第103話
【ネネサイド】
「ギルドってのは、仲間ってのは、糾う縄のようなものだよな。一本一本は細くか弱いもんなのに、束ねて縄にすれば、そうそう千切れない丈夫なものになる」
シルガの吐き出した言葉はひどく軽薄だった。あるいは世間話のつもりなのだとしたら、その軽さにも納得出来るだろう。
それほどに、何かを考えて発言しているわけではないと分かる。
ネネはそれに聞く耳を持つことなく、一定の距離を常に保って短刀を構える。
移動速度ではネネが勝っており、力任せで乱雑な投擲が当たるはずもない。
ネネの攻撃も一切として通用しないが、時間を稼ぐことは出来ていた。
「……が、まぁ、一本が千切れれば、簡単に解れて次々と千切れて簡単に斬れてしまう。そうは思わないか?」
「……自分がいなくなっても何も変わらなかったことに対する当て付けか? 相変わらず情けない男だ」
「ふん……小悪党なのは理解しているさ。悪党なら悪党で、大悪ならば部下も出来たかもしれないが、俺みたいな小物だと仲間のひとりも出来やしない。結局のところ、生まれた時に弱い奴は何をやっても弱いままなんだよな」
「……今度は罪を犯した言い訳か。仲間にしてもらえなかった、仲間がいないからこんなことをした。……そんなつまらないことを話しにここまできたのか」
「はは、手厳しいな。……まぁ、愚痴ぐらい言わせろよ。せっかく気持ちよく暴れていたのに、つまらねえものを見たんだよ」
ネネが投げた短刀がシルガの口内に刺さる。
「……お前が、マスターを愚弄するな」
「あのガキがギルドマスターやってるのか。はは、訳わからない状況になってんな。俺を止めた手柄からか? それとも、亜人差別でギルドマスターは人間に限定されたとかか?」
シルガは口の中の短刀を引き抜き、嘲笑う。
「……一番、強く、気高いからだ」
「馬鹿な奴は死ねって思うか? 弱い奴は生きる価値がないか? ……愚劣な精神のものは消えろと」
「……何の話だ」
「…………いや、何でもねえよ。あー、萎えるんだよな。せっかくの祭りなのに、昔の知り合いと話していると」
シルガはそう言いながらその場を離れようとするが、不意に視界が暗くなって上を見上げる。
ランドロスとイユリの発生させた【空間隔離】によって迷宮に繋がる扉が、光をも通さない壁によって封じ込められている。
「……訳の分からない魔法だな」
シルガが魔法を解除しようと空へと手を伸ばした瞬間、その手がネネの短刀によって切り落とされる。
「……何のために私がいると思っている」
「……ああ、鬱陶しいな。……俺に勝てると思っているのか?」
「当たり前だ」
◇◆◇◆◇◆◇
【ランドロスサイド】
勇者は本当に聖剣も雷の魔法も使わずに戦っていた。
俺の魔力切れや夜中の間ずっと戦い続けたことによる疲労、まだ本調子に戻らない身体、ネネの無事の心配。幾らでも不調は重なっており、明らかに俺の本調子が出せていない。
「ッ……クソ!」
けれど、だからといって……その程度で覆せるような実力差ではない。
悪態を吐いた勇者の首に剣を突きつける。
「……シユウ、分かっていたことだろう」
「ッ! まだまだぁ!」
勇者が俺に向かって大量の氷の礫を飛ばし、俺が剣でそれを弾き飛ばしている間に後ろへと跳ねて距離を取る。
足元に発生する氷の槍を避けて、凍って滑る床をしっかりと踏みしめる。
勇者の眼前にまで迫り、その手に握られている氷の剣を砕く。
実力差は充分に示した。けれど、勇者は諦める様子をひとつとして見せない。
「なぁランドロス。会った時のことを覚えているか?」
「……ああ」
シャルと出会ってから一年ほど経った頃、旅をしていた勇者達三人と出会った。
馬車を襲っている野盗と勘違いされて戦うことになり、その途中に本物の野盗の集団が現れて仕方なく共闘……なんて、馬鹿馬鹿しい始まりだった。
「……お前さ、あの頃からやり直せるとしたら、どうする?」
「……やり直すことなんて出来ないだろ」
「たらればの話ぐらいさせろよ」
「……一人では魔王を倒せなかっただろうからな。やり直さない」
「はは、同感だ。お前のことは死ぬほど嫌いだが……それでも、力は認めている」
俺の剣が勇者の腕を斬り落とす。勇者は一瞬だけ顔を顰めながら、腕を氷付かせることで止血をして、凍った腕で俺の顔を殴ろうとするが、躱して、伸びきった腕を掴んで地面に勇者を叩きつける。
「……俺はな、やり直したいと思っていた。いや、別にお前と仲良くしたいって訳じゃねえよ。お前のことは嫌いだ。……だが、もう一度同じ道を辿りたい。もう一度……あの魔物の大軍の中で、二人で大暴れしたい。……アレは気持ちが良かった。あの時は、お前も必死で……俺のことを必要としていただろ」
「……あんなキツい戦いは、もうゴメンだな」
「はは、お前って強いくせに、戦うのは嫌いだよな。本当にムカつく」
「……俺もお前のクズさは心底嫌いだ。感情的でワガママ、そして、他者を思いやれない」
勇者は地面に手を当てて、大量の氷の槍を地面から発生させ、俺は後ろに跳ねることで回避する。
「……グランとも仲が悪かったな」
「アイツはすぐに人を見捨てる。合理的なのは結構だが……人を救う旅をしているくせにな」
「ルーナは、お前に色仕掛けが通用しないってめちゃくちゃキレていたぞ」
「…………俺は、どうやら小さい子供の方が好きらしくてな」
「…………マジか。……ああ、それでな……。てっきり、人間を見下してるから、ルーナを抱いたりしなかったのかと」
なんでこんな状況で、こんな話をしているのか。
ほんの少し……旅をしていた頃に、勇者が……いや、シユウがほんの少しだけ自分のことを話したことを思い出した。
「あー、ルーナにもバラすか。アイツどんな顔するかな」
「やめろ。言いふらすな」
「は? 命令してんじゃねえぞ」
コイツは本当に横暴なクソ野郎だ。
「……シユウ、お前……一度、菓子屋になりたいと言っていたな」
「ッ、おま、なんでそれを知って……!」
「酒に酔って勇者になんかなりたくないと言っていただろうが。……勇者になんか向いてねえよ。性格がクソほど悪いんだから、清廉潔白さが求められる勇者なんか辞めちまえば良かったのに。お前より性格が悪い奴なんて見たことがないぐらい、性格が悪いのに。そこらのゴロツキの方がまだいいところがある」
俺の剣がシユウの氷を割る。思ったよりもてこずってしまったが……シユウも、氷を使うための魔力は切れてしまっているようで、これ以上の抵抗は出来ないだろう。
「まぁ、お前の作った菓子なんて何が入っているか分からないから、絶対に食わないし、周りの奴にも食わないように言って回るが」
「死ね、ランドロス」
「そもそも作ったことあるのか? 料理すらしているところを見たことがないが」
「……ねえよ」
「……何を血迷ったら、それで菓子屋になりたいとか言えたな」
「……ガキの頃、食ったら美味かったんだよ。死ね、ボケ」
なんだコイツ……。俺が苦笑しながら剣を納めた瞬間のことだった。
パキリ……とシユウの横の空間が割れて……幾つもの剣を束ねて作ったような、奇怪かつ巨大な手がシユウの頭を掴み、握り潰した。
「……は?」
シユウの身体が、その場に倒れ落ちた。
【裁く者】……迷宮のルールを破った者を殺すための化け物が、うぞり、うぞり……と、姿を現した。
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