第102話

「私が術式を練るから、魔力を吐き出して」

「どれだけだ?」

「……ありったけ。力尽くで、対応するから」

「分かりやすいのはいいな」


 あまりウダウダと理屈を考えている時間はない。任せられるところは任すしかないだろう。

 ぶつぶつと何かを唱えるイユリに手を握られて、手が上に向けられる。


 俺から発せられた魔力がイユリの手によって操作されていく。捻じ曲がり、あまりに複雑な術式に嵌め込まれる。


 自分の魔力すらも自由に扱えない俺にとって、イユリの技術は超常がすぎており、何が起きているのかの理解すらも難しい。


「範囲よし、魔力量よし、術式制御……よし……【空間隔離】!」


 パキリと、そんな音が空から聞こえる。急に辺りが薄暗くなったかと思うと、空を巨大な真っ黒い何かが覆っていた。


 俺は魔力を一気に吐き出したことで息を切らしながらその場に倒れ込む。


「……やったのか?」

「成功したよ。扉を消すのは時間がかかるから、上から蓋をした感じだけどね。……既にかなりの量の魔物が落ちてきてるけど。他の人に任せるしかないかな」


 俺は背中をシャルに撫でられながらイユリに顔を向ける。


「……魔力を使わずに、不死身になる方法ってあるのか?」

「えっ……いや、魔力さえあれば初代みたいにしたら死ににくいけど……即死は防げないし、魔力がなかったら無理だと思うよ」


 じゃあ、アレはただのブラフで何かタネがあったのか? そう考えていると、闘技大会の会場の中に雷鳴が響き渡った。


「……それこそ、本当かどうか分からないけど、魔王ぐらいのものじゃないかな」

「…………魔王」


 シルガは口にしていた自分のことを【魔王】だと。

 ……魔王は聖剣でしか殺せない。それは、魔王と戦った俺は、よく知っていることだった。


 背後に雷鳴が響く。


「──勇者!」


 都合よく、聖剣を持つ勇者がいる。アイツを見つけて連れていけば、殺すことが出来る。


「カルア! マスターとシャルを頼む! それと、イユリの手伝いも!」

「……ランドロスさんは、どうするんですか」

「勇者に助力を求めてくる!」


 それだけ言って雷鳴の聞こえる方に走る。

 パキリ、パチリ、と音が響いている方に走ると、闘技大会の戦場に勇者が立っているのが見えた。

 勇者は焦げ付いた魔物を蹴りながら、何かを喚き散らかしていた。


「ッ! クソが! どうなってんだよ! ランドロスのボケと戦えるんじゃなかったのかよ! 訳の分からない雑魚を相手にさせられたと思ったら、魔物が降ってくるとか、ふざけやがって!!」


 勇者は近くにいる魔物に苛立ちをぶつけるように雷で焼き焦がしながら、吠える。


「何が、何が棄権だ! ふっざけんな! あの野郎が! 俺とは戦う価値すらないってのかよ!! クソが! 見下しやがって! 見下しやがって!!」

「──シユウッ!」


 俺が声を上げて舞台の上に上がれば、勇者は一瞬だけ呆気に取られた表情をして、瞬きをする。


「……ランドロス? ……ランドロス! だよな! お前も、俺とはちゃんと決着を付けたいと……!」


 随分と荒れている様子だったことから怒りに任せて怒鳴られると思っていたが、勇者の様子は予想とは異なり、心底嬉しそうに、子供のように手を広げて俺を歓迎する。


「やろうぜ、ランドロス。全力で戦おう」

「お前の力がいる。頼む、力を貸してくれ」

「…………は? 何馬鹿なことを言っているんだ? お前は、俺と決着を付けにきたんだよな」

「頼む。新たな魔王が出たんだ。シユウの力がいる」


 俺が頭を下げるも、勇者は心底理解出来ないような表情を俺に向けていた。


「……魔王? だからなんだ?」

「このままだと、この国が滅びる」

「国が? だからなんだ?」

「前の魔王よりも厄介な相手だ。世界が滅びるかもしれない。頼む、何でもする。手を貸してくれ!」

「世界……? だからなんだ?」


 勇者の周りにパチリ、パチリ……と稲妻の輝きが爆ぜる。

 周囲の騒ぎなど気にも留めていない勇者は聖剣を鞘から抜き放ち、その剣先を俺へと向ける。


「だからなんだ。世界など、どうでもいいだろうが。今、この小さな舞台の上に俺とお前がいる。それ以外のことに価値があるのか?」

「頼む、仲間が、今も……魔王の、シルガの足止めをしているんだ! このままだと、死んでしまう!」

「……仲間とか、世界とか……。どうでもいいだろ」

「ッ、シユウ! お前にも妻や仲間がいるだろうっ!」


 勇者は一歩、また一歩と俺に近寄って左手に氷を生み出す。


「どうでもいい。世界も妻も仲間も、どうだって構わない。……如何に勇者として讃えられようが、いい女を何人も侍らせようが、どんな美食を吐くまで腹に詰め込んでも、ずっと満たされない。……お前に見下されたままだったからだ」

「見下していたりなどしていない。今も、お前の力が必要で……!」

「……それは、俺が勇者だからだろ。俺に聖剣がなく、雷がなく、ただの氷の魔法剣士だったら……お前、今、俺を頼りにきたか?」

「……それは」

「俺を見ろよ、ランドロス。俺を見やがれ、ランドロス。俺を見てくれよ!! お前、俺が勇者じゃなければ! 俺の顔も名前も、何もかもを覚えていないだろ!! 初めて会ったときから、お前は俺のことを一度として見ていない!! 見ろよ、俺を!!」


 シユウはあろうことか聖剣を放り投げて、左手に生み出した氷を掴み、それを剣の形にへと変えていく。


 雷は収まり、冷気が辺りを覆っていく。


「さあ、戦おう。さあ、闘技大会の一番の見ものが始まるぞ。優勝者のお前と、俺の決着だ!」

「……こんなことをしている場合じゃないだろうがっ!」

「闘技大会本戦・御前試合! 開始だ!」


 シユウが剣を舞台に突き刺すと、舞台を覆うように氷のドームが発生していく。


「……くそ、黙らせて、身体を縛って連れていく!」


 聖剣に触れられるのが勇者というだけだ。勇者の手に聖剣を握らせて、その上から手を握って、それでシルガを突き刺せばいい。


 仕方ない。話を聞いてくれる相手じゃないんだ。

 動けない程度に、叩きのめすしかない!


「やれよ、やってみろよ、ランドロス! お前が俺に勝てたら、それぐらい構わねえよ!」

「……時間がない。手足の一本や二本は覚悟しておけ!」


 鉄の剣と氷の剣がぶつかり合う。

 混乱の中……勇者と俺の……二度目になる戦闘が始まった。

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