第28話

「で、どうするんです?」


 今日は泊まってほしいとのことだったので、孤児院の一室を借りて、カルアと話をする。

 商人は本当にお茶だけ飲んで、意気揚々と商品を売りに行った。

 経営が破綻している取り潰し確定の孤児院で茶だけを出させて去っていくというのは……。


 マジであの男……。そう思いながら、カルアの話を聞く。


「……本当に俺の稼ぎで大丈夫なのか?」

「ええ、まぁ……かなり厳しそうではありますが、あの院長もやり手なのか、そこそこ上手く節約しているので、不可能というわけではないですね。この孤児院に限定すれば」

「全部を救う手段は?」

「……思ったよりも教会のパワーゲームが偏っていましたね。分裂時に維持派の人間を増やすのが関の山でしょうか」

「……現実的に考えれば、俺達はこの孤児院を救うことしか出来ないか」

「それも厳しいんですけどね。この財務状況の紙、目隠ししていても見れます?」


 カルアは難しそうな紙をペラリと俺に見せる。先程、カルアが力尽くで院長から勝ち取ったものだ。情け容赦なく奪っていた。


「数字ぐらいならなんとか読めるようになったが、文字は簡単なのしか……」

「十分です。こっちが支出でこっちが収入ですね。おおよその数字の大小が分かれば結構です」

「うーん、やはりあまりこういうのは……」


 そう思いながら紙を見て、あることに気がついて、俺は思わず立ち上がった。


「ッッ! あのクソ商人が! 大嘘吐きやがって!! カルア、ちょっと待ってろ。あの商人を探してくる!」

「ど、どうしたんです、突然」

「話していた約束と違うんだよ! こっちに金を送る時の手数料を決めていたんだよ!」

「そ、そんなに中取りしてたんですか?」


 俺は財務状況の紙を持って部屋から出ようとするが、カルアに止められる。


「取ってなかったんだよ! あの商人……!」


 紙に書かれていた収入の大きな数字は全て、俺が渡した金だと分かる。その数字には見覚えがあった。

 丸々……俺が商人に手渡した分だ。


「えっ、い、いいじゃないですか、それは」

「……いや、まぁ……それは、そうなんだが……」

「何を怒ってるんですか?」

「……いや……なんというか……こう、言葉にするのが難しいというか……。ほら、輸送するのだって馬の餌代や維持費とか、商人も飯を食わないとダメだったりして金がかかるだろ? 馬車も壊れるかもしれないしな」

「……まぁ、お金取らずにやってたら、ただのすごい親切な人ですよね。というか、実質的に商人さんもこの孤児院に支援してますね」

「だろ? だから……いや、俺はなんで怒ったんだ?」

「知りませんよ……。とにかく、座ってください」


 ……よく考えると、怒るようなことではなく、感謝するべきことだ。

 カルアは自分が座っているベッドの横をポンポンと叩いて俺に座るよう促す。


「いや、本当にこれは、その……なんて言うか……こう……」

「はいはい。もう、分かりましたから、落ち着いてください。頭を撫でてあげますから」

「いや、別にいい」

「なんで私のは拒否するんですっ!」

「え、ええ……」


 乱雑にガシャガシャと頭が撫でられる。ちょっと痛い。


「……おほん、とにかくですね。まぁざっくばらんに言えば、移転する建物さえ買えれば……不可能ではないです。しかし……流石に一括でこの規模の建物を買うのは無理ですし、孤児院なんて経営で利益を出せないようなところでは、分割で支払ったり、建物を借りたり、借金をしたりは難しいんです」

「……なるほどな」

「分かってないですね。まぁ、私の研究が上手くいったら無限の富が湧き出てくるんですけど……それも何十年後の話ですからね」


 よく分からないまま深く頷く。

 それにしてもあの商人……後で問い詰めてやる。

 そう思っていると、赤子の鳴き声が響いた。


「……あと、あの赤ちゃんも問題ですね。シャルさんも言っていましたが、母乳がないと栄養が足りませんから。乳母さんが必要ですけど、教会の名前がなければ……」

「ああ、そう言えばそんなことを言っていたな。……今更なんだが、母乳って人によって出るとか出ないとかあるんだな」

「……え、えぇ。ランドロスさんって本当に物を知りませんね。赤ちゃんがいる人じゃないと出ませんよ。いつでもどこでも簡単に出る魔族汁とは違うんです」


 知らなかったな。赤子が出来ると出るのか……不思議だな、人というのは。

 ……そうなると、親がいない赤子は本当に育てにくいな。


「……まぁ、それもお金でゴリ押して乳母を雇うか……ですね。出せるお金が少ないですし、孤児院に雇われてくれる人がいるかは分からないですが」

「……色々と厳しいな。……もっと稼げたら良かったんだが……」


 救助依頼ばかり受けるんじゃなかった。……いや、あれはあれで重要だが……。

 それに……本当にどうしても、どうしても……他の孤児は救えないのか?


 俺は口元を噛み締めて立ち上がる。


「どうしました?」

「……王都に向かい、ルーナと話してくる」

「……へ? いやいや、教会のお偉いさんと直接話なんて出来るわけが……」

「俺とルーナは一年、共に旅をしてきた仲だ。どうにか話を聞いてもらえるかもしれない」


 すぐに向かうべきだと思っていると、カルアに思い切り手を掴まれて無理矢理ベッドに押し倒される。


「あ、貴方はアホですか!? アホなんですか!? この前、勇者に殺されかけたところの癖に何言ってんです! 裏切られて殺されかけたのに、まだ旅をしてきたとか、そんなバカなことを考えてんですっ!」

「い、いや、でも……そうでもしないと……」

「無理です。教会の人間に死ぬまで追われるようになるのが関の山ですっ!」

「それは……だが……」

「だがも何もないですよっ! ……もう、私だって貴方のことを心配ぐらいしてるんです。バカなことで命を落としてほしくないって、それぐらいには思ってます」


 必死になって俺を止めるカルアに、俺は仕方なく立ち上がろうとした身体を止めて、そのまま横になる。


 カルアは深く「はあー、なんで私はこんな人の面倒を見てるんですか……」とため息を吐いて俺の頭に手を伸ばす。


 また乱雑にグシャグシャと頭が撫でられ、仕方なさそうな笑みを俺に向けた。


「まったく、また頭を撫でてあげますから、少しは大人しくしていてくださいよ」

「いや、別にそれはいい」

「だから、なんで私のだけ拒否するんですっ! 怒りましたからねっ! 嫌がっても撫でまくりますからっ!」

「うおっ、やめ、お前のは痛いから、やめろって」

「うりゃあ、食らえってんですよ!」


 ベッドの上で無理矢理わしゃわしゃと頭を撫でられて、髪がひどくゴワゴワのボサボサにされた。


 カルアめ……よくも……。

 俺は、動いたせいで息を少し荒くしているカルアを睨むが、彼女は気にした様子もなく俺の方に笑顔を向ける。


「思い知ったか、ですよ」

「……クソ、どんどんお嬢様感が抜けてきて化けの皮が剥がれてきてる。この放蕩貴族娘め……」

「ふん、です。アホに何を言われても悔しくないですから」


 カルアは乱れたスカートの裾などの衣服を戻し、俺の手に握られたままの財務状況を書いた紙を引っ張って取る。


 俺はガリガリと頭を掻いてから再びどうするべきかの思案に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る