第60話

 翌朝、少し寝過ぎて気怠い頭を抑えながらギルドハウスに顔を見せる。

 いつもカルアが座っている席に目を向けると、カルアの隣にハーフエルフの少女が座っていて、何かを話し合っている姿が見えた。


 相変わらず行動力があると感心していると、カルアが俺に気がついたのか小さく手を振ってくる。

 軽く手を挙げて反応を返したあと、邪魔をしても悪いので別の席に座って朝食を注文する。


 食事をしていると、隣にクウカが発生したので少し驚きながらそちらを向く。


「おはよう。ロスくん」

「……おはよう。なんでこんなところにいるんだ。迷宮鼠のギルドだぞ。自分のところに帰った方がいいんじゃないか?」

「えっ、別に一般客も利用していいよね?」

「……問題はないだろうが……ストーカーはやめろよ」

「えっ、何が?」


 コイツ、自覚していない……だと?

 クウカは普通に隣で朝食を摂り始める。若干ビビりながら、カルアの方に目を向けるも話に夢中でこちらの様子は目に映っていないようだった。


「……あのな、俺には好きな女の子がいるんだ」

「えっ、そ、それは知ってるよ。私……だよね?」

「いや違うけど……」

「照れなくてもいいよ? その、始めはストーカーかなって怖かったけど、今は全然違う気持ちで、私もロスくんと同じ気持ちだから」

「……それ、最初から今まで何も変わってなくないか?」


 ずっと「ストーカー怖い」のままである。

 いや、俺はこの子のストーカーをした覚えはないが。助けてネルミア、早くきて引き取ってくれ。


「あと、前も言ったけど、瓶に穴を開けてネックレスにするのはやめろよ。危ないからな」

「心配してくれるの? 優しいね、ロスくんは。でも、これは大切な思い出だから」

「……それ、噛み砕いても使えるようにしてあってかなり割れやすいから本当にやめとけ。……そういえば【泥つき猫】って武闘大会に出るのか?」


 一応、マスターの頼みだし、カルアに差を広げられるのも悔しいので武闘大会に出るつもりにはなっていたが、そもそもルールや規模が分かっていない。

 御前試合もあるぐらいなので、かなり大きな大会ではあるのだろうが、大元の国の規模が小さいので、案外小さな祭りなのかもしれない。


「あ、うん。もちろん出るよ、私の先輩が。ギルドの組合からも、最低一人は出すように言われてるから。毎年の一大行事で、他国からも観光客がやってくるぐらいだからね。ギルドの宣伝にもなるから結構張りきってる」

「……あー、ウチのギルドがあまり興味なさそうなのは、宣伝の意味がないからか。入ってくる奴は他のところには入れないやつばかりだからな」

「ロスくんなら、泥つき猫に入っても大丈夫だと思うよ? こっちも人間以外にもそこそこ緩いし」

「やめとく。こっちが気に入ってるからな。……優勝は難しいのか?」


 俺が尋ねると、クウカはもぐもぐと朝食を食べている手を止めて、小さく首を傾げる。


「えっ、ロスくん出場するの?」

「あー、まぁ、前向きに検討しているところだ」

「うーん、どうかなぁ。私のところのギルドはそもそもくじ運がよほど良くない限りは予選突破出来ないレベルだから実質義務で出るだけなんだよね。ロスくんが強いのは知ってるけど、めちゃくちゃ強い人もいるしなぁ」


 クウカはピンと指を立てる。


「強さで有名なのは【炎龍の翼】のギルドマスターさんかな。最近は歳で衰え気味って話だけど。あと、【九十九夜行】の召喚士のシスイさんが去年優勝したんだったかな? 毎回兵士さんや騎士さんも個人出場したりするし、生半可な実力だと優勝どころか本戦出場も難しいだろうね」


 ……どうしよう、有名人なのかもしれないが全然分からない。

 まぁ、メレクやミエナよりも強いと考えると、油断出来ない相手というのは間違いなさそうだが、あの二人もそこそこ有名で実力者とのことなので……少なくとも、俺もトップ層から離れているということはないだろう。


「……ちょっと鍛え直すか」

「手伝おっか?」

「いや、ありがたいけど別の奴に頼む」


 朝食を食べ終える。迷宮の探索で散々戦ってきたので体力は鈍っていないが、技の方は少し雑になってきている自覚があるので、ちゃんと鍛え直した方がいいだろう。


 立ち上がって、マスターがいないことで腑抜けているミエナに声をかける。


「ミエナ、少し頼みがあるんだが、ちょっといいか?」

「えー、マスターの【何でも】報酬がもらえるならいいよ?」

「それは迷惑をかけそうだから渡せない。俺も使いたいことがあるしな」

「……まぁ、面倒なことじゃなかったらいいけど」


 ミエナは不満そうな表情で俺を見る。


「ちょっとな、マスターの頼みで武闘大会に出ることになったから……訓練の相手を頼みたい」

「……うーん、別にいいけど、私だと力不足じゃないかな」

「メレクにも頼んで二対一でやろうかと」


 ミエナは少し驚いたような表情をしてから、ムッと表情を歪めさせる。


「……それはちょっと、私達をなめすぎてるんじゃないかな」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 街の外でメレクとミエナの二人と相対する。お互いに戦い方は知れた仲だ。駆け引きや不意打ちはない、純粋な力同士の戦いになるだろう。


 メレクは明らかな前衛だ。簡単な魔法すら使えないが、圧倒的な膂力で大剣を振るい、敵を吹き飛ばす。


 対照的にミエナは純粋な後衛の魔法使いであり、植物を操ることで敵の妨害を得意としていて、攻撃力は低い。


 正反対だからこそ、互いに互いの欠点を補う合うことが出来る強力な二人であり、だから、性格や趣味は似ていないのに普段からよく組んでいるのだ。


 息を整えながら短剣を取り出す。


「……いつでも」


 俺の言葉にメレクが反応する。


「後で酒を奢れよ、ランドロス!」


 フッ、と息を吐き出して普段から発動している【空間把握】の魔法により魔力を注ぎ込む。

 より深く、より鮮明に……と思っていた瞬間に、下からミエナの植物のツタが俺の脚を絡めとろうと伸びる。

 エルフの持つ特殊かつ強力な魔法技術だが、俺とは相性が悪い。


 その場でトン、と跳ねて、足元に槍を出してその上に立つことで足元を絡めとるツタを回避する。


 その間にメレクがやってきて俺へと大剣を振るうが、槍から跳ねてその大剣を避ける。


「ッ! 避けるなよ!」

「いや、流石に受けるのは無理だ」


 そう言いながら空中に跳ねたまま、体勢を整えて大剣を取り出し、落下する速度を加えながらメレクへと振るい……大剣を持った片手で受け止められる。


 嘘だろ!? 上から振り下ろした大剣を片手って……!


 想像を絶した腕力に驚いていると、そのまま力づくで弾き飛ばされる。

 空中で大剣を戻し、体勢を整えながら着地しようとしたところで、グイッと身体が地面に引っ張られる。


 吹き飛ばされて身動きが取れないところを植物に捕らえられた。


 想像よりもずっと魔法の練度が高い。

 そのまま地面に叩きつけられそうになり、俺は急いで土を異空間倉庫に入れて、代わりに布を敷いて衝撃を和らげながら、剣を取り出して身体に巻きついている植物のツタを斬る。


 今のは危なかった。……少し油断しすぎていたな、いや、二人を侮っていたか。


 そうしている間にもミエナの魔法により地面から続々と木が生えてくる。俺が体勢を立て直している一瞬のうちに生み出された林、その全てがミエナの手中にあるものであり、周り全てが敵ということだ。


 なるほど、こうして周りの植物を育て、掌握し、戦うための場を自分に有利な場にするのが……ミエナの戦い方ということか。


 ……正面から、打ち破るか。

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