第35話
男達を縛り上げ、これ以上叫ばないように口元に猿轡を噛ませてから、逃げられないように足首の腱を斬っておく。
殺さないと空間魔法にしまえないので、さっさと殺してしまいたいが気持ちを抑えて、俺たちが寝泊まりしている部屋に突っ込む。
騒ぎを聞きつけ……というよりかは、暴漢の制圧を終えたことを確認してやってきた院長も含めた三人で、男達の前に立つ。
「……俺はあまり詳しくないんだが……騎士が身分を隠して孤児院を襲うというのは、ありがちなことなのか?」
「い、いえ……こんなことは、初めてのことで……」
院長が答える。
まぁ、そりゃそうか……そんなことが度々あったら運営なんて成り立たないよな。
騎士に目をつけられるようなことをした……? いや、俺のことを除けば悪いことをしているようには見えないし、そもそも悪事があるのならば身分を隠す意味が……。
「カルア、本当に騎士なのか?」
「そうですね。日焼けの跡が見覚えのある形をしています。……うーん、流石に日焼けの後だけでは……いや、この香水の匂いは……確か……。教会所属の騎士?」
「……いや、何を言っているんだ、カルア。そんなはずがないだろ」
「間違いないですよ。これは教会の人が常用してる香水の匂いです」
院長に目を向けると、覚えがないのかオロオロとしている。
「……俺の渡した金が原因か?」
「……そこまで多いってわけでもないですし、七人で分けたら年収分よりも少ないぐらいですから、こんなことをしてまで奪いにくるのはおかしいですね」
「……じゃあ、何故だ?」
「……全員騎士みたいですし、騎士なんてかなりお偉いさんですからね。……よっぽど上の人が関わっているみたいです」
俺は男達を見下ろして、椅子に座る。
「まぁつまり、衛兵に言っても捕まることはないどころか、こちらに罪を擦り付けられる可能性すらあるということか。……仕方ない。殺すか」
剣を構えると男達が縛られながらも逃げようとモゾモゾと動くが、そんなことで逃げられるわけがない。
突き刺そうとした瞬間「ひっ」という声が背後から聞こえた。
「あ、あなた達、隠れていなさいと……!」
「ご、ご、ごめんなさい……」
怯えきった子供の声に、スッと頭に上っていた血が下りる。
……ああ、こんなところを……見られてしまったか。
剣を仕舞い。院長が子供を退かしていくのを待つ。
外を吹く風の音が寒々しい。……怖がられたことだろう。仲良くなったつもりだったが、所詮は俺なんてこんなものだ。
……子供の相手をして、心優しい人にでもなったつもりだったのか。
さっさと殺してしまおう。
俺はシャルとその大切な人達を守れればいいんだ。そもそも好かれる必要なんてない。
一人で生きていた時もそうしていたし、勇者との旅でもそうしてきた。
だから……突き刺そうとした俺の手をカルアが握った。
「怪我、するぞ」
「……やめましょう」
「逃したらまた来るかもしれない」
「……やめましょう」
「お前が人死にを見たくないのは分かっている。でもな……」
カルアの手が、ギュッと俺の手を上から握りしめた。
小さな手の感触。そのまま振り下ろせば……人を刺した感触がカルアにまで伝わってしまいそうだ。
俺がそのせいで振り下ろせずにいると、カルアは振り絞るような声で俺に言う。
「……私は、貴方が優しいって知ってます」
「……そんなこと」
「無理をして、無理をして、傷つく。そんな姿は見たくありません。……だから、別の方法を考えます」
カルアの声が震える。呼吸を忘れて喉の奥が詰まるような必死さで、俺の背中に抱きつく。少女の熱が俺に伝わる。
「……貴方にばかり、傷ついてほしくないんです」
「……ああ、分かった。未来の救世主様の言葉だしな」
「ふふん、分かってくれたならいいんです」
剣を戻し、男達に目を向ける。
「……それで、どうするんだ、救世主様」
「今から考えるんです」
「……あまり時間がないぞ」
「分かってますよ……。ん……とりあえず、回復薬では治らない傷を付けるとかになりますかね」
……まぁ、殺すのよりかはマシか。そう思っていると、扉の外から「ランドロスのだんなー」と不快な声が聞こえる。
こんな忙しいときに……などと思いながら目を向けると、商人はボロボロの玄関や倒れて縛られている男達を見ながらも大して気にせず入ってくる。
「……あちゃー、こりゃあ、まずいことになってますね」
「……ああ、これ、教会の騎士らしい」
「そうですか。まぁ……そんなのをお一人でまぁ……」
「……驚かないんだな」
商人は大して気にすることもなく、椅子に座る。
「まぁ……最近ウロチョロとしていましたからね。念入りだったおかげで先に準備出来て助かりましたよ」
「……は、お前気がついて……」
「まぁ、こんな貧困層の住むところにそこそこ仕立てのいい服をわざとらしく汚している人がいれば目立ちますよ」
「先に言えよ……。もし、俺達が先に帰っていたら……!」
「……帰ってないでしょう?」
商人は「何を言っているんだ」とばかりに俺に言う。俺が帰っていないのは、確かに商人の荷物が渡し切れていないからで……。
その受け渡しの量や時間は商人が決められる状況だった。
「お前、俺に護衛をさせるために、わざとゆっくりと売って……」
「まぁそう言うことです。と、まぁ……おおよそ、アタシの狙った状況になりましたね。初めてこの孤児院に来たときに決めた予定よりも数年早くなりましたがね。とても、運が良かった。アタシは商才はなくとも商運はあるようでして」
商人は面白そうに、俺を見て、倒れている男達を見て、カルアを見て……そして、戻ってきている院長を見た。
「……では、商売を始めましょうか」
「商売?」
商人は楽しそうに、心底楽しそうにニマニマとした笑みを浮かべていた。
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