第43話

 カルアを異性として気にしないために目を閉じて膨らみや肌を見ないようにするが……話をしていたばかりの匂いのことはやはり気になってしまう。


 歩いてかいた汗の匂いがして、やはりそれは不快ではない。

 触れ合う肌の熱さや、首元にかかる湿気た吐息も、不快感はない。


「……ランドロスさん。私も、私も……ランドロスさんの友達ですよね」


 顔の近くで話されるこそばゆさ。おれは仰向けで寝転んでいるのに対して、カルアは横向きに俺の方を向いているせいで、声がすぐ近くの耳にそのまま入った。


「俺はそうだと思っているが」

「じゃあ、まだ……大丈夫ですね」


 カルアともシャルとも、結構年齢は離れているが、そんなことは些細なものだろう。

 大切な友達だし、仲間だ。


「えへへ、少し明るいのに寝るのって、ちょっと悪いことをしている気分です」

「変なところで真面目だな」

「……私は真面目ですよ。だから……我慢もします」

「我慢? しているようには見えないけどな」

「してますよ。してなかったら……しなかったら……しなくてもいいですか?」

「……今の段階でさえワガママなんだから、これ以上は勘弁してくれ」


 カルアは少し怒ったのか、いつものように俺の頭をわしゃわしゃと撫でて、鼻を鳴らす。


「まぁ、ちょっとぐらいのワガママなら別にいいけどな」

「ふふん、私のナデナデの魅力に堕ちましたね」

「いや、痛いからアレは嫌だ。もっと普通にやってくれよ」


 一瞬だけ沈黙して、どうかしたのかと思ったら、カルアはポツリと言った。


「……優しくしてあげたら、嬉しいですか?」

「ん、そりゃな」

「えへへ、そっか」


 グシャグシャに乱された髪を整え直すようにカルアの小さな手が俺の頭を撫でる。

 少しぎこちない動きだが、それでも心地よく、眠りに落ちそうになって──。


「お、おしまいっ!」


 最後にグシャグシャと勢いよく力任せに髪を乱されて目が覚める。


「……おい」

「じゃあ、その……私のワガママも聞いてくれますか?」

「……いつからワガママを交換する形で叶えることになったんだ。まぁ、いいけどな」


 俺が頷くと、カルアはコクンと小さく喉を鳴らす。


「……寒いから、もっとひっついてもいいですか?」

「……ああ、それぐらいなら」


 ぎゅっと、カルアに服を掴まれ、逃さないようにするかのように引き寄せられた。

 それからカルアは何かを言うこともなく、すーすーと、安心したような寝息を立てていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 身動ぎを俺がしたから、それに釣られてカルアが寝返りを打ったのか、それともカルアが寝返りを打ったから俺がそれに反応して身動ぎをしたのか。

 それとももっと前の小さな動きに体が揺れたからか。


 べったりと体がくっつきすぎていて、どちらが先に動いたのかすら分からなかった。


 どちらが先に動いたのかは分からないが、目を開けたのは俺が先だった。透けるような真っ白い肌と髪。

 まだまだ幼さの残った整った顔立ち、白く長いまつ毛。


 美人だな。などと今更なことを思っていると、ゆっくりとカルアの目が開く。


「……ロスさん、おはよ……ございます……」


 べったりとくっついていたせいで触れ合っていた場所が汗で濡れている。寒かったのか、それとも暑かったのか。

 カルアの体温管理を少し不思議に思っていると、カルアはクシクシと目元を手で擦り、眠たそうにしながら俺を見つめる。


「……体から、ランドロスさんの匂いがします。ランド臭です」

「不名誉な臭いの名前を付けるな。あと、俺もカルア臭がする」

「カルア臭ってなんですか、カルアの香りと呼んでください」


 ボリボリと頰を掻く。

 軽く欠伸をしてそれを噛み殺すと、カルアは俺に手を伸ばして要求する。


「……預けていた着替えの袋出してください。あと、水と布も」

「ああ、着替えるのか」

「覗かないでくださいね」

「覗かねえよ」


 言われたものを出して外に出る。

 眠たげな表情をしているメレクと目が合い、軽く手をあげて寄っていくと、大量の魔物の死体が纏めて置いてあった。


「結構長い時間寝ていたと思うが、大丈夫か?」

「問題ねえよ。ネネと交代で寝ていたしな」

「そうか。……そのネネは?」

「遠くで着替えてくるそうだ」

「女って結構そういうの気にするよな」

「そうだな。正直なところ、効率悪いからさっさとしてほしい」

「まぁでも、メレクみたいに獣臭いのもどうかと思うぞ」

「えっ、俺臭いか?」

「迷宮の外の魔物以下、迷宮の中の魔物以上の臭いがしてるな」

「比較対象が魔物……? しかも間かよ。……後で身体洗うか」


 なかなかカルアが出てこないし、ネネも帰ってこない。

 ダラダラと時間を潰すようにメレクと会話をする。


「そういや、どうなったんだ。孤児院」

「あー、一応、俺が気にしているところは何だかんだと大丈夫だな。他のところは……一応手は打ったが、どうだろうな。運任せだ。……無理ならカルアの研究に任せるしかないな」


 ルーナの隠していた悪事の場所を伝えたが、あの男がそれに従って調べて、なおかつ揉み消さずに公表するかは分からない。


 ……まぁ、本気で俺に怯えていたので、上手く働いてくれそうではあったが。

 ルーナの悪事が判明しても、それがその後に揉み消されるかもしれないし、揉み消されなくとも改革派の力を削ぐことになるかは分からない。


 取れる手を取っただけだ。……まぁ、俺の手が上手くいかなくてもカルアがいるので、最終的にはいい結果に繋がると思う。


「あの孤児の子は?」

「シャルか。両想いだからな。今は友達だが、いつかはな……」

「……ん? いや、お前、カルアは?」

「カルアがどうしたんだ?」

「ええ……いや……お前な……。ええ……俺も色恋沙汰には疎い方ではあるが、それは……どうなんだよ」


 何がどうしたというのだろうか。

 メレクは何故かドン引きしたような表情を俺に向ける。……あれか、シャルがまだ子供だから引いているのだろうか。


「そういや、メレクはそういう相手いないのか?」

「普通に結婚してるぞ」

「……えっ、嘘だろ。知ってる奴か? いや、知ってる奴しかいないよな。ギルドの外の奴とか普通に敵視してくるし」

「ギルドの厨房で働いてる。帰ったら紹介するか」

「……厨房って、サクさんか? 種族分からないけど」

「よく分かったな」


 まぁそんなに多いわけでもないしな。適当に年齢の近そうな人の名前を挙げただけだ。


 サクさんはギルドの厨房で働いている比較的背が高く少しぽっちゃりとした感じの女性である。ほとんど話したことはないが、時々料理をおまけしてくれる。


 ……それにしてもあの人か。


「俺の好みとはだいぶ違うな……。俺はこう……小さくて細身の女の子に甘えたい」

「それはギルドでの奇行を見てたら分かる。……肉付きがある方がよくないか? 普通」

「普通はどうか分からないけど、小さい女の子に頭を撫でてもらうと心が洗われる」


 あまり思い出すのもアレだが、勇者はボンキュボンの方が好みみたいだったし、重戦士は筋肉質なのが好きそうな感じだったので、好みというのは色々なものだ。


 まぁ、俺に優しくしてくれる女の子だったら大体好きではあるが。


「ウチのギルド、幼少期から思春期にかけて壮絶な目に遭ってる奴が多いからか、変な性癖のやつが多いんだよな」

「それは大変だな」

「お前はその筆頭だぞ」


 そんな話をメレクとしていると、黒い影が突如して現れて軽蔑したような視線を俺達に向ける。……そんなに問題がある話をしていただろうか。

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