第92話

 強いな。おそらく、あの薬瓶や謎の回復能力はイユリに似た魔法を使っているのだろう。


 得体が知れない。けれど、それ以上にヤツのことが分かる。


 染み付いた血の匂い。卓越した剣の腕。憎しみの篭った視線と口元。

 それはシャルと出会う前の俺自身を思わせるものだった。


「……野次馬が鬱陶しいな。……吹っ飛べ」


 シルガはローブから幾つもの薬瓶を取り出して、辺りにばら撒く。

 は? ……いや、それは俺に向けてのものではなく……!


 投げナイフを両手に出して、飛んでいる薬瓶を打ち落とそうとすると、シルガがこちらに突進してくる。


 シルガの対応をしたら薬瓶による爆発が他の人を襲うことになる。だが、対応せずにいると当然斬り裂かれるだろう。


 口の中に回復薬の瓶を出して噛み砕きながら、投げナイフで薬瓶を撃ち落とし、シルガに斬られながらも回復する。


 シルガの腹を蹴り飛ばして距離を取り、強く剣を握り締める。


「お前、関係ないやつまで……」

「俺からしたらお前の方がよほど無関係なんだがな。誰だよ。お前」


 再び剣戟が始まる。純粋な剣の技量では俺の方が勝っているようで、徐々にシルガの服や肌に剣先が掠めていく。だが、決め手には欠けている上に、何故か付けた傷もすぐに治ってしまう。


 ……ふっ、と、息を吐き出す。薬瓶をばら撒く隙は与えない。このまま削りきってやる。


 そう思っていたときだった。シルガがポツリと、口の中に隠すように、ゆっくりと小さな声を出す。


「ああ、お前はいい奴なんだな。俺を殺さないように気遣ってる。さっきのも周りの被害を減らすために自分が傷つくのも厭わなかった」


 シルガのそんなに言葉を聞きながら、下から剣を巻き上げて弾き飛ばす。


「……その優しさを、持ってみたかったな」


 シルガの声を無視して剣をシルガの腹に突き刺す。

 あとはローブを引っ剥がして、武装を奪いさえすればいい。


「そう思うなら、今からやり直せば……!」

「……反省? いや、違う。今のはただの殺人予告だ」


 シルガを床に引き倒して武装を奪おうとした瞬間だった。ローブの中でバキンと瓶が割れる音がした。その次の瞬間、シルガの胴体が爆ぜた。


 猛烈な爆風の直撃を受け、俺の身体が紙のように吹き飛ぶ。

 自爆しやがった。と気が付いたのは、家屋の壁に叩きつけられ、潰れたトマトのようになってからだ。


 回復薬を出して噛んで飲もうとしたが、顎がなくなっているらしい。

 瓶の中に瓶よりも大きいナイフを出すことで瓶を割って回復薬をすするが、怪我の規模が大きすぎてとてもではないが治りきらない。


 二つ目を取り出して、手で蓋を取ろうとしたが、片方の手には指がなく、もう片方は腕が丸々吹き飛んでいた。


 仕方なく同じようにして割って飲もうとするが、既に喉がダメになっているのか上手く飲めない。

 カルアが呼んでいたメレクがやってきたらしく、焦った顔で俺の方へと駆け寄り、自分の回復薬を俺に飲ませようとしたが、喉が潰れていることに気がついたらしい。


 メレクは何を思ったのか、ナイフを取り出して俺の腹に突き刺し、引き抜く。それから腸だか胃だか分からないところに直接回復薬の液を流し込み、なくなったかと思うと俺の頰を叩いて回復薬を出すように言う。


 いや、まぁ確かにそれが手っ取り早いのかもしれないが、ほぼ死んでる俺にそんなことをさせるか。普通。


 魔力が足りる分だけ回復薬を取り出すと、メレクは作業のように回復薬を腹の中に詰めていく。

 回復薬の影響で、メレクが開けた腹の傷が塞がったらしく、メレクは再びナイフを取り出す。


「……のど、なおってる」


 メレクはひたすら俺に回復薬を飲ませつづけるが、痛みのせいで治っているのかどうかが分からない。

 斬り傷と違い爆発で身体がぶっ飛んでいるのは回復薬でも治りにくい。そう思っていると誰か知らない人が俺の腕を持ってきて、腕にくっつけていく。


 そうそう、こういう部位がなくなると必要な回復薬の量が増えるんだよ。


 しばらく回復薬を飲まされまくっていると、知らない人がホースと漏斗を持ってきた。

 ……マジか。いや、そりゃ、嚥下するより流し込んだ方がペースは早いけども。


 喉奥にホースが突っ込まれて漏斗でひたすら回復薬が流し込まれていく。

 そんなことをしているうちに意識が遠のいていく。……もっとマトモな治療をしてくれ……いや、効率はいいんだろうけど。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 目を覚ますといつもの部屋ではなかった。

 腕は、あるな、脚もある。耳や顎もある。

 ……生きている。深く息を吐き出しながら起き上がろうとしたとき、マスターがベッド横の椅子に座っているのが見えた。


「あっ、起きた? はー、良かった……」

「ここは、マスターの部屋か?」

「うん。そうだよ……とてもではないけど子供には見せられないような状態だったから、カルアやシャルに見せたら卒倒しそうだからってメレクがこっちに運んでいたの」

「ああ……なるほど。いや、マスターも子供だろ」


 外を見れば暗くなっている。身体に違和感はないが、身体が思い切り吹き飛ばされていたせいか、かなり身体が怠い。


「たまたま初代が帰ってきていて良かったよ。回復薬だけだと足りない状態だったからね。……無茶苦茶叱りたいところなんだけど、話を聞いてからにするよ」

「叱るのは勘弁してくれ……」

「身体は大丈夫?」

「……めちゃくちゃだるいの以外は大丈夫。見た目はどうなんだ? 皮とかちゃんとあるか?」

「初代が治したからね。生きてさえいたら完全に治せるってさ」


 運が良かったな。布団から手を出して確認するといつもの腕で少し安心する。


「……それで、何があったの? 衛兵の方が言うには、ランドロスが暴漢を止めたら、暴漢が自爆したって聞いたけど…….」


 シルガのことは、マスターには話せない。

 ……シルガは自爆して死んだのだろうか。予想外のことで記憶があやふやではあるが……間違いなく死ぬような威力の爆発だったが、シルガの表情は……死ぬ奴の顔じゃなかった。


 不思議と、シルガはまだ生きているという確信があった。


「……衛兵の言っている通りだ」

「……何か、隠してない?」

「……隠してない」

「隠してるよね。……後で、それも問い詰めるからね」


 すごく気が重い。マスターに対して隠し切れるだろうか。


「……カルアとシャルにはなんて説明しているんだ?」

「見せられる状態じゃなかったから、暴漢を取り押さえて、衛兵の人から取り調べを受けてるから今日は帰ってこないって説明したけど……あとでちゃんと話しをしなよ?」

「……ああ、助かる。流石に顎が吹っ飛んだ顔なんて見せたくないしな。……身体が上手く動かない」

「初代が言うには、身体の破損が大きすぎて、形としては治っても、一週間ぐらいは日常生活も難しいってさ」

「一週間ということは……」

「闘技大会は無理だよ。……無理だからね。明日には、私から棄権の連絡を入れておくから」


 まぁ、大会は棄権するつもりだったから別にいいか。……棄権して、闘技大会を襲うだろう、シルガを止めないと。


「とにかく、ちゃんと休むこと。……心配したんだから」

「……悪い」


 多分、もう一度心配をかける。なんて、涙の跡が目尻に見える少女に、言えるはずもなかった。

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