第27話
シャルは目を隠している俺を心配そうに見ながら孤児院の中を案内する。
孤児達は部屋の中に覗き込むようにして俺達の様子を伺っており、俺が顔をそちらに向けると怯えたようにびくりと身体を震わして姿を隠してしまう。
「す、すみません。お客様なんてこないもので」
「まぁアタシぐらいのものですからね」
「……なんでお前まで着いてきているんだ? 後で積荷を渡すから、孤児院には入る必要ないだろ」
「いや、ここの院長さん、めちゃくちゃお茶を淹れるのが上手いんですって」
この男、たかりにきたのか……孤児院に……。
商人の正気を疑っていると、シャルが嬉しそうに口を開く。
「あ、そのお茶、僕が育てたんです! お客さんに出す必要があるんですけど、お茶なんて高価なものは買えないので」
「ほー、大したものですね。王都の高級店の物よりも美味しいですよ」
「……そうか、お前はそんないいものを何度も飲んでいるんだな」
「やだなぁ旦那。嫉妬しないでくださいよ」
いや、嫉妬もあるが、どちらかというと孤児院にたかる精神性に対する物だ。
シャルに連れられて院長室に入ると、深々とお辞儀をする老年の女性がいた。
カルアが旅に出る前に「ランドロスに助けさせるために、ランドロスの好きなシャルをやってこさせた」と言っていたことから、あまり好印象を抱いていなかったが……そのイメージが崩れる。
確かに、そういう強かな考えがあったのかもしれない。けれど、彼女のお辞儀の仕方が……とてもシャルのものに似ていた。
年齢や体格の違いはあるものの、その動きはシャルに近い。ワタワタと動いたりはしないが。
別にシャルに似ているから好きだと感じたのではなく……おそらく、シャルの礼儀作法は彼女が丁寧に教えたのだろうとよく分かった。
それこそ、一朝一夕で仕込んだものではないことぐらいは分かる。……きっと、孤児が院からいなくなったあと、一人でも生きていけるように……しっかりと教えたのだろう。
「ようこそ、お越しくださりました。度々のご支援……誠に、誠にありがとうございます。この院の院長として、代表してお礼させていただきます」
まだ目が合うことはない。
「あ、ああ……いや、そんなにかしこまられても困る」
「そんな、子供達の命の恩人ですから」
顔をあげた院長の頰がシワが寄っていて苦労の色が見える。
「シャルさん、ありがとうございます。長旅ご苦労様でした。後でお呼びしますので、子供たちに顔を見せてあげてください」
「は、はい。あっ……でも、その……ランドロスさんに、お茶だけ淹れさせていただいても」
「ええ、ありがとうございます」
シャルはパタパタと移動し、商人は遠慮なく椅子の方に向かう。
俺がどうしようかと困っていると、カルアに腹を突かれる。
「ランドロスさんが遠慮していたら、あちらもより下手に出ないとダメになるから、堂々と振る舞ってください」
「……そ、そういうものか?」
「はい。そういうものです」
俺がカルアの指示に従って椅子に座ると、カルアも隣に座る。
「あー、無礼で申し訳ないが、俺はあまり育ちが良くないから容赦してくれ。……ランドロスだ。どうぞよろしく頼む」
「ええ、こちらこそよろしくお願い申し上げます。……本当に、ありがとうございました」
「……あまりかしこまられても困る。礼なら、シャルから散々してもらった」
頭を撫でてもらったり、手を握ってもらったり。
「急に来て悪かったな。そちらにも都合があっただろう」
「いえいえ、そんなことは……。シャルさんは人を見る目があるというか、とても人の心の機微に敏感な子なんです。そんなあの子が自分から「お茶を淹れたい」だなんて、貴方はきっととても素敵な人なんですね」
「……世辞はいい」
「世辞だなんて、本当の気持ちですよ」
そんな話をしに来たわけではないんだが……。上手く言葉に出来ずにカルアに目を向けると、カルアは仕方なさそうに口を開く。
「……仕方ないですね。……私達はシャルさんからこの孤児院……ひいては孤児院全体の危機を聞いてこちらに訪ねることを決めたんです」
「まぁ、あの子ったら外の人にそんなことを……」
「そういうのはいいんです。貴方の掌の上で踊ることを分かってこちらにきたので。というか、中心にいるランドロスには、そういう腹芸みたいなことは一切通じないので、無駄に時間がかかるだけですよ」
いや、確かに迂遠な言い回しをされても分からないが……だとしても、もう少しこう……少し真っ直ぐ過ぎないだろうか。
「そういうわけで、私達としては貴方から情報を引き出せるだけ引き出せたら構わないのです。話しなさい、さあ、助けてあげるので話してください」
カルア、力技で決めにかかってるな、と思っているとシャルが人数分のお茶を持ってきた。
コトンと机の前に置かれたそれに俺は手を付ける。
「お、おお……こ、これがシャル茶……!」
「これ本当美味しいんですよねー」
商人が何の遠慮せずにゴクゴクと飲み始め、俺はもっと味わって飲むべきだと思って睨むが、商人は気にした様子もない。
まずは香りを味わう。いい匂いだ。湯気が目の周りを覆っている布の中に染み込んで若干気持ち悪いが、それも心地よく感じる。
ゆっくりと口を付ける。美味い!! とてつもなく美味い気がする!! 茶なんてロクに味わって飲んだことないから違いが分からないが!!
「お、おおおお……。美味い、今まで飲んだお茶の中で一番美味い」
「えへへ、ありがとうございます。育てた甲斐がありました。あっ、僕、みんなのところに行きますね」
シャルはとてとてと去って行ってしまう。
ああ、幸せな味だ。嬉しい。とても嬉しい。
「え、えっと……」
院長が俺の様子に口籠る。
「まぁ、こういう人なので、本当に遠慮とかされても困る感じです。多分、この人、このお茶を金貨一枚で売ろうとしたら、間違いなく買うので」
「ええ……」
「というわけで、遠慮はいらないので情報を吐いてください。私もそういうおべっかとかには飽き飽きしているのです」
「え、えっと……では……」
院長の話は俺にはよく分からないが、カルアの予想はほぼ全て当たっていたらしい。
元々権力者の娘だったルーナが功績を立てて戻ってきたことで権力のバランスに変化があり、集金をする構造に力が入り、常に赤字の孤児院の経営は取りやめる。
けれどそれに対する反発も多く、完全に派閥が割れているとのことである。
この孤児院を運営している教会の支部は、孤児院を取り潰す改革派らしく、このままでは潰れてしまうらしい。
「……その……あまり言いたくはないのですが……孤児院の取り潰しはどうしようもないので……ランドロスさんに支援いただいて、別の場所に孤児院を建てて……などと考えておりました」
「とのことだけど、どうです?」
「……まぁ、この孤児院ぐらいならどうにかなるが……。他のところまでは流石に俺の稼ぎではな」
「……その、俗心ではあるのですが……私は、この孤児院の子供たちが大切でして……。非常に、下賤な考えではあり、とてもではないですが、神にも顔向け出来ないことですが……。あの子達だけでも、立派に、立派に……育ててあげたいのです」
院長は大きく頭を下げる。
つまり……ここの孤児だけでいいから救ってくれ……と。
確かに弱者救済を是としている教えの中では、自分の周りの人だけ助かればいいというのは許されない願いなのかもしれない。
だがそれは……嫌いになれない言葉だった。
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