第87話
「……いないな、ネネ」
「もう帰ったんじゃないですか? 一度ギルドに戻りましょうか」
この状況で一人にさせておくのは不安だったが、逃げ足というか移動速度や身軽さなら俺よりも上なので、危なくなることはないか。
ネネがそう簡単に隙を突かれるとも思えないので、そこまで心配はしていないが……まぁ、もう帰っているだろう。
そう言えば、丸一日以上シャルに会っていないし、そろそろ戻らないと寂しがらせてしまうかもしれない。
「……何も見つからなかったな。無駄足だった」
「無駄足でよかったですね」
「……まぁな。そうは言っても、これから闘技大会までは色々と様子を見ていた方がいいとは思うが」
「そうですね。……ランドロスさん一人だったら怪しまれるかもですから、一緒に歩いてあげます」
二人だったら二人だったで、ネネの言うように誘拐やらの事件を疑われてしまいそうな気がするが……。
カルアは幼いながらかなりの別嬪だし、染み付いた気品のようなものがあって、半魔族でなかろうと俺のような学のない男の恋人などと言っては不自然なほどの女の子だ。
自分で考えていて嫌になるが、とてもではないが釣り合っていない。
シャルも最高に可愛いし、優しいし……俺には勿体ない女の子である。もしかして、よく考えると俺は信じられないような奇跡の元にいるのではないだろうか。
「……どうしたんですか? 変な顔をして」
「いや、カルアが隣にいてくれるのは幸せだと思ってな。……なんで俺のことを好きになったんだ?」
「……カルア学をちゃんと履修してないですね。何でだと思います?」
「何でと言ってもな……」
金、いや、俺はむしろなくて困っているぐらいだ。カルアに奢ったりはしていたが、カルアのような美人ならねだれば誰にでも養われることぐらい出来ただろうしな……。
俺が考えていると、手をギュッと握られて「えへへ」と笑いながら頭を腕に押しつけられる。
「分からないなら、ちゃんと勉強しておいてくださいね」
「……答えは?」
「カンニングはダメです。ちゃんと考えてください」
「……じゃあ、強い男が好みだったとか?」
「そう見えます?」
「いや、全然。だが……他にいいところも思い浮かばないしな」
「ランドロスさんがそんなに強いなんて思い上がりですよ。ちょっとスカートの端をヒラヒラさせたらそっちの方に目がいって隙だらけになるんですから、私でも簡単に倒せますよ」
「……いや、流石にそんなことはないだろ」
「本当ですかー?」
カルアは周りをキョロキョロと見回したあと、スカートの前の方を摘んでゆっくりと持ち上げて膝を俺に見せて──ポン、ともう片方の手で俺の頭を叩く。
「こんなところで、変なところまでたくし上げるわけないじゃないですか。ふふ、ここが戦場でしたら、ランドロスさんはもう死んでましたよ?」
「……それはズルくないか?」
「戦場にズルも何もないのです。……油断して見ていていいのは、部屋に帰った後ですよ」
「そ、それは……」
部屋に帰ったあとに見せてくれるということなのか……!?
見たい。とても、見たい。見せてもらえるなら見たいに決まっている。
カルアの方に顔を寄せるとカルアはドン引きしたように俺を見る。
「は、反応が良すぎて怖いので、やっぱりやめておこうかと……」
「そ、そんな……」
俺が落ち込んでいると、迷宮鼠ギルドハウスの前でメレクが誰かを追い返していた。
珍しく怒った様子で、カルアが俺の服をギュッと握る。
「メレク、どうしたんだ?」
「ん、遅かったな。ランドロス、シャルが待ちくたびれていたぞ。……性格の悪い物書きを追い払ってただけだ」
「物書き?」
「記者だよ。今度の闘技大会の本戦で、お前に取材したいんだとよ」
「……ランドロスさんに取材ですか? へー、そんなのが来るんですね」
「本戦に出場したらだいたいやってくるが、ウチのギルドの奴が取材を受けたら、まったくのデタラメ記事とか嘘ばっかり書きやがるからな。絶対、取材に応じるなよ」
「はあ……よく分からないが、分かった」
とりあえず、取材を頼まれても断ればいいということか。
ギルドに入って上を見ると、ネネが水筒から水を飲んでいるのが見えて安心するが、ネネも俺の方を見て口元を歪めて不快そうな顔をしていた。
ギルドの中を見回すと、カウンター席でシャルが寂しそうにしているのが見えて急いでそちらに向かう。
「あっ、ランドロスさんっ! …………反応間違えました。今のなしで」
シャルは目を輝かせて立ち上がって抱きついたが、ゆっくりと俺から離れて、ムッとした表情をしながら椅子に座る。
「……マスターさんとお泊まりしてきて、そのあと帰ってきたと思ったらカルアさんとデートですか。いいご身分ですねー。僕のことを好きだ好きだと言っておいて、そんなことをしますかー」
「い、いや……別に遊んでたわけじゃ……」
「……という具合に怒ってます」
「あ、はい」
「怒ってはいるんですけど、とりあえず一緒にご飯を食べたいので、座ってください」
「ああ……分かった」
「……その、昨夜帰って来られなかったのは仕方ないのかもしれないですけど……。僕に声をかけずに出ていくのはどうかと思うんです」
「はい。ごめんなさい」
「まったく、仕方ない人です。……お昼には帰ってくると思ってずっと待ってたんですよ? お腹もペコペコです」
「あ……わ、悪い」
もしかして俺を待っていて一食抜いてしまったのだろうか。育ち盛りなのに。
俺がシャルの隣に座ると、シャルは怒りながら、俺の腕を手に持って自分の膝に置いて両手で俺の手を触る。
「……連絡はちゃんとしてください。不安にも思いますし、嫉妬もします」
「悪い……」
「顔がニヤけてます。本当に反省してますか?」
ニヤけてしまっているのは、シャルのふとももの感触と手で握られているせいである。
「予選の突破をおめでとうと、まだ言っていないですし、それに……ただ突破しただけじゃなくて、強い人をバッタバッタと倒したそうじゃないですか。……一緒にお祝いしたかったのに、酷いです」
「悪い……。その、何でもするから、許してくれないか?」
「……じゃあ、今日、ギュッとしながら寝ても離れないでくださいね? ……いえ、やっぱりちゅーをたくさん……。両方……両方いいですか?」
「ああ、もちろんいい。俺からしても嬉しいだけだしな」
それを言ってから気がつく。
……そう言えば、今日からカルアも同じ部屋で寝ると約束していたな。
……えっ、カルアの前で、いつもみたいに何度もキスをしまくるのか?
とんでもない量の冷や汗が垂れてきた。どうしよう。
これ、もしかして大ピンチなのではないだろうか。
……最悪死ぬ気がしてきた。刺されて死ねというネネの言葉が現実味を帯びてきた気がする。
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