第91話
一度ギルドに向かい、シャルと合流して朝食だか昼食だか分からない食事を摂る。
「シャル、ちょっと今日もカルアと出掛けようと思っていてな」
「……今日もですか? んぅ……無理はしないでくださいね」
シャルは心配そうに俺を見て呟く。
「……そういえば、シャルって俺がいない間は何をしてるんだ?」
「小さい子に読み書きとか計算を教えてますよ。あとお金の使い方とか、家事の仕方とかも。それと、イユリさんから色々習ったりもしてます。……それは難しすぎてよく分かってないですけど」
案外色々やっているんだな。
むしろ俺よりもちゃんと働いているような……。
「カルアさんとイユリさんのやってること、難しすぎて全然分からないんです。何か迷宮を作っているらしいんですけど」
「……迷宮?」
カルアの方に目を向けると、コクンと頷く。
「瓶の中に簡易的な生態系を作ってるだけですよ。温度や湿度、光度などを魔法で制御しているというだけです」
「……それが迷宮なのか?」
「迷宮といえば迷宮ですね。これに他の生き物が入ってきても地形や生態系を維持する機能を付けるのと、魔力をどこかから持ってくるか発生させるか、で、迷宮の完成ですね。まぁ実際にはもっと複雑ですし、解明出来ていない機能も多いですけど。……今の段階だと、蓋を開けたらカビが繁殖して終わりです」
「迷宮はどうやってるんだ?」
「……全然分からないです。うーん、イユリさんが術式を解析するか、私が迷宮の環境から推測出来たらいいんですけど……。現地調査が足りてないですね」
「あー、悪いな。結局約束を果たせていない」
「いえ、それは全然大丈夫ですよ。……やっぱり、一番の問題は魔力をどこから持ってきているのか、あるいは生み出す方法があるのか……です」
魔力か……。魔力……魔力ってなんだ。
いや、俺は魔力を持っているし、魔法も使えるが、そもそも魔力が何かを知らないな。
「魔力ってなんなんだ?」
「……難しいことを聞きますね、ランドロスさんは。遍く物体に存在していて、色々なことが出来る力みたいな……いや、ちょっと違いますね」
「……そこら辺にあるならそこら辺から持ってきたらいいんじゃないか?」
「そんなに簡単な話ではないんですよ」
そうなのか。まぁそういう技術に関しては全く分からないしな。
「迷宮を真似するのは難しいですけど、ランドロスさんの空間魔法なら、魔力さえ用意出来たら簡単なんですよね。……お金にしてもいいですけど、ランドロスさんの魔力頼りなんですよ」
「……それで商人に売ると、何か色々と問題が発生しそうなんだよな」
……早く子供を作るようにせっつかれる原因になりそうだ。
商人の頼みに従う気はさらさらないが、鬱陶しさが増すのは嫌だ。
食事を終えて立ち上がろうとすると、シャルの手が俺の頭をよしよしと撫でる。
「頑張らなくてもいいですからね。疲れたらちゃんと戻ってくること」
「ああ、とは言っても、今から夕方までだったら疲れるほどの時間はないけどな」
シャルに頭を撫でられるためにしばらく座っておくが、いつまで経っても二回目がないので諦めて立ち上がって、カルアと一緒に外に出る。
「探すのはいいですけど、何かアテはあるんですか?」
「……いや、あまりないな。でも、何かある場合ならそろそろ事前の準備ぐらいはしているだろう。だから、ゴリ押しで行こうかと」
「ゴリ押し?」
カルアが首を傾げながら俺を見つめる。
トントンと地面を蹴って、息を吐き出す。
「空間把握」
いつものように空間把握を広げて、広げて、魔力を加えてさらに広げる。グニャリとした異様な空間の捩れを感じるが、これは迷宮だろう。
まだまだ広げていき、迷宮国の半分ほどを魔力で覆ったところで、ゆっくりと頭の中に入ってくる情報を噛み砕き、咀嚼して、嚥下していく。
どうでもいいのは無視だ。歩いている人、動物、風、水の流れ、土地、違和感がないものは全て気にせず、珍しいものばかりを探っていく。
人が集まっている。無視。
衛兵がウロチョロしている。無視。
迷宮の周りに人が向かっている。……これは、初代か? この感じは。まぁ、後回しだ。
他にも気になるものを見つけては関係ないと切り捨てる。
「……何も見つからないか」
ほとんどの魔力を使い切りそう思った瞬間だった。
空間把握の範囲内にいた誰かが、こちらを
見られた。見ているところを。その人物が逃げ出したので、急いでその人物を追おうとしたが、魔力を使い切って魔法が解ける。
「……は、嘘だろ。確かにアイツ……コッチを見返したぞ」
「へ? どうしたんですか?」
「空間把握に気が付いて、範囲から逃れようとした奴がいた」
「……えっ、分かるんですか? ……あっ、でも……イユリちゃんは、分析して……」
カルアが目を開く。本来なら感じることも出来ないはずの空間把握の魔法だが……俺達はひとりの例外を知っている。
他人の魔法に干渉することの出来る、ハーフエルフの少女のイユリは俺の魔法を見れていた。
……同じ技術をもっているシルガも……同様に空間魔法を見ることが出来てもおかしくはない。
「……ッ、カルア! ギルドに戻ってメレクを呼んできてくれ!」
「ら、ランドロスさんはどうするんですか!?」
「今のやつを追う! カルアはギルドで待っていてくれ!」
「え、い、いや、危ないですよ!?」
カルアの制止を振り切って空間把握で見つけた男の元へと駆ける。
マスターが傷ついていたんだ。これ以上、泣かせるわけにはいかない。
全速力で走りながら、その間に回復した魔力を練る。
考えろ。どこに移動するつもりだ。
相手はこちら側の魔力切れに気が付いただろうか。衛兵などにも見つかるわけにはいかないだろうから、それほどの速度ではないはず。
そう思っていた瞬間。向かっていた方向から悲鳴が響いた。
感じたのは血の匂い。
倒れ血を流している衛兵と、ローブで頭を隠している男……。
「──シルガ・ハーブラッド!!」
なけなしの魔力で剣を取り出して、ローブの男に斬りかかる。
男は血の付いた剣で俺の剣を受け止めながら、ローブの中から薬瓶をばら撒く。
「誰だよ。お前」
瓶が割れると同時に爆ぜ、俺の身体を吹き飛ばそうとするが、盾を出して爆風の直撃を回避する。爆風を斬り裂くように剣を振るうも、簡単に出だしを受け止められる。
剣の勢いと爆風で男の頭を隠していたローブのフードがめくれ上がり、魔族の特徴であるツノが見える。
けれど、睨み合った瞳は黒く魔族の紅いものではない。顔付きも半端に、人間のようでも魔族のようでもある。
魔族と人間の混血。
それを認識したのは、俺だけではなかったらしい。
「紅い瞳。好戦的なその眼。半魔族か。……ああ、何だろうな。特に理由はないんだけどな」
シルガは一歩脚を前に踏み出して、人のものにしては鋭すぎる牙を剥く。
「ムカつくな、お前」
シルガの剣が振られるが、俺はそれを逸らしながら足元に回復薬を出して後ろの衛兵の方へと蹴る。
突然街中で始まった戦闘だが、この程度は慣れている。
刃と刃がぶつかり合い、剣戟の異音が街中に響く。
魔力は切れているが、俺の魔力の回復速度は早い。シルガの手の内は分からないが、先ほどの薬瓶や事前の情報から、イユリの技術と剣技ぐらいのものだろう。
大丈夫だ。冷静に対応したら、倒せない相手ではない。
……だが、予想よりも遥かに強い。剣閃は鋭く、戸惑いなく俺の命を狙いに来ている。
息も吐けない剣同士のやり取り。周りにいる探索者も、自分が手助け出来るようなレベルでないことを察したのか、距離を置いて一般の人間を逃していく。
……強い。ダマラスや勇者よりも、はるかに鋭い剣技だ。
明確に、的確に俺の命を断とうとやってくる。
一歩、俺が距離を置こうとした瞬間に再びローブの中から薬瓶が出てきて割れるが……何も起こらない。
爆発を警戒して思わず飛び退こうとした俺の懐に、シルガが入り込む。
爆発するのならば、シルガも一歩後ろに退くだろうと俺に思わせたブラフ。
剣による攻撃を無警戒な俺の首にシルガの剣刃が迫り、けれども先に俺の剣がシルガの手首を断ち切る。
俺は薄皮が斬れて出血する首を押さえながら下がり、シルガは自分の手を脚で蹴り上げて、もう片方の手で掴んだかと思うと、斬れている手首にくっつける。
手を開いたり閉じたりして感触を確かめているシルガを見て瞬きをする。……治癒魔法? いや、それらしい動きはなかった。なら、回復薬……を飲んだ様子もない。
シルガに対する警戒心を強めながら、血に濡れた手で髪をかき上げて前髪を固めて視界を確保する。
「化け物が」
と、俺とシルガの言動が一致する。予想よりも遥かに、圧倒的に……この男は強い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます