第40話
一切眠らずに夜を過ごし、揺れる馬車で寝ている間に目的の町に着いてしまう。
半魔族である俺が町の中までついていくのは不必要に危険なので、仕方なく町の近くで孤児院の子供や院長、それに商人とはお別れだ。
短い期間ではあったが、楽しい時間だった。
深々と頭を下げる院長と、口々にお礼を言う子供達。
俺も軽く微笑んで手を挙げて見送ろうとすると、ととと、と駆けてきたシャルがギュッと俺に抱きついて、ぐいぐいと押していき、そのまま馬車の影に押し込む。
「……また、すぐに会いに行きます。僕も迷宮鼠に入れてもらって……その、冒険とかは出来ないかもですけど、頑張るので」
「ああ、待ってる」
「約束ですよ? 結婚して、なんて先に言ったのは、ランドロスさんなんですから」
「分かってるよ。……ずっと、何年も君が好きだったんだ。あと数ヶ月ぐらいは待てるに決まってるだろ」
「そうですね。えへへ、僕に一目惚れしたんですもんね」
シャルは俺の手をギュッと握りしめると、少し硬い物を握らされる。何かと思ったら、小さな髪飾りだった。
ギルドで見た、親のための物に少し似ていたが細部は違った。
「やっぱり、ランドロスさんにもあげたかったんで作ったんです。……その、男の人ですけど、ちょっと髪が長かったので、使っていただけると幸いです」
「……どうやって付けるんだ?」
シャルは俺をしゃがませて、髪を手で纏めて器用にまとめる。
「こんな感じですね。あっ、見えないから分からないですよねっ!」
「いや、魔法で見えてるから大丈夫だ。……ありがとう、分かった。……あ、俺からも何か渡したかったんだが……」
そんなもの何も用意していない。異空間倉庫の中に何か良いものはなかったかと考えていると、シャルは俺の服の袖をちょいちょいと引く。
「その、実は、いただけるのならば欲しいものがありまして……」
「何でもいいぞ。何が欲しいんだ?」
俺が尋ねると、シャルは目を閉じて顔をこちらに向ける。
その仕草の意味は、鈍感な俺にもよく分かった。
細く柔らかい髪を撫でて、幼いながらも整った顔立ちに見惚れる。シャルの紅潮した頬から感じられる熱に浮かされながら、俺も目を閉じてゆっくりと顔を近づける。
三度目になるシャルとの口付け。唇をゆっくりと離すと、シャルは紅潮した自分の頬を腕で隠す。
「えへへ、自分からねだるのなんて、はしたなかったですね」
「……そんなことはないだろ」
「……二回も、僕からちゅーをしてしまっていたので、今更かもしれないですけど」
シャルはそう言ってからもう一度俺に抱きついて、それから走って馬車の影から出て子供達の方に戻っていく。
それから俺はもう一度、子供達に手を振って見送る。
徐々に小さくなっていく馬車に、ゆっくりと背を向けて、迷宮国の方に身体を向ける。
カルアは少し寂しそうに口を開いた。
「行きましょうか」
「ああ、行くか。世界を救うんだったな。さっさと手がかりを見つけるか。巨万の富を築けたら、商人に自慢しまくってやろう」
俺がそう言うとカルアはクスリと笑う。
「いいですね、それは。あの余裕ぶった顔を歪ませて悔しがりそうです」
「だろ。……これからも頼むぞ」
「任せておいてください。後悔はさせませんから」
ゆっくりとカルアの歩幅に合わせて歩く。
ああ、もう目を隠しながらでいいから一緒に住みたかったな。
そう考えていると、横っ腹を突かれる。
「……とりあえず、帰ったらマスターで溢れたあの気持ち悪い部屋のマスターを撤去からですね」
「何故だ!?」
「いや、普通に自分の好きな人があんな他の女の子で溢れていたら嫌ですよ」
「そんなものか? シャルが気にするかな」
「……自分の好きな人が、あんな部屋だったら嫌です」
カルアは同じ言葉を繰り返す。そんなにだろうか。
「……でも、ミエナからもらった物だしな……。捨てたり、異空間倉庫の中にしまいっぱなしってのも。……カルア、マスターの写真いるか?」
「いりませんよ。マスターは好きですけど……。あれは異常です。マスターに見られたらドン引きされてギルドを追放されかねませんよ」
「時々俺の部屋に来るぞ?」
「それ強者すぎません?」
「どっちが?」
「どっちもです。普通に身の危険を感じるべきです、マスターは」
そうだろうか。カルアは妙なことを気にしているな。
そう思いながら歩いて、俺達のギルドへと帰った。
◇◆◇◆◇◆◇
「ら、ランドロスが帰ってきた、帰ってきたぞー!」
「おおお、やっとか!?」
ギルドハウスに入った瞬間、普段では見られないぐらいの大量のギルド員に囲まれる。
えっ、これもしかして、本当に追放されるのか? マスターの写真を飾っていた罪で。
そう思っていると、どうにも違う様子だった。
「……何の騒ぎだ?」
「ギルド解散の危機だ!」
「解散!? 俺がマスターの写真を飾ってるだけで!?」
「いいから! ほら、説明は後でするから、荷物詰め込め!」
大量の物を押し付けられ、仕方なく異空間倉庫にしまうと、顔に向けて依頼書を見せつけられる。
「マスターからの依頼だ。一応区分は救助依頼、難易度は文句なしの【
ギルド員の男が捲し立てるように依頼の内容を説明する。
「肝心の内容は……【
「……なんだこれ、ドアノブ?」
これはなんだと思っていたら、ドアノブに尋常ではない量の魔力を吸い取られる。
次の瞬間、ドアノブからぐちゃりぐちゃりとドアが生えてくる。
「えっ、なんです、これ、何してるんです?」
カルアがドン引きした様子で俺を見るが、俺の仕業ではない。
ドアが完全に出てきたかと思うと、大量のギルド員に押されて扉の中に押し込まれそうになる。
「い、いや、何!? これ何なんだ!?」
「ちょっと説明をください、ああっ、もう……っ!」
扉の中に突き飛ばされたかと思うと、カルアが目を閉じながら飛び込んでくる。
ぐるりと重力がねじ曲がるような感覚に酔ってマトモに着地することも出来ずに地面に倒れると、飛び込んできたカルアが俺の上にポスンと落ちてきた。
「痛え……。何がなんだか……」
と思っていると、扉からメレクが出てきて、トンと着地する。
「もう、何がどうなってるんですか?」
カルアは俺の上でモゾモゾと動き、俺の腹の上に正座をする。いや、退けよ。
俺がそう言おうとしていたら、カルアが青い目を開いて驚く。
「……迷宮?」
「……はぁ? 迷宮にギルドの中から入れるはずが……いや、迷宮だな」
見覚えがある……というか、壁の中の箱に荷物を詰めたりした場所だ。
カルアを持ち上げて横に退かして起き上がると、俺とカルアとメレク以外に、もう一人少女が立っていた。
黒い髪に黒い瞳、そして黒い装束。ギルドで見覚え……というか、時々空間魔法の察知に引っかかっていた少女。
ピコピコと猫の耳が動いていた。
「……なぁ、ここは?」
少女は俺を見たまま返事をしない。……えっ、何なの? ギルドマスターからの依頼だとか何とか言っていたが、全然状況が読めない。
俺がどうしたものかと思ってメレクの方を見ると、メレクはカルアを見てポリポリと頬を掻く。
「あー、ミエナの奴を連れてくるつもりだったけど、カルアが入ってしまったか……焦らず説明をした方がいいって言ってたのに……まぁ仕方ないか」
「……何なんです? これは。迷宮のように見えますけど」
「あー、時間が惜しい。説明をしながら歩くからついてきてくれ」
メレクはそう言いながら、先導を始めた。
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