第61話

 両手に剣を握り締める。

 小細工はナシだ。背後から迫る樹木の枝を斬り裂き、同時にやってくる脚に伸びてくるツタを空間魔法からそのまま剣を落とすことで断ち切る。


 全方位からやってくる木の枝を空間把握で正確に把握し、躱せるものは全て躱し、そうでないものは手に持った剣で斬り落とす。


 メレクに弾き飛ばされたことで広がった距離を詰めようとしていると、ミエナの元に辿り着く前にメレクが立ち塞がる。

 まぁ、前衛であるメレクが立ち塞がるのは分かりきっていたことだ。


 メレクの真上に大量の刀剣を発生させ、それと同時に剣を振るうが、上空に発生させた刀剣は全てミエナの樹木の枝によって塞がれる。


 振るった剣はメレクの大剣に止められるが……。


「悪いな」


 空間魔法に収納するための条件を満たした。

 生き物だったり、離れていたり、ある程度速さを持つものは収納出来ないが、防ぐために構えた大剣ならば容易に収納することが出来る。


「うっそだろ、それは卑怯くさい……」


 剣の柄をトンとメレクの胸に当てたあと、そのまま走ってミエナの方に向かう。苦笑いをしているミエナが俺の侵入を阻むかのように大量の木々を生み出すが、それぐらいが時間稼ぎになるはずもない。


 剣を振るい枝を払い、戦斧を叩きつけて幹をめり込ませ、その戦斧に大槌を振るって幹をへし折る。

 邪魔をする木を全てへし折ってミエナへと迫り……ミエナの姿が見えた瞬間、彼女は手を挙げて降参のポーズをする。


「……降参だよー。なんかずっこいね、空間魔法って」

「いや、ずるくはないだろ」

「剣を消すのは卑怯だろ……」


 メレクに剣を返して、取り出した武器を戻していく。

 まぁ、相性が良すぎたのは間違いない。メレクは専門の剣士なので大剣がなければ戦えないし、ミエナは見えないところからの不意打ちに向いた魔法使いなのに、俺は空間把握で死角がない。


 単純な相性の問題だけで決着が付いてしまった。

 これだとあまり訓練にはならないと思い、ポリポリと

 頰を掻く。


「異空間倉庫はなしの、単純な剣の訓練につきあってもらってもいいか?」

「このままだと消化不良だからもちろんいいが、これで負けたら立つ瀬がないな」

「いや、純粋な剣士としての腕ならメレクには劣っているからな。普通に稽古を付ける感じで胸を貸してほしい」

「まぁ、それはいいが……」


 改めて仕切り直し、メレクと向き合う。

 俺よりも圧倒的に大きな体躯と、その見た目以上に強い筋力。メレクの剣には技はないが、それは今まで技を必要としていなかったからだ。


 高速で振り切られる大剣など、それだけで防ぐことが出来ないからだ。

 速く、重く、長く、鋭い。技というのはその欠けているものを補うために編み出したものであり、何一つとして欠点のないメレクの大剣には必要ないものだ。


 当たれば一瞬で吹き飛ばされる。近寄れば防ぐことすら出来ずに真っ二つだ。


 ある程度の距離を保ちつつ、メレクとの間合いを図る。

 剣の長さも腕の長さもメレクの方が上で、剣速も大きく劣っている。当たった際の威力の差など見るまでもなく明確で……あ、これは無理だ。と理解する。


 魔法があればまだしも、純粋な腕力に対して抵抗出来るほどの技量は俺にはない。

 一瞬振り込む素振りを見せることでメレクに大剣を空振りさせ、その瞬間を狙って踏み込むが、俺の踏み込みよりもメレクの返す刀の方が遥かに速かった。


 真横から迫る剣を全力で伏せるようにして避けながら突っ込むが、体勢を崩したせいで、メレクの蹴りが避けきれない。剣の柄で蹴りを受け止めるが、軽く当たっただけのそれで大きく身体が仰け反り、距離が引き離される。


 再び振られた大剣を剣で受け止めようとするが、呆気なく剣が遥かに上へと弾き飛ばされた。


「……流石に強いな」

「まぁ、そりゃ専門の剣士だし、剣だけならな」


 落ちてきた剣を空中で掴むと、くの字に折れ曲がっていた。どんな腕力だよ。


「何か戦っていて改善出来そうなところはあったか?」

「んー、いや、どうだろうな。どっちかと言うと魔法使い寄りだろ? ……剣士としては、あまり体格も良くないしな。もっと身体を鍛えた方がいいんじゃないか?」


 メレクは俺の腕を掴んで筋肉を確かめる。


「全体的に肉が足りてないんだよな」

「まぁ……それはそうかもしれないな。栄養状態があまり良くなかったから」

「技量に関しては俺よりも上だろうし、もっと肉を食って鍛えた方がいいとしか言えないな。魔法剣士としては十分かもしれないが、剣士としては及第点ギリギリってところだ」


 筋肉か……旅や戦闘をしている間に付いていたが、改めて鍛えようと思ったことはなかったな。

 少なくとも旅をしている間にわざわざ筋肉痛で動けない状況を作るのは好ましくなかった。


「筋肉か。なるほどな」


 俺が頷くと、ミエナも俺に助言をする。


「魔法の種類は増やした方がいいんじゃない? 流石に二種類だけだと相性の悪い相手に会ったときに困りそう」

「筋肉と魔法の種類か。……空間魔法って、我流しか出来ないんだよな。空間魔法を使える魔法使いがいないから」


 ミエナは不思議そうに俺を見る。


「空間魔法を使える魔法使いはいないけど、理屈を知ってる人ならいるでしょ?」

「理屈を知ってる人?」

「うん。イユリちゃん、あの迷宮の入り口を作る魔道具を作ったのはあの子だし、空間魔法自体は使えなくても、魔法の理屈なら教えてくれると思うよ」

「ああ……確かにそうかもしれない」


 あんな魔道具が作れたぐらいだ。空間魔法の魔力は持っていなくても、その理ならば俺よりも詳しいのは間違いない。

 快く教えてくれるかは別として、聞くだけ聞いてみるのはいいかもしれない。


 武闘大会までに見直す課題が決まったところで、三人で迷宮で取れた魔物の素材を売って金に変えてからギルドに戻る。


 相変わらず、迷宮の立ち入り禁止期間の間に稼げなかった分だけ働きに出ているギルド員が多く、平時よりも人が少ない。


 ミエナはマスターの方に向かっていき、メレクは適当な席に腰掛ける。


 イユリはまだカルアと何か難しい話をしていて、ほんの少し近寄りがたい。

 カルアとは昨夜のことがあって、なんとなく顔を合わせるのが気恥ずかしいので、カルアとの話が終わった後、イユリがひとりになったときにでも話しかけるか。


 そう思ってメレクの近くに腰を下ろすと、イユリとカルアのふたりが俺の方を見てからパタパタと急いでこちらへとやってきた。


「あ、すみませんランドロスさん。ちょっと実験をしたいので、魔力もらってもいいですか?」

「それは構わないが……」


 俺がそう答えると、カルアの手から術式の書いてある瓶のような物を渡される。

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