第114話
逃げ出したいと思いながらも、ネネの性格を考えると逃げた方が酷い目に遭いそうだ。
商人の前だと人見知りをするかもしれないのであまり強く言われないことを期待しながらその机にカルアと移動する。
「ああ、旦那。お先にいただいてますよ」
「……ああ、ちょっと椅子を持ってくるから待っていてくれ」
「必要ない」
俺が隣の机から椅子を持ってこようとしてネネに止められる。立っておけということだろうか。
これは……ギルドの先輩による悪質な嫌がらせではないか。
「……いや、俺の分はいいとしてもカルアの席は必要だろう」
「私の席を使えばいい」
その言葉を聞いて「ああ、ネネはもう帰るのか」と思っていると、ネネは俺の方を見ながら人差し指を下に向ける。
「……ランドロス、椅子」
なるほど、俺が椅子になるから俺の椅子は必要ないし、ネネが俺に座れば、一席空くから大丈夫ということか。
いや、ダメだろ。椅子にされるのは慣れてきているが、何でもかんでも従っているわけにはいかない。
最近変な上下関係が構築されつつあるので、ここで対等な関係だと示す必要が……。と考えているとネネが俺の方に寄ってちょんと背伸びをして耳元で囁くように言う。
「……マスターの写真」
俺は机の側で四つん這いになった。
ネネは慣れた様子で俺の上に座って膝を組み、酒をこきゅこきゅと飲む。
「旦那、ここの料理美味くていいですね。通い詰めていいですか?」
「いや、来るなよ。……そろそろ街に帰らないのか?」
「まぁ、用事も終わったので少し休んだら帰りますよ」
……いや、商人はこの状況に突っ込めよ。他の奴ならまだしも、商人は俺が椅子になっているのは初見だろう。
何で一切の動揺を見せることもなくこの状況を受け入れているんだ。
「ランドロスさん、ご飯を食べれますか? あーんしましょうか?」
「カルア……優しさの方向性がおかしいと思わないか?」
「えっ、何でですか?」
分からないのか……? 俺の方がおかしいのか?
ああ、でもこの体勢、視線が低くて机の下が見えて、シャルやカルアの白くて細い脚が見えていい景色である。
まぁでも、流石にずっとこの体勢にいるのは……と思っていると、パタパタという足音が聞こえる。
「あれ、今日は集まってて豪勢にしてるね」
「あ、お邪魔しております。私はランドロスさんの親友の商人でございます」
「へー、ランドロスにそんな友達がいたんだ。あ、ご一緒してもいいかな?」
ミエナは一緒じゃないんだな。それとマスターもこの状況に疑問を抱いていないのだろうか。
俺、椅子になってるんだけど。一応、俺の友人を歓迎するみたいな状況なのに、俺が椅子になっているんだが。
マスターはカルアの隣に椅子を置いて座る。
……全く無関係な話ではあるが、マスターはいつもミニスカートを好んで着ており、今日もその例に漏れず、可愛らしい綺麗な太ももの見えるミニスカートだ。
俺が視線を上げるとマスターが座っている脚が見える。必然的にその奥のピンクの下着も見え……。
「ところで、旦那は何で椅子になっているんです?」
ッッ! 商人ッ! お前、ふざけんなッッ! 絶対に許さねえからなッ!
せっかく見つけた椅子としての悦びを奪おうとするのか!
そう怒りたくなる気持ちを抑えて、マスターのスカートの中を覗きながら返事をする。
「……放っておけ」
「……旦那、ちょっと倒錯しすぎではないです?」
「……そんなことはない」
今のうちに目に焼き付けて……と考えていると、頭にガンとネネの拳が振り下ろされる。
「……ちゃんと椅子に座れ」
「り、理不尽な……もうちょっとだけ……」
「今のことをバラすぞ」
マスターのミニスカートの中を見ていたことがバレている……と思いながら立ち上がって椅子に座り直す。
少し残念に思いながら顔を上げると、シャルが俺の方を見て微かに笑う。
まぁ、これはこれで良いな。とても可愛い。
「いいお酒ですねえ」
「お、分かるか? ここの奴、酒をあんまり分かる奴がいなくてな」
何故かメレクと商人が仲良くなっているのを見つつ、カルアに酒を勧められたのでそれを手に取る。
「何か柑橘の匂いが強くて甘いな」
「えへへ、今日もお疲れ様です。どうぞどうぞ、もう一杯」
カルアに勧められるまま飲んでいく。あまり酒っぽい味や匂いもしないので大丈夫だろうと思っていると、隣に座っていたネネが俺の肩を叩く。
「……それ、味の割に酒気が強い酒だから、そろそろやめておいた方が」
「ん? 全然大丈夫だけどな」
「ささ、どうぞです」
「……ヒモ、何をしようと……」
ネネは何を言っているのだろうと思いながら飲んでいると、急に頭がくらりとしてくる。強い酩酊感を感じていると、カルアが心配そうに俺に寄り添って水を渡してくれる。優しい。
「大丈夫ですか? 疲れていたんですね、ランドロスさん」
「いや、ヒモが強い酒を大量に飲ませるから……」
「よしよし、大丈夫ですか?」
カルアに頭を撫でられて、手を引かれてぐったりともたれかかる。
「ふふ、いい子いい子。ランドロスさん、私のこと好きですか?」
「カルアのこと? 好きに決まっているだろ」
「どういうところが好きです?」
「かわいいし、優しい」
「えへへ、他にはあります?」
「頭が良いし、心も強い」
「女なのに生意気だとか思いませんか?」
「思うわけがないだろ。素敵だと思っている」
カルアは嬉しそうに笑みを浮かべて俺の頭を抱えてヨシヨシと撫でる。フワフワと気持ちが良くて幸せである。
カルアの胸が近く、思わず手を伸ばそうとして「めっ」と叱られる。
「ダメですよ」
「……ああ」
「それで、他にはありますか? 私の好きなところ」
何でこんなにカルアはしつこく聞いてくるのだろうか。
「かわいい。あと、仕草がかわいい。小さいのもかわいい」
「えへへへ。いい子ですね。ランドロスさんは、お菓子をあげましょう」
カルアの白い指に摘まれたクッキーが口元にきて、その指を咥えようとすると、カルアにまた「めっ」と怒られる。
俺とカルアのやりとりを見ていたネネが畏れるように口を開く。
「あ、悪女……」
「ん、何がですか? 不思議なことを言う人ですね」
「い、いや、酔いが分かりにくい酒で酔わせたところで洗脳しようとしているなんて……」
「何の話ですか? ね、ランドロスさん、酔ってないですよね」
「ああ、全然酔ってない。あれぐらいの量で酔うわけがないだろう……。あれ、ネネ、耳が多くないか?」
「あ、悪女だ……」
ネネは俺達から距離を置くようにして、それで出来た隙間にシャルが入ってくる。
「ぼ、僕のことも褒めてください」
「……順番待ってくださいよ」
手を引っ張り合われて、頭が揺れてちょっと気持ち悪くなってきた。
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