第104話
地面に転がっている、頭の潰れた男の身体を見て反応が遅れる。
「……シユウ?」
遅れて、シユウが死んだことに気がつく。あまりに呆気なく……今までのやり取りが全て無駄だったかのように、唐突な死だった。
「……妻がいただろ。仲間も……立場もあるだろ。何……死んでんだよ」
嫌いではいたが、目の前で話していた相手が……それも一年も共に旅を続けていた相手が死んだら……呆然ともしてしまう。
すぐ隣に化け物がいるというのに、俺の身体は意識に反してシユウの身体の方に向かおうとして……。
「ランドロスさんっ! 危ないっ!」
聞き慣れた少女の声に反応して身体が動く。シユウの血が付いた手が俺に迫り、間に大盾を出してそれをオトリにするように、盾の影に隠れながらその場を離脱する。
以前にも見た、蛇にも似た強大で醜悪な化け物だ。金属の匂いが強く、ギャリギャリと歯車が噛み合うような音が聞こえる。
「……カルアっ! この場から離脱しろっ!」
「ら、ランドロスさんはっ!?」
「コイツを仕留めるっ!」
勇者が死んだ。
どうやってシルガを倒せばいい。そこに転がっている聖剣はどうなる。色々と考えていくが、やれることをやる他にない。
……何はともあれ……【裁く者】を倒さなければ、カルアや仲間達を守れない。
黒い異空間から姿を表す金属製の腕の生えた蛇に立ち向かい、最初から全力で行く。
剣、槍、戦斧、メイス、大剣、大鉈、弓矢、あらゆる武器を連続して放つ、俺の持つ一番強力な技。
「──連なる戦の暦」
魔力の出し惜しみも、体力の温存も考えずの猛攻。それは……裁く者の前に現れた黒い壁により、容易に砕け散った。
一瞬だけ驚いて目を見開くが、裁く者の攻撃を横に避けながら、再び壁がない側面から技を放つも、その側面にも黒い壁が出来て攻撃が防がれる。
「ランドロスさんっ! そ、それ……さっきのイユリさんが使った魔法と同じですっ!」
「……空間隔離か? ……それより、危ないから離れていろ」
裁く者が手に光を発生させ、俺は反射的に横に飛ぶと赤い線が地面を融解させながら真っ直ぐに飛んでいく。
躱したはずなのに服の端に火が付き、すぐに異空間倉庫にしまって燃えにくい服を取り出す。
「ランドロスさん……これ、勝てます? はは」
カルアの乾いた声が聞こえる。避難の指示を出すしかない状況だが……街中には魔物が溢れている。街の外に逃げ出しても国の人間が全員で大移動なんて不可能だし、何より食料が足りない。
どうする。どうする。シルガの対策も出来ない。裁く者も倒せる気がしない。
「──っ! 落ちろ、神の剣!」
ヤケクソに、裁く者の頭上に、魔王を城ごと真っ二つにした馬鹿でかい剣を取り出して落とす。
これ以上の威力のある攻撃は俺にはない。いや、他の誰も持っていないだろう。
だから、この一撃が通じなければ……。通じてくれ。
裁く者の頭上に落ちた城よりも巨大な剣は……それよりも遥かに小さく、薄い黒い壁に阻まれて止まる。
一瞬の絶望。神の剣がゆっくりと倒れそうになり、俺は急いでそれを回収する。こんな馬鹿でかい剣が倒れたら大量に人が巻き込まれて死んでしまう。
そうしている間にも裁く者の手が俺に迫り、転がり避けて、跳ねて避けながら弓矢を撃つが、黒い壁に阻まれる。
コイツも迷宮から魔力を補充しているのだとしたら、到底魔力切れは狙えないだろう。
避けて、攻撃して、避けて、避けて。ひたすらに繰り返していくが、ただの一度として攻撃が通らない。
体力がなくなり、少し回復していた魔力も再びなくなってしまう。
一切の攻撃が通じることのない徒労に、膝を突きかけた瞬間、再び裁く者の手に光が発生する。
しかも、その手が向かっている先は俺ではなく──。
「カルアッ!!」
思わず飛び出し、正面からその手を斬り裂こうとするが、再び黒い壁に阻まれる。
何も考えずに突っ込んだが、このままでは二人とも焼き殺されるだけだ。そう思っていたが、いつまでも熱線が飛んでくることがない。
何故と考え、気がつく。この黒い壁が邪魔で裁く者も熱線が放てずにいるのだろう。黒い壁を連続して斬り続け、壁の端から漏れて見える赤い光がなくなってから横に跳ねて逃げる。
どうやらこの黒い壁を傷つけられないのは、裁く者にとっても同様らしい。
……あの威力の熱線でも、神の剣でも傷一つ付かない防御の魔法。……逃げるしかないか。
イユリの魔法のハッキングも、戦闘中に出来るほどのものではない。
「カルアッ! さっさと逃げろ!」
「あ、に、逃げようとは思っているんですけど……私を呼ぶ声が聞こえていて、多分逃げ遅れた人だと思うんですけど」
声……? そんなものは聞こえない。それに俺とシユウの戦いのせいで人はここから離れているし……残っている人などいるはずもない。
けれどカルアはキョロキョロと見回し、人の声を探るように瓦礫だらけの会場を走る。
「……お人好しなところも好きだが、今はそれどころじゃないだろうが! お前が死ぬだろ……!」
裁く者の攻撃をひたすらに避け、熱線を放とうとしたところに弓矢を放ち、黒い壁が矢を阻んだのを見て、長槍を構えて突進して、黒い壁を維持させることで熱線の発射を防ぐ。
そうしている間にカルアは何かを見つけたように駆け寄る。そこは……シユウが、聖剣を投げ捨てた場所だった。
「えっ、えっ? け、剣が話してる!? い、いや、然るべきところに届けてって、今はそういう場合では……」
「……は?」
カルアが恐怖でおかしくなった。そう思っていると、カルアがヨタヨタと剣を重たそうに持って、走って避難していく。
「…………いや、それ、聖剣。聖剣だからなっ!?」
俺の言葉はカルアの背には届かなかったらしく、カルアはそのまま不器用に聖剣を抱えて走っていく。
……勇者しか手に持てないはずだったが、まさかカルアが勇者に……いや「然るべきところに届けろ」と言われていたことを思うと、勇者ではないが持って運ぶことが出来たというのが、正しいのか。
くそ、色々と訳が分からない状況だ。
とりあえず、カルアが逃げ切るまで……この化け物を食い止める。
あちらの攻撃は当たれば即死、こちらの攻撃は一切として通らないという状況だが、やるしかない。
シユウの死に動揺している暇も、これからの策を練る暇もない。
……集中しろ、俺。一歩、踏み間違えれば、一手、指し間違えれば、一瞬で死ぬぞ。
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