頼であって必要なものです」


 そんなものだろうか。

 まぁ……俺もとりあえず欲しいものがあったら商人に話していることを考えると、その考えも一理あるのだろう。


「……商人は賢いな」

「まぁ旦那よりかは」


 実際そうかもしれないが、失礼だなコイツ。どこまでなら俺がキレないか試す遊びでもしてるのだろうか。

 俺が不服そうに商人を見ていると、商人は微かに笑って俺の方を見る。


「旦那より賢いので、旦那がこの国を守ったってことにも気がついてますよ」


 商人のその言葉に思わず目を開く。

 元々、迷宮鼠の仲間だったシルガが犯人だとバレると、迷宮鼠の責任になる可能性があった。


 そうでなくとも、心身に負担のかかっているマスターを庇うために、衛兵達にはあの場でのことは話さず、裁く者が現れたことだけを伝えていて……俺達が解決したということは、あの場にいた奴以外には知るはずがないことだった。


「……なんで知っているんだ? そんな軽々しく漏らすような奴はいないと思うが」

「旦那、闘技大会の本戦を棄権してたじゃないですか。わざわざ応援しに行ったのに、残念でしたよ。……根が生真面目な旦那がちょっとした理由で棄権するとは思えないですからね。それに瓦礫の撤去作業に数日遅れたのも真面目な旦那を知ってるアタシとしては不思議ですから」


 俺が商人の言葉に押し黙ると、商人は自慢げにペラペラと話し始める。


「普通に考えると、旦那が事前に国の危機を見つけたけど衛兵に伝えても信じられないような事態だったから一人で対応しようとするも上手くいかずにギルドの仲間とともに戦って倒して解決したけれど何かしらの問題から大々的に発表するのは控えて死力を尽くして倒れたランドロスの旦那は身体が回復してから復旧作業の手伝いをし始めたってことぐらいは分かりますよ」


 ……完全に当たってて怖い。本当に知らなかったのかと疑うが、言いふらすような奴はギルドにはいないので、本当にただの推理なのだろう。


「こんな慌ただしい中なのに、世間を賑わせた連続殺人犯が姿を現さないのは、その人物が連続殺人の犯人ということですか?」

「……あまり詮索するなよ」

「……へえ、何か思うところがあるんですね。まぁ、これが終わったらパーっと飲みに行きましょうよ。さっき言っていた店、興味ないわけじゃないでしょう?」

「……まぁないわけではないが、それより、カルアとシャルとはあまり長い時間離れたくない。……普通にさ、ギルドに飲みに来いよ」

「えっ、いいんですかい?」

「別に一般開放はされているし、お前、普通に前入ってきてただろ」

「いやぁ、旦那から酒の席に誘われると思っていなかったんでね」


 ……ああ、そういうことになるのか。


「別に、お前は性格が悪く俺を利用ばかりしてくる奴だとは思っているが、嫌いというわけでもない。……いや、嫌いではあるが、悪とまでは思っていない。……いや、悪ではあるが、決して許されない大罪人とまでは思っていない」

「これ以上ないってくらいにまでハードルが下げられましたね。いや、別にいいですけども」

「……カルアとシャルの前で余計なことを言うなよ? お前は俺を貶めて笑うところがある」

「やだなぁ、旦那。アタシはいつも旦那の味方じゃないですか。旦那を見て笑ってるのは確かですけど、アタシの手助け有りでギリギリ笑える範囲ですよ。放置してたら旦那のやらかしが笑えない範囲に到達します」

「笑ってるんじゃねえか」


 クソ、なんだコイツ、やっぱり追い返そうかと思っていると、商人は汗を拭いながら俺から離れる。


「おっと、では家の設計士に声をかけてくるので、今はこの辺りで。また夕方に向かいますね」

「……歩くの疲れたから休みたいだけだろ。じゃあまたな」


 商人と別れてから気がつく。……そういえば、マスターと連れ込み宿に入ったことを口止めしていなかったな。

 ……まぁ、アイツも多少空気は読めるよな。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 一つの国とは言えど、かなり小規模な国で領土は街一つだけだ。数日の作業のおかげで結構片付いてきているので、これからは今日までのように忙しなく動かなくとも瓦礫が邪魔で動きにくいなんてことはないだろう。


 少しくたびれながらギルドに戻ると、ギルドの一角で商人とネネとシャルとメレクという不思議なメンバーで机を囲っていた。


 不思議に思いながらそちらを見ていると、カルアがスカートを揺らしながらパタパタと駆けてくる。


「あ、ランドロスさん。おかえりなさい」

「カルア、ただいま。あれ、聖剣は?」

「イユリちゃんが、数週間は聖剣さんと話したいそうなので、イユリさんのお部屋に置いています」


 ……時間感覚がやっぱりハーフエルフだな。サラッと数週間も会話に使うのは長命種族混じりなだけある。

 俺と同じぐらいの年齢に見えるが、アレでも40代半ばだしな。ミエナに至っては100歳超えているが、やはり時間感覚のズレを感じる。


「……あっちは何か珍しい顔ぶれだな」

「ああ……商人さんがシャルさんの近くに座ったので、ネネさんが若干警戒して天井から降りてきまして、珍しく席に座っているネネさんを見てメレクさんがやってきたという具合です」

「ああ、納得だな。ネネはあれで面倒見がいいし、胡散臭いもんな、商人」

「いえ、商人さんはランドロスさんのご友人なので、同じ性癖の可能性を考えて、ネネさんが庇いに行った感じですね」

「…………それ、どちらかと言うと俺に対する警戒心の方が強くないか、ネネ」

「どちらかと言うと、と言わずにでもネネさんはランドロスさんを警戒してますよ。シャルさんも私も、なんだかんだと会う度に、悪口を交えながら遠回しにランドロスさんから悪戯されていないかを聞かれますよ」


 ……信用しろよ。なんかこの前、ちょっといい感じに認めて褒めてくれただろ、ネネ……。

 そんな手を出したりは……と思ったが……昨夜、思いっきりカルアに悪戯をしようとしていた。


 またネネに怒られる、と怯えていると、カルアはクスリと笑う。


「昨夜のことは話してないから大丈夫ですよ」


 カルアは悪戯げに微笑んで、俺の手をちょっと握る。

 一瞬見惚れるが……すぐに思い出す。ネネはめちゃくちゃ耳がいいのだった。


 普通の人なら聞こえない距離だが、ネネは猫耳をピコりと動かして俺の方に目を向ける。


 ……あ、これは……叱られるやつだ。

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