第88話

 どうしよう。どうしたらいいのか。

 運ばれてきた料理を口に運ぶが全然味が分からない。厨房の方から、サクさんが「大盛りにしといたよ」と言ってくれるが、全然味が分からない。


 隠すのは……まぁ、無理だ。絶対に無理だ。言うなら早いうちに言った方がいいだろう。


「あ、あー、シャル。連続殺人鬼が出たのは知っているか?」

「あ、はい。……ランドロスさんとカルアさんも、気を付けてくださいね?」

「ああ、それで気を付けようと思っていてな。シャルも一人でで歩いたりはしないようにしてほしいのと……。あと、ほら、カルアは別の部屋で寝てもらっているけど……しばらくは、その、アレかと思ってな?」


 シャルは不思議そうに俺を見たあと「ん、んぅ……」と唸る。


「それは……いや、うーん。そうですけど……。いや、そうですね。まぁ……その、仕方ないです。裕福な人間が狙われているみたいなので、カルアさんみたいな人は危ないかもですから」


 案外あっさりと納得してくれた……。よかった。第一関門は突破だ。あとはカルアに見られながらシャルとキスをすることだが……それ、どんなプレイなのだろうか。


 カルアとキスしたことないのにそういうところを見せつけるというのは……。

 ダメだ。全然味がしない。


「まぁ、いいですけど……ベッド、流石に三人だと狭いですよね」

「カルアのベッドを運んできたらいいかと思っている。……立てる場所が全然なくなるが」

「カルアさんのベッドとクローゼットまで追加されたら部屋の大半がベッドに占拠されますね」


 ……何も考えずに口約束するべきじゃなかった。

 大丈夫だろうか。本当にちゃんと問題なく過ごせるだろうか。


 大盛りの食事を終えて、カルアの部屋に寄ってベッドとクローゼットを空間魔法で回収してから自室に戻る。


 適当に取り出して置くと、部屋の中がベッドと棚とクローゼットに埋め尽くされる。


「……カルアのベッドデカくないか?」

「いいベッドじゃないとよく寝れないので」


 ……これ、部屋としてどうなんだろうか。やっぱり別の大きい何室かの小部屋のある部屋に変えてもらった方がいい気がする。

 シャルは狭い部屋の方がひっつけると言っていたが、俺も一人でしか出来ないようなこともあるわけで……。


 シャルがカルアのベッドの上に上がって、ハイハイをするようにいつものベッドの方に移動する。

 いつものベッドに行くのにカルアのベッドを経由しなければいけないというのも……結構問題だな。


 部屋にいるとき、基本的にずっと三人でベッドの上で過ごすというのはなんかエロい気がする。


「……あれ? なんか変な音しません?」

「変な音?」


 口を閉じて聞いてみると、確かにガタガタという音が聞こえる。

 シャルのいるベッドの方から、いや、ベッドの下からか?


 シャルが自分のいるベッドに目を向けて、俺に目を向ける。


「たすけてー、閉じ込められたー。ロスくんに監禁されてるー!」


 カルアのベッドとクローゼットを置いたせいで……ベッドの下にいるクウカが出れなくなっている。

 ……いや、なんで、なんでそんなところにいるんだよ。怖い。


 カルアのベッドを一度回収すると、クウカが俺のベッドの下からモゾモゾと這い出てくる。


「もう、幾ら私のことが好きでも、監禁はダメだよ? ……あれ、なんでカルアがここにいるの?」

「えっと……それはこっちの言葉と言いますか……」

「まぁ、ロスくんが浮気性なのはいつものことだから怒らないけどね」

「ええ……。今から寝るから、気をつけて帰れよ」

「えっ、泊めてくれないの?」

「なんで泊めると思ったんだ……?」


 一応多少は話を聞いてくれてはいるのか、瓶をネックレスに加工したものは付けておらず、少し安心する。


「とりあえず帰れよ……」

「そ、そんな……私のことは都合の良い女扱いするんだねっ! ロスくんのバカっ!」

「むしろ都合の悪さしか感じない。……まぁ、危ないから気をつけて帰れよ?」


 パタンと扉を閉じて走って出て行くクウカを見て、溜息を吐く。

 なんで俺の周りには変な奴しかいないんだ……。


「……ランドロスさん、とりあえず、一人は危険ということは証明されたので、一緒に寝てあげますね?」

「いつの間にか立場が逆転してる……」


 カルアのベッドを出して、そのまま寝転がろうとしたらカルアに止められる。


「あ、その、ちょっと身体を拭いたり着替えたりしたいので外に出ていてもらっていいですか?」

「ああ、分かった」


 廊下に出ていると、カチャリと鍵を締める音が聞こえた。そのあと「ちゃんと外にいますか? 覗かないでくださいよ」と言われる。

 めちゃくちゃ信用されてない。いや、もう少し信用してくれても良いのではないだろうか。


 廊下に立っていると、扉の奥から衣擦れの音が聞こえる。服を脱いでいるのだろう。

 思わず耳を済ませていると、ふたりの話し声が聞こえる。


「わ……か、カルアさん……お、大人ですね」


 何が、何が大人なんだ。下着のことか。それとも寝巻きか、身体のことか……。どうしようめちゃくちゃ気になる。何が大人なんだろう。


「……ランドロスさんは小さい方が好きかもですけど」

「……小さい方が好きってことあるんですか?」

「クウカさんには興味なさそうですし、小さい子が好きな可能性が高いかと……。シャルさんとランドロスさんが初めて会ったのって二年前ですよね?」

「あ、はい。……二年と少しなので、まだ九歳になってなかったと思います」

「……そんなめちゃくちゃ小さい女の子に一目惚れですよ。絶対に大きいのには興味ないですよ、ランドロスさん。異常性欲者です」

「そうでしょうか……。その、甘えるのが好きみたいですから、おっきい方がいいのかと」

「……それは、確かに」


 異常性欲者……。異常性欲者かぁ……いや、俺としても、冷静に考えて、八歳の女の子にベタ惚れした知り合いがいたらドン引きだ。

 もしメレクにそんな趣味があったらすぐさま衛兵を呼んでしょっ引いてもらうだろう。


 しかし、別にそういう小さい子が好きというわけではなく、シャルが優しかったから好きになってしまっただけで、小さい女の子が特別好きというわけでは……。


 いや、シャルは容姿も可愛いしめちゃくちゃ好きなんだが……。


 …………もしかして、俺はロリコンなのか?

 いや、ロリコンではある。ロリコンじゃないと主張する気はないけれど……。

 その、心の方が重要だから、一般的に魅力的とされている出るところが出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいるような身体に興味を持たなかったのではないのか?


 ルーナに誘われても不快さしか感じなかったのは、ルーナの性格が悪いからではなく、俺の性癖が捻じ曲がっていたからなのか?


 ……い、いや、違う。俺はあくまでも、シャルの優しい心が好きで……下手にあの可愛いあどけない顔や、小さくてふにふにした身体が好きなわけじゃ……いや、好きだけど……!


 ……性格ならミエナも面倒見が良くて優しいけど、全然興味が湧かないような……いや、気のせいだ。ミエナはマスターに対する態度がおかしいから興味が持てないだけだ。


 断じて、決して、シャルの見た目に惹かれたわけではない! ……多分。うん。初めて会ったときシャルはボロボロだったし。うん。違うと思う。

 違うはず。きっと違う。


 カルアも歳下だけど、うん。たまたまだ。むしろあんなことをされて好きにならない奴がいないだろうから、俺は正常だ。

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