第44話

「男というのはどうしてこう……。そう低俗な目を向ける」

「いや、男に限らず異性の好みぐらいあるんじゃないか?」

「ふん」


 ネネはそう言って離れていく。

 何か怒らせたのだろうかと思ったが、カルアに対してもこうなので普段からこういう性格なのだろう。


 別に嫌われているのは構わないが……一人でいるのは寂しくないのか。それとも一人が好きなのだろうか。

 ……少し気にしていてやるか。


 少し待っていると、テントからカルアが出てくる。いつものお嬢様っぽい格好ではなく歩きやすそうなズボンを履いていて、全体的に調査員っぽい格好である。


「あ、メレクさんとネネさん、おはようございます。おかげさまでゆっくりと休めました!」


 メレクはカルアを見た後、俺を一瞥して何故か同情するような目をカルアに向ける。


「ま、頑張れよ」

「んぅ? はい」


 四人で適当に食事をしたあと、迷宮の探索を再開する。

 基本的な形としてはネネか俺が先行して歩き、おかしな物や魔物があれば先んじて排除するか、対応しきれないなら戻って本隊に知らせることになる。


 今いるのは延々と続く川辺のような階層で、カルアはツルツルとすべる石に歩きにくそうにしながら、時々俺を掴んで歩く。


 しばらく歩いていると前にいたネネが見えやすい場所にまで移動してきて、渡していた旗を上げる。薄い青色は『危険はないが要相談』だったはずだ。


 どうしたのだろうかと思って近づいてみると、少し焦げた匂いを感じ、ネネの足元に焚き火の跡があることに気がつく。


「……あー焚き火だな。て、ことは人間か……この階層、隣に小さい木の生えた茂みがあることを除けば、川辺の一本道なんだよな。迂回して見つからないようにってのが難しい」

「ああ、そういえば人間以外は【立ち入り禁止】の命令が出ているものな。見つかるのはまずいか」

「いや、まぁ……流石にな、多少金を払って口止めすればなんとかなるかもしれないが」

「……まぁ、仕方ないから進むか。どうせ一本道なら迷っても仕方ない。待っていても探索者がくる可能性はあるしな」

「いや……あまりリスクを取るのもな……」


 俺達がそう話していると、カルアは虫眼鏡のような物をポケットから取り出して手に持って、焚き火に近づけて覗き込む。


 そのあと「ふむ、ふむ」と言いながら、焚き火の跡を弄る。


「木の組み方的に【泥つき猫ストリートキャット】の方っぽいですね。あのギルドは人間だけじゃなく獣人も所属してるので、会ってもそんなに問題はないかと思います」


 ネネとメレクは驚いたようにカルアを見る。


「そんなこと分かるのか!?」

「えっ、あっ、はい。一通り、有名ギルドの出している探索の仕方やサバイバルガイドみたいなのは読んだので、本に乗っていた焚き火の組み方の違いである程度は……。個人でこんなに高いところまで登ってくる人は稀ですから」

「……ほー、たいしたものだな」

「だろ? カルアはこう見えて優秀なんだよ」


 カルアは褒められて少し顔を赤くして、自分の耳をグシグシと弄る。


「何でランドロスさんが自慢げなんです。獣人のお二人はそのままでもいいですけど、ランドロスさんはちょっと離れたところで隠れていてくださいよ」

「了解」


 少しの間川辺を歩いていると遠くで大きな水しぶきが上がったのが見える。ネネが赤い旗を挙げ、メレクはすぐに飛び出して行く。


 赤い旗の意味は【本業】……つまり、探索者の救助だ。


 暴走する馬のように駆けていくメレクを横目に、カルアの方を見る。


「ん、こっちに魔物が来たらちゃんと呼ぶから、行ってくるといいです」

「分かった」


 メレクに遅れて水しぶきのあった場所に向かうと、巨大な岩のようなカニが、左右でアンバランスなハサミを振り回していた。


「でっけえな、このカニ!」


 メレクはそう言いながら正面から立ち向かい、大剣とハサミをぶつけ合わせる。

 両者一歩も引かない力と力のぶつけ合いだ。


 到底真似が出来ないような、圧倒的な力任せに、俺は思わずドン引きをしながら弓矢を取り出してカニに当てるが……カツンと音を立てて弾かれる。


「……マジか、マジかぁ」


 硬い。甲殻のあるところにはマトモに通じないな。

 神の剣を出せば重さで殺せるだろうが、この階層の天井がどこなのか分からないので、神の剣を出せるかが分からない。


 仕方ない、多少泥臭くいくか。狙うのは甲殻と甲殻の隙間。

 そこを槍で貫くのではなく、スッ……と通すように突く。硬い甲殻の中の身を柔らかく断ち切り、脚の一本を動けなくさせる。


 それによってカニの動きが鈍ったのか、徐々にメレクが力業で巨大なカニに勝っていく。


「メレク! 甲殻の隙間を狙え!」


 どちらが魔物かというような有様だ。メレクが暴れている横で他の脚にも突き刺し、バランスを崩したところで、メレクが叫ぶ。


「隙間……ここ、ダァ!!」


 メレクの大剣がカニのハサミを斬り飛ばす。

 俺の助言に倣ったメレクの大剣は、隙間でも関節でもない場所を斬り飛ばし、続く刃で岩のような甲殻を持つ頭を叩き潰した。


「…………いや、関節狙えよ」


 カニが倒れ、川に水しぶきが立つ。カルアの方が心配になって振り返ると、普通にこちらへと歩いてきていた。


「助かったぞ、援護と助言」

「……いや、援護はまだしも助言はガン無視だろ。見ろよこの死体、どこに俺の助言の要素があるよ」

「それはともかくとして、襲われていた探索者は……」


 メレクがキョロキョロと視線を動かすと、呆然としたように立っている二人の少女を見つける。


「あれ……お前の方を見ているけど知り合いか?」

「ん? ああ、どこかで見覚えが……」


 少しして思い出す。初めて救助した探索者のクウカとネルミアの二人だ。

 痩せて汚れていたあの時と比べて健康的になっているが、またピンチに陥っていたのか。


 カニの死体を回収しつつ、そちらに目を向けると、クウカは俺を見てワタワタと手をバタつかせる。


「あ、そ、その……ま、また、助けてくれてありがとうございました!」

「お、おう」


 俺が引き気味に答えると、クウカはズンズンとこちらに歩いてきて、俺の手を握った。


「お礼をしたかったんだけど……その、迷宮鼠のギルドが怖くて、ご、ごめんなさい」

「いや、報酬なら受け取っているしな」

「報酬、いただいた回復薬よりも安いからっ! その、気持ちは嬉しいんだけど……」


 クウカがバタバタと動いているが、ネルミアの方は小さく手を動かして腰の短剣に触れさせていた。

 そんなネルミアの様子を見たクウカは、パタパタと動いてネルミアに俺を紹介する。


「ほ、ほら、この人だよ、この人。救助してくれたの、ネルは寝てたけど、回復薬までくれたいい人」

「あ、この人が……クウの……ストーカーさんか」


 ……ストーカー? いや、俺はシャルのストーカーであって、そこの少女のストーカーではないのだが…ではないのだが、一体どういうことだ?

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