第37話

 トントン、と教会の中を歩く。

 数は少ないが祈っている者がいる。少し申し訳なく思うが……まぁ仕方ない。


 奇妙な面を付けた男が入ってきたからだろう。注目を浴びながら真っ直ぐに歩き、教えを説いていた男の前に来る。


「……この教会で一番責任がある人物を出してくれ」

「は、な、なんですか。あなたは」

「……あと、人を傷つけるのは好きじゃない。巻き込まれないウチに、離れてくれると助かる」

「な、何を言って……」

「この建物を破壊するから、出て行ってくれ」


 結局のところ、教会内の力関係は金とコネらしい。だから……壊せば壊れる程度の脆いものだ。

 こういう行為は好きにはなれないが、それで上手くいく見込みがあるのならば手っ取り早い。


 敵に加減をしすぎて、子供を守れなくなったら本末転倒だ。


 空間魔法を発動させ、この建物の上空に夥しい数の武具を呼び出す。

 少しして天井から轟音が鳴り響き、パラパラと天井から建物のカケラが落ちてくる。


「人から受け取った金で私腹を肥やし、弱者を足蹴にし、終いには……殺そうとした」

「は、は……お、俺は、か、関係ない……」

「そうか。お前も現状に心を痛めてくれているか」

「あ、ああ。もちろんだとも」

「……関係ないと言ったからには、何が起きたのか、誰が関係しているのかは知っているのか」


 俺は逃げ出している信者を横目に剣を取り出して、男の前にストンと置く。


「よかったな。弱者を虐げる奴を退けることが出来るぞ」

「そ、それは……」

「お前も聖職者だろう。心を痛めていたのだったら、それを是正したいと思った筈だ。違うか?」


 男はカクカクと頭を振る。


「誰だ」

「そ、それは、る、ルーナ様です! あの女が、命じているのを、見ました!」


 ……やはり、ルーナが関わっていたか。

 予想は出来ていた。……というよりも、それ以外の人物は考えられなかった。


 こんな小さな孤児院の存在を知っている偉い教会の人間など……それぐらいのものだった。


「そうか……それで、お前はどうした」

「そ、それは、と、止めようと……ほ、本当です! 本当なんです!!」

「……そうか。じゃあ、今からお前は英雄だ。……そうだな、ジャラナという街のルルネという聖職者の墓を暴け。そのあと、勇者やルーナ達のことを教会で尋ねてくれ」

「は……いや、それは一体どういう……」

「……ほら、これは旅費だ。大丈夫、この教会は粉々に破壊するが、お前の責任が問われることはない」


 男の首を掴み、窓から外に捨てる。


「──落ちろ。神の剣」


 魔王を城ごと両断した城よりも巨大な剣。神の剣。それが俺の前に落ちて、教会が真っ二つに破壊される。

 こんなもので充分だろう。建物を一瞬で真っ二つに破壊するような存在の怒りを買ったと思えば……これ以上迂闊な手を取る奴はいなくなるはずだ。


 ルーナへの仕返しも……あの男に任せてみよう。上手くいけば、ルーナの秘密を暴き、彼女を英雄から罪人へと落とすことが出来るだろう。


 俺は面を被ったまま、破壊された教会を後にした。



 ◇◆◇◆◇◆◇


「いやー、流石の一言ですね、旦那。圧巻の威力!」

「……ふん」

「あ、なんか昔の感じにちょっと戻ってきてますね。あー、こんな感じでした。目つきとかも鋭くて」

「……軽口を叩くな。報告だけすれば良い」


 街の外れて面を外し、服装を変えて商人とカルアと落ち合う。

 下手に子供達と会っても怯えられるだけだろう。


「む……これはアレですね。カルアさん、どうぞ」

「えっ……あ、はい」


 カルアがトコトコと俺の方に来たと思うと背伸びをして手を伸ばし、俺の頭を乱雑にグシャグシャと撫でる。


「痛い痛い、痛い……。割と本気で痛いんだけど、それ。せめてもっとマスターみたいな撫で方は出来ないのか? 撫でる才能を感じられない」

「よし、です」

「よし、じゃねえよ……」


 俺が突っ込むと、カルアは満足そうに笑う。

 何が「よし」なのかは分からないが、商人は納得したのか説明を始める。


 なんだコイツら……。


「えーっと、まぁ孤児院は仕方ないので今日にて終わりですね。教会もぶっ壊れてますし、孤児院もぶっ壊れてますし、そのまま夜逃げという感じです。迷宮国と同じ方角にあるので、旦那達も護衛と荷物持ちに一緒にきてくれると助かります。あ、あとついでにこっちでも商品を買い付けたのでそれもお願いします」

「ちゃっかりしてるな……。あの騎士達は?」

「ゴロツキ」

「……ゴロツキ達は?」

「アタシの部下が運んでいますよ。流石に子供と同じ馬車に乗せるわけにはいきませんからね」


 いや、その部下が何処に運んでいるのかを知りたかったんだがな……。まぁ知らなくてもいいか。

 ……いいところを全部持っていかれたな。俺は多分子供に怯えられたというのに……。


 ……まぁ、商人は自分に恩を受けたと思っている裏切らない部下を作れて、子供達は別の街に暮らすことになるが安定した将来が約束されたので、両者得をしているのだろうが。


「……あまり、子供をこき使うなよ」

「大丈夫ですって、旦那が怖いですからね。しばらくは接客の基本を教えながら品出しと荷運びを手伝ってもらう程度ですかね」

「……あと、今更なんだが……普通に部下とかいる商人だったんだな。てっきり、普通の行商かと」

「アタシは普通の商人ですよ。部下も十人程度のものですしね。まぁ、旦那と会うときは気を遣ってひとりで会っていたので勘違いするのも仕方ないですね」


 ……まぁ、半魔族だしな。取引していることがバレたらまずいのは間違いないので、念のために部下を連れずにひとりで隠れて会っていたのだろう。

 ……なかなか肝が座っている。と思ったが、凶暴な半魔族を相手に失恋弄りするような奴なので今更すぎる。


「旦那、元気ないですけどどうしました?」

「……いや、結局、俺が原因で孤児院が襲われたようだからな。あまり「勝った」やら「上手くいった」とはしゃぐことは出来ないというだけだ」

「ああ、そんなことですか。……慰めようかと思ったんですけど面倒くさくなったんでもう行きますね」


 自由か。


 俺がため息を吐きながら本当に孤児院の方へと去っていく商人を見ていると、カルアがポツリと言う。


「……原因は人の悪意ですよ。善意を悪意で塗り潰そうとした人がいたというだけのことです」


 慰めてくれようとしているのか。俺の方に目を向けずに言ったカルアに目を向ける。

 白い髪が夕焼けに照らされて赤く見えた。風に揺らされた白い髪を見ながら、俺は思わず思いついたことを口にする。


「……そう言えば、結局商人が上手い具合に事を持っていったせいで、全然役に立たなかったな。カルア」

「……このタイミングで、それを言いますか! このアホのランドロスさんは!!」


 怒ったカルアにわしゃわしゃと頭を撫でられる。


 俺を一頻り襲って満足したのか、カルアは仕方なさそうに「もう」と口にした。


「頑張りましたね。今のがご褒美のナデナデです」

「……痛いだけなんだけど。……もっとシャルとかマスターとかの優しい撫で方を研究してくれ」


 カルアは俺の前を歩きながら振り返り。「へへん」と子供っぽい笑みを浮かべた。


「や、ですよ。私はこれでいいんです」


 いや、俺は痛いからよくないんだけどな……。そう思いながら、俺はカルアの後ろを歩いた。

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