第112話
「いや、朝食は道すがら食うからわざわざギルドによらなくてもいいって」
「あ、ギルドの前までは一緒に行きましょう」
「ん、ああ……まぁ、そうだな」
シャルは俺をじとりと見ながら、俺の服の袖を摘まむ。
カルアは立て掛けていた聖剣を「よいしょっ」と言いながら背中に背負う。
勇者が持っていたら大剣というには小さく、普通の剣というには大きい程度のものだったが、小柄なカルアが背負うと普通の人が背負う大剣よりもよほど大きく見える。斜めに掛けているが、それでも刃の先が地面ギリギリで、真っ直ぐに持てばカルアよりも少し大きいぐらいだ。
「……よく背負えるな」
「私は7kgだ。そこまで重くない」
「あ、聖剣さん。おはようございます」
お嬢様っぽい格好をしている細身で華奢な少女が自分の身体よりも長い剣を持っているのは少し妙に見える。
「……そんな高そうな剣を持っていて大丈夫か? そこまで治安がいいわけでもないぞ」
「雷を出して守ってくれるらしいので大丈夫ですよ。ついに私も武力を持ったということです」
便利だな……。まぁ、一応は聖剣だしな。
「……雷はカルアも使えるのか?」
「いえ、勇者になれるというだけで、勇者に選ばれたというわけではないので使えないみたいです。魔法を使ってバーンってしてみたかったので残念ですが……まぁ、なる意味もないですしね」
「そんなものか」
魔王の力を貸してもらっている立場上、勇者と恋人で睦み合うのが大丈夫かと思ったが、まぁ勇者じゃないならセーフである。
「魔王が現れるまで、しばらくはこの小娘に着いていこうと考えている。台座に刺されて放置されるのよりかは退屈しなさそうだ」
「はぁ、なるほど」
寮の廊下を三人と一本で歩いて、外に出てギルドの前で別れる。
ギルドに入っていく二人を見て、いつものように瓦礫を回収しにいこうとしたとき「旦那ー」と声がかけられる。
「……商人か。まだこの街にいたんだな」
「そりゃあそうですよ。このアタシが復興に手を貸さないなんてことがあると思います?」
「金にならないことはしないだろう」
「何言ってんですか。旦那の恋のお手伝いをしたのは誰か忘れてます? 修羅場も解決してあげたじゃないですか」
くそ、それを言われると弱い……。いや、間違いなく自分の利益のために生きているやつなんだが……なんだかんだと交友していると、こっちにも利益があるせいで否定しにくい。
クソ野郎なのに堂々と罵ることが出来なくて悔しい。
俺が言い負けて商人を睨んでいると、商人はヘラヘラと俺に言う。
「そういえば、灰色の髪の少女を連れ込み宿に連れ込んだらしいじゃないですか。また色んな女の子に手を出して……」
「……連れ込み宿? 何の話だ?」
「またとぼけちゃって、噂になってますよー。旦那が子供を三人も引っ掛けてるヤバい人だと。まぁ英雄色を好むと言いますしね」
「……いや、何を言ってるのか、全然見当もつかな」
と言おうとしてから気がつく。
そういえば、あの会議の後に入った宿……妙に夜遅くまで空いていたし、ベッドも大きかったな。
出てきたあとに会ったメレクの様子もおかしかったな。
…………あ、あれ、完全に連れ込み宿だ。情事を、エロいことをするための場所にマスターを連れ込んでいた。
「い、いや、違う。違うからな」
「またまた。ランドロスさんの好みは知っているんで大丈夫ですよ」
「いや、入れる宿がなかったから仕方なく入っただけで、変なことは……」
……したな。めちゃくちゃしたな。
商人はぶよっとした手で俺の肩を掴む。
「旦那のために、旦那が好みそうな女の子が多いお店とかも探したんですよ? 小人の娘さんがお酒の相手をしてくれる店なんですけどね。今度、飲みに行きません?」
「……小人?」
「あれ、旦那は知らないんですか? 背が低くて華奢な人種ですよ。てっきりそのお店ももう知ってるかと思ったんですが」
「……いや、そもそも外に酒を飲みに行ったりはあまりしないな。酒もほとんど飲まないしな」
そんな店があるのか。
いや、全然興味はないが。
「あれ、本当に興味なさそうな顔をしてますね。せっかくなのでお酒を奢ってもらおうと思っていたのに」
「……いや、見た目の問題じゃなくて、精神的に純粋な優しさを持っているのが重要だろう」
「…………旦那って、そういうところがガチ感あって本当に気持ち悪いですよね」
「そうか、帰れ」
とりあえず、あまりゆっくりとしている時間はないので商人と話しながら街の中を歩く。
「旦那ぁ。暑いんでどっか店にでも入って休みません?」
「いや、俺はやることあるしな」
「真面目ですねぇ。まぁ、これだけ活躍してたら市民権とかもらえるんじゃないです?」
「……市民権? あー、まぁ、どうだろうな。別に必要があるってものでもないが」
結局、こちらの探索者区画の方が肌に合っているし、寮から出る予定もないので特に必要のない権利だ。
……シャルやカルアの意見も聞いた方がいいだろうかと思うも、あのふたり……ベタベタしたいから小さい部屋の方がいいと堂々と言っているぐらいなので断られるだろう。
「家とか購入する予定はないんですか? 購入じゃなくても数件物件を購入したので格安で貸してもいいですよ?」
「なんか妙に押してくるな」
「いやね、ほら、旦那みたいな特殊な女性の趣味を持っていると宿に連れ込んだだけで噂になるでしょう? 寮暮らしだと色々とアレでしょうし」
まさかコイツ……俺の性生活を気にしている……?
「うっわ、気持ちわる……」
「えっ、なんです。旦那。二日酔いです?」
「いや、お前が気持ち悪い。すげえ気持ち悪い」
「ええ……旦那がそれを言います? 旦那の性癖も大概ですよ」
「それは自覚しているが、お前も気持ち悪い。同レベルで気持ち悪い」
「そこまで気持ち悪くはないですよ。幾ら旦那とは言えど、そんな暴言は許せません」
「えっ……いや、待ってくれ、俺と同レベルってそこまでか? 俺ってそこまでか?」
「アタシの気持ちにもなってみてくださいよ。いい年して幼女にハァハァと欲情してストーカーしたりそういう宿に連れ込んだりしている男と同じと言われたんですよ? 流石のアタシにも人としての誇りというものがありますよ」
……ええ、俺、めちゃくちゃ言われていないか。
商人が本気で怒ったことで、思わず「ご、ごめん」と謝ってしまうが、どちらかというと俺の方がダメージ大きくないだろうか。
どうしよう。ギルドに戻ってシャルに甘えたい。
「いやね、アタシは旦那のことが好きですよ? 親友だと思っていますがね、それでもね、親しき仲にも礼儀というものが必要です。二度とそんなこと言わないでくださいね?」
「あ、ああ……悪い……」
これ、俺が謝るべきなのだろうか。
「……なぁ商人、小児性愛ってそんなに気持ち悪いか? いや、たまたま好きになる相手が歳下というだけなんだが」
「いえ、それは別に。お貴族様にもそういう趣味の方もいますし、それほど珍しくはないですし、特別気持ち悪いとは」
「ああ、それなら良かった」
…………ん? じゃあ、ロリコンが気持ち悪いのではなく、単純に純粋に俺が気持ち悪いと罵られているだけなのではないだろうか。
「……なぁ商人、友達やめたい」
「何を言ってんですか。アタシと旦那はズッ友でしょう。旦那だって恋愛相談出来るような相手はアタシだけでしょう」
「いや、まぁそうなんだけどな」
「ほら、一日中歩き回るつもりなんでしょう。退屈でしょうし、話し相手にぐらいなりますよ」
普通に助かるのが嫌だ……。商人に助けられるのが嫌だ。
そうは思うが、俺には常識が欠けていて助言が欲しいのも確かだ。
商人はなんだかんだと一般常識のような物については強いので助かる。ギルドの仲間はほとんど常識に欠けているし、一般的な感覚を持っているのはシャルとメレクぐらいだろうし、距離が近すぎて逆に相談しにくい。
「……なぁ、一般的な女性の視点で、俺ってどうなんだ?」
「んー、そうですね。旦那はまぁ魔族の血が入っているので、受け入れられる女性はあまり多くはないでしょうね。まぁ顔は整っていますし、腕っ節も立って、稼ぐ力もあり、人格も問題がある人ではないので、人間以外の種族にはそこそこモテるんじゃないでしょうか」
「……じゃあ気持ち悪くないんじゃないか?」
「いや、性癖を知ったら全員逃げていくと思いますよ。ほら、そこの子供連れのお母さん、ランドロスさんを見て、娘さんを後ろに隠してますよ」
いつの間にか俺の趣味が知れ渡っている……。知らずにマスターと連れ込み宿に入って、時間を置くことなく変に活躍してしまっているからだろうか。
「まぁ、ランドロスさん、別に一般的な評価なんてどうでもいいじゃないですか」
「それはそうだけどな。でも、今は好かれていても後から嫌われたりしたら嫌だからな」
「うーん、旦那、それはアレですね。プレゼントとかを贈ったらいいんじゃないですかね」
「……シャルには大量の金銭を渡してるし、カルアも出会ったときからずっと金を出してるぞ」
「それは前提として、贈り物というのは喜ばれるものですよ。後、シャルさんに対する現金の贈与は、ランドロスさんの異様な執着が伝わって気持ち悪い上に怖いという好感度を上げるには最悪な手だったと思いますよ」
いつも突っ込まれるが、そんなに気持ち悪い行為だっただろうか。困ってると思うし助かるとも思うんだが……実際助かっていたようだし、胡散臭い商人を経由して渡していたのが問題だったのではないだろうか。
俺がそう思いながら商人を見ると、彼はやれやれとばかりに首を横に振る。
「やはり女性には装飾品を贈るといいですよ。最近私が推している宝石職人がいてですね。きっとすぐに人気の職人になるので、今買うと安くてお得なんですよ」
「……胡散臭いな。……装飾品か」
「シャルさんは結構女の子女の子している嗜好なので喜ぶと思いますよ。カルアさんと件の灰色の髪の童女は知りませんが」
まぁシャルはお姫様願望のようなものがあると本人も言っていたのでそれは正しいだろう。
カルアは間違いなく要らないというか、ハッキリと必要ないと迷宮の中で言っていたので喜ばない気がするが……シャルにだけ渡したら拗ねる気もする。
「……マスターはそういう関係じゃない。普段からお世話になっているから、感謝の気持ちを込めて物を贈りたい気持ちはあるが」
「えっ、そういう関係じゃないのに手を出して……。それに普段からお世話って……」
「違う。とんでもない勘違いをしている。変なことはしていないし、普通の意味で世話になっているという話だ」
「まぁ、せっかくなんで見ていったらどうです?」
「……上手く流されてる気もするが……後でな」
何か無駄なものを買わされている気がする。
「ああ、そういえば、買い物といえば家が欲しいんだった」
「あ、結局いるんですね」
「いや、そうじゃなくてな。迷宮に持って入ろうと思ってな。俺の空間魔法に入れたら、迷宮の中でもそこそこ快適に過ごせるだろうからな」
「ああ、なるほど……もしもの時に魔物の攻撃を防ぐものや、物見台や柵も必要になりますし、そもそもの強度が必要なのでかなり高くはなりますね」
「日帰り以外で迷宮に潜る時には必要になるから、多少なら値が張ってもいいが」
「うーん、命に関わるものですし、下手なものを売れませんからね。土地代がいらないとしても、今の旦那の貯金だと厳しいかと」
やはり厳しいかと思っていると、商人がポンと手を叩く。
「あ、そうです。分割で払っていただいてもいいですよ。数回に分けて」
「分割?」
「はい。アタシとしては断りたいところなんですがね、下手な商人や職人に頼んで粗悪品を押し付けられたら、親友としてアレですから。後々払うという約束で今から現物を作り始めてもいいですよ」
「……ちょっと考えてみる。いや、カルアに相談するか」
結局過ごすのは俺とカルアがメインになるだろうから、カルアと相談すべきだろう。
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