第41話
迷宮の中を歩きながらメレクは順を追って説明していく。
少し懐かしく思う迷宮の湿気た土の匂いの中、男の低い声が響く。
「勇者がお前達と入れ違いで入ってきただろ? それで人間以外の種族が迷宮を立ち入り禁止になってな」
「……本気でそうなったのかよ。アイツ……」
「まぁな……まぁ、そういうのを見越して溜め込んでる奴が結構いるし、そもそも俺達って金を使える場所が限られてるから結構溜め込んでるだろ? 基本ギルドの中でしか買い物をしないしな。だから金銭面は案外大丈夫だ」
「まぁ、俺は常に金がないけどな」
「お前は特殊だ」
メレクに突っ込まれる。
「まったく、ランドロスさんは少しぐらいお金を貯めておくという考えはないんですか。寄付もいいですけど、限度を考えてください」
「……カルアに奢る分もあって素寒貧なんだけど」
「……ま、まぁ、私は後に救世主になって、そのお金でランドロスさんに楽をさせてあげるからいいんです」
「……ヒモ男の考え方」
猫の獣人の少女が、バッサリとカルアを斬り捨てた。
まさかの口を開いた一言目が罵倒だった。カルアは目をキョロキョロさせたあと、焦ったように口を開く。
「ひ、ヒモじゃないですよっ! というか、私が世界を救えるのは確定的に明らかですし!? ランドロスさんもそれが分かってるから助けてくれているわけで、あくまでも先行投資です、先行投資!」
「……知り合いの恋人のダメ男が言ってた言葉と同じ」
「は、はぁ!? ダメ男じゃないですし!?」
「図星?」
「ち、違いますからっ! 私は実力と才能と未来に満ち溢れてますもん!」
カルアは慌てながら言う。……いや、今そんな話をしている状況だろうか。
「まぁカルアがヒモかどうかは置いておくとして、立ち入り禁止なのと、今の状況には何か関係あるのか?」
「ヒモじゃないですからね」
「それは置いとくとして」
俺の問いにメレクは周囲を軽く警戒をしながら答える。
「初代ギルドマスターはまだギルドに所属していて、迷宮での救助と治癒魔法の専門家をしている。ものすごく優秀な人ではあるんだが……」
「ヒモじゃないですからね」
「優秀な人ではあるんだが、ということは、何か問題でもあるのか?」
「ヒモじゃないですからね」
「……あの人、ギルドに戻ってこねえんだよな。前にもどってきたのは二年前とかで、ずっと迷宮に篭って生活していて、立ち入り禁止の今でも迷宮にいるはずだ」
迷宮に篭って……こんな魔物が大量に出るところで……物資の補給もなく?
無茶苦茶な奴だな初代ギルドマスター。
メレクは出てきた魔物を大剣で弾き飛ばしながら進む。
「迷宮鼠の始まりは、初代ギルドマスターに救われた探索者が初代の探索のサポートをするってところからでな。一応、名目上初代をギルドマスターにしてたんだけど、あまりにも戻ってこないせいで、名目上の二代目のギルドマスターを立てたりって具合で、それから三代目がクルルということになる」
「……ひとりのサポートのためのギルドか」
「ああ、割と珍しい成り立ちのギルドではあるな。今はもう……高層での活動が多すぎて、ギルド員もそこまでは辿り着けないから、ほとんどサポート出来ていないがな」
近くにいた獣型の魔物に短剣を投げつけて怯ませたところを槍で突き刺す。
「そんで、人間以外は立ち入り禁止という状況で、あの勇者と出会ったら揉める可能性は高いだろ。初代はそこそこ変わり者だしな。そうすると、そのせいでギルドを解散させられるかもしれないから……。まぁとりあえず一度連れ戻そうと」
「……なるほど、目的は分かったけど、どうやって迷宮に入ったんだ? あのドアノブはなんだ」
「俺にはよく分からないけど、迷宮の魔法を「はっきんぐ」して入り口以外の場所を外と繋げたらしい。そのためには空間魔法の魔力が必要で、お前を待ってたんだ。んで、一応人数とか繋いでいる時間とかに制限があったんだが……」
メレクはカルアを見る。
「何ですか。私は役に立ちますよ」
「まぁ、ミエナを連れてくるつもりだったんだけど、仕方ない。ああ、こっちのはギルド員のネネ。その「はっきんぐ」をするのに誰かが先に迷宮の中に入る必要があったから、気配を消せて迷宮に忍び込めるネネに任されたってことだ」
「なるほど」
「とりあえず、予定は狂ったが引き返すのは無理だから、仕方ないからこのまま行くぞ」
「えいえいおー」
ネネと呼ばれた猫の獣人の少女は無表情のまま腕を上げる。やる気があるのかないのか分かりにくいな。
成り行きで、俺とカルア、それにメレクとネネの四人で探索をすることになった。
まぁ元々迷宮を探索するつもりだったから俺は別にいいが、カルアは若干不満げだ。
「ちゃんと説明をしてからにしてほしかったです」
「悪い悪い。ランドロスなら気にしないと思ってな。まさかカルアが自分から飛び込んでいくとは」
「べ、別に……心配だったってわけじゃないですから」
「……ふーん、そか。ずいぶんと仲良くなったんだな」
メレクは肘で俺の横腹を突いてくる。一体なんなんだ。
「おそらく、初代は30〜50階層辺りを彷徨いているはずだ。それ以下は俺たちが救助に向かえる範囲だから、わざわざ初代が行くことはない。だからそこまでは真っ直ぐ階段に向かう」
「……戦力は足りてるのか? 高層に向かうほど強い魔物が出てくるんだろ?」
「まぁ、俺とランドロスがいたら問題はないな。ネネもそこそこやれるし。カルアは……」
「……研究者なのに、なんで戦うことを期待されてるんですか。ついて行くだけで精一杯ですよっ」
カルアはぶつぶつと文句を言いながら紙とペンを取り出して何かを書き始める。
「私は勝手に調査をしていくので。何も出来ることはありませんしね」
「あいよ。おおよそ一月ぐらいを目安に登るつもりだから、その覚悟で頼む」
メレクはそう言いながら近くにいた魔物をボールのように蹴飛ばして地面に叩きつけて殺す。……化物じみてるな。筋力だけなら魔王すら超えているんじゃないだろうか。
とりあえず、おおよその状況は理解出来た。
つまりはさっさと迷宮を登って初代ギルドマスターを捕まえてきたらいいというだけだ。
カルアには悪いが、本格的な調査はこの突発的な任務をクリアしてからだな。
そう思いながら階段を登り、いつか見た草原の階層に登ると、カルアは風に吹かれて揺れるスカートを押さえながら俺の方を見る。
「それで、さっきの置いていた話ですけど、ヒモじゃないですから」
「……もうその話はいいだろ」
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