第36話

 商売? この場に置いてあまり相応しくない言葉に驚いていると、院長とカルアも怪訝そうな目で商人を見ていた。


「まぁ、多少時期は早い青田買いにはなるんですがね。それもご縁と思ってね、ええ、安いうちに買うしかないと思ってですね」

「買う? ……俺からか? 何を」

「ランドロスの旦那からじゃあないですよ。私が買いたいのは……」


 商人の太った身体は院長の方に向いていた。


「この孤児院の子供ですよ。勤勉で誠実、教養が身についていて、読み書き算数が既に出来ている」

「……は? 商人……お前、何を」


 俺が詰め寄って商人の腕を掴みあげると、商人は楽しそうにした顔を貼り付けたまま俺を見る。


「今は院長先生とお話させていただいておりまして」

「商人お前、何をふざけたことを……ッ!」


 俺が商人の胸倉を掴み上げたところで、院長がゆっくりと口を開く。


「条件……は?」

「いや、院長も何を……!」

「まぁ年長の子供なら一人一月に付き金貨一枚ぐらいでしょうかね。若者もそれぐらいですし、そんなもんでしょう。ああ、寝食は別としてですがね。小さい子はお手伝いをするならお小遣いぐらいですかね」

「……内容はなんですか?」

「別の街に私の店舗があるのでそこの店員ということになりますね。しばらくは。多少経験を積んでいただければ、また別の街に支店を作る予定なのでそちらの方で働いてもらうことになるかもしれません」


 カルアがチョコチョコと歩いてきて、俺の手を持って下に下げさせようとする。

 俺は商人の言葉の意味が分からずに商人から手を離すと、彼は俺に目を向けることもせずに院長に問う。


「どうします?」

「……子供達を……店員として雇っていただけると……そういう、こと……ですか?」

「まさか、見習いですよ。見習い」

「……それも、ちゃんとした……待遇で」

「まぁ、これぐらいちゃんと育てられた子供としては、ものすごく安く買い叩いていますがね」


 話の流れが分からずにキョロキョロとしているとカルアに「大人しくしててください」と怒られる。

 説明してくれよ……。


 院長はボロボロと泣き崩れ「ありがとうございます」と商人に繰り返す。

 カルアは俺の耳元に口を寄せる。


「孤児は孤児院を出た後、働くところがなくて困ることが多いんです。その……孤児院を出た子は、学がないことが多いので……。働くところがあっても、都合良く使われたりして……」

「……つまり、商人は……いいことをしているのか?」


 俺がカルアに尋ねると、商人は俺の方を向きながら服を整える。


「いえいえ、そんなまさか。アタシに利益がないことはしませんよ。いい人じゃああるまいし」

「違うのか?」

「もちろん違いますとも。数年で黒字に出来る計算が立っておりますので。それに、今のような状況で子供達の『恩人』になれれば、店員として育ったあとも独立されたり別の店に誘われたりする心配も少ないですしね。年少の子の存在も未来では店員、今でも年長の子供が真面目に働く動機や人質にもなりますから。はっはっは、安くて良い物を買う! いい買い物ですよ、これは」


 商人の楽しそうな笑い声に、院長のすすり泣く声。ついでに男達がモゾモゾと動く音……。

 これ……どういう状況なんだろうか。


「ああ、旦那。そっちの男達はどうしますか?」

「……どうするか迷っているな」

「お金をいただけたら引き取りますよ?」

「……教会の騎士だぞ」

「いえいえ、ただのゴロツキですよ?」

「いや、カルアがそう言って」

「ゴロツキですよ?」

「えっ、いや、だから…….」

「ゴロツキですよ」


 有無を言わせない商人の言葉に仕方なく頷く。

 俺が何もすることが出来ないまま、院長と商人の間で話は進んでいく。


「ああ、旦那、一応言っておくと、これからも寄付はお願いしますね。流石にお金に出来ない年少の子の分まではアタシでは解決出来ないんで」

「……なんか、俺、お前にものすごくいいように使われてないか?」

「いやいや、アタシと旦那の仲じゃないですか。そんな損得の話ですか? 友情ってのは」

「……いや、別に元々出すつもりではあったんだけどな。なんかこう……納得いかないというか、こう……一番いいところを持っていかれたというか」


 子供達の好感度とか、恩人的な立ち位置を全部持っていかれてないか? これ。

 いや、別に助かるんだからいいんだけど、いいんだけど……。


 損得の話ではないと言っても、商人は得して俺は損していないか?


「何を言ってるんですか? 子供達のためにはこれが一番でしょうに、ね?」

「まぁ……代案は思いつかないですけど……ランドロスさんが、若干不憫な気が……」

「なぁに言ってるんですか、カルアさん。旦那ですよ? 喜んでいるに決まってます。大親友のアタシが言うんだから間違いはありません」

「いや、まぁ……うん、上手くいきそうなら嬉しいんだが」


 なんだろうか、このモヤモヤ感は。生き生きとした商人を見ていると若干腹が立ってしまう。


「それに旦那。まだやることが残っているでしょうに」

「……やること?」

「裏で教会が手を引いているんです。まぁそれも、改革派の方の連中がですね」

「……そいつらのこと、ただのゴロツキと言わなかったか?」

「これはただのゴロツキですよ? まぁ、裏で手を引いている奴等がいるわけですから……そいつらをチャチャっととっちめてしまいましょう」

「とっちめるって……」


 商人は男達をズルズルと引っ張って馬車の中に突っ込む。……案外手慣れた様子なのが怖い。


 商人は血が付いたままの笑顔を俺に見せて、トントン、と俺の胸を叩いた。


「孤児を助けるなんて人間らしいことをしたんですから、魔族らしいこともしろってことですよ。初めて旦那と会ったときの凶悪な顔を、アタシは忘れちゃいませんよ」

「……そうか」

「どうせ死んだことになっている身なんですから」


 商人に白いお面を押しつけられる。


「知ってます? 暴力って大抵のことを解決出来るんですよ」

「……それ、商人のお前が言うのかよ」

「解決出来ない後処理はアタシの仕事ですよ」


 これで顔を隠して襲えというのか……。まぁ、別に善人ぶるつもりはないし、それで子供が守れるというのならば……。


 俺はゆっくりと面を付ける。


「うわ、ダッサイですね。旦那」

「お前が渡したんだろ。……まぁ、ダサいぐらいが丁度いいか」

「お似合いですよ、旦那」

「ふん」


 俺は鼻を鳴らす。


 ……直接的な手で罪のない子供を殺そうとした相手だ。人を傷つけるのは好きじゃないが……少しばかり、痛い目は見てもらおう。


 裁ける人などいないのだから。


「旦那。人的被害ではなく、高い物を壊された被害の方が効果的ですよ。あと、火は燃え広がるかもしれないので禁止です」

「ああ」


 割り切ろう。……割り切るしかない。

 分かり合えない人もいると。


 うすらと、脳裏に勇者とルーナの顔が浮かんだ。……もう、あいつらを守ろうとは思わないでいよう。

 分かり合えることは、もう存在しない。

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