第26話
馬車旅というのは初めてだが、随分と楽なものだ。
適当に寝転がっていても勝手に目的地に辿り着くのだ。まぁ、シャルがいる前ではあまりだらけた姿は見せられないが。
俺と勇者のことを話し終えたので、シャルのことを聞こうと思ったが……聞く内容が思い浮かばない。
手持ち無沙汰なので先に紅い瞳を隠すものを用意しようかと考えていると、商人がポツリと口を開く。
「そう言えば、シャルさんは恋人などはいらっしゃるので?」
「な、ななな、何を聞いているんだっ! そんなことを聞いたら無礼だろうがっ!」
俺が立ち上がって商人に抗議の声をあげると、シャルは顔を赤くして首をフリフリと横に振る。
「い、いませんよっ」
「では、好きな方は? 孤児院で仲の良い人などはいないのですか?」
「いませんっ。その、みんな僕よりも歳下の子供ですし、孤児院以外では人と関わることなんてないですから。それに、僕も子供なんですから、早いです」
「いやぁ、失礼しました。でも、お貴族様だったらシャルさんほどの年齢の方でも結婚していることは珍しくはありませんよ?」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
シャルは顔を赤くして俯く。
……そうか、好きな人はいないのか。ならある、チャンスがある。これから好きになってもらえる可能性がある。
商人がウィンクをしてきて腹立つが今ばかりは感謝だ。友達でよかった。流石は俺の親友だ。
それにしても……そうか、そうか、いないのか。
今すぐにでも踊り出したい気分である。
「商人さんはご結婚はされているんですか?」
「ん、アタシですかい。いや、お恥ずかしいことながらどうにも相手が見つからないもので。まぁ、最近はずっと往復をしているだけですが、昔はあちこち回っていたのでね、どうにも難しいものですね」
どうでもいいが……俺の失恋を笑った癖に、自分も独身なのかよ。
「カルアさんはいらっしゃるんですか?」
「恋人はいませんよ。……まぁ、許嫁ならいましたが」
「い、許嫁……お、大人ですね……」
「そんなのいたんだな、カルア」
「まぁ、三回しか会ったこともないですし、もうこれから会うこともないので関係はないですけどね」
色々あるものだな……。そういや、ギルド内でもそれっぽい奴等もいるし、まぁ色々あるのか。
帰ったら相談してみようかな。
俺がそう考えていると、シャルはこちらの様子をチラチラと伺ったあと、おほん、と咳き込んでから手を膝の上でぎゅっと握り込む。
「あ、あの、ランドロスさんと一緒にいた女の子……どういう関係なんですか?」
「女の子? ミエナか?」
「い、いえ、マスターさんです」
「どういうって……まぁ、ギルドマスターで、まぁ上司ということになるな」
「そ、そういうことではなくてですね」
シャルは小さな手を握りながら、顔を赤らめて俺に言う。
「その、ひっついていたじゃないですかっ」
「……そ、それはな……。その……そういうものなんだ。ほ、ほら、ミエナも頭を撫でてもらっていただろ?」
「僕、その、そういうのは良くないと、良くないと思うんです。異性がベタベタと身体をひっつかせ合うのは問題だと思うんです」
「いや、異性というか、マスターというか……。そのな、シャル……大人というのは、酷く心が苦しいことがあるんだ」
俺はシャルの目を見て話す。
「半魔族は差別を受ける。あの街では住まわせてもらえるが、歩いていると数分に一度は石や暴言が飛んでくる。……慣れてはいると言っても、苦しいのは分かるか?」
「そ、それは……そうですね。……その……助けてあげられなくて、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。でもな、その荒んだ心をな、マスターは癒してくれようと頭を撫でてくれる。そういうことなんだ。これにいやらしい気持ちは一切ないんだ」
「……そ、そうなんですか?」
シャルは助けを求めるように商人の方に向く。商人は前を向いて馬車を動かしながら頷いた。
親友……!
「で、でも……やっぱり、その男性と女性がベタベタするのは良くないですっ」
「……いや、でもな」
俺がシャルに言い訳をしようとすると、シャルは顔を真っ赤にしながら俺に言う。
「辛いなら僕がナデナデしてあげるのでっ! 他の女の子のは禁止ですっ!」
「……えっ、いいのか?」
是が非でもお願いしたい。俺が確かめると、シャルはコクリと頷く。
「で、では……いきますよ……」
シャルの小さな白い手が俺の頭に乗り、ポンポンと手の位置を確かめるように動く。そのあと、ゆっくりと髪を梳くように優しく撫でられる。
わしゃわしゃと撫でてくれるマスターの手の動きも気持ちがいいが、この優しげな手の動きはまさに至福のそれである。
俺がシャルのことを好いているというのもあるだろうが、それ以上に、苦しみを取り除いてあげようという優しいシャルの心の中が見えるような甘い撫で方だ。
至福……まさに、至福。極楽浄土はここにあった。
人の神にも魔族の神にも愛されないが、俺の神はここにいたのだ……!
俺が最高の心地よさを味わっていると、カルアが俺の方を向いて頰を引きつらせていることに気がつく。
「……見世物じゃないぞ」
「いや、私も出来る限り見たくない光景でしたよ。さっきのわんぱく勇者と戦っていたカッコいい人はどこに消えたんですか」
「空間魔法で収納した」
「便利ですね。空間魔法」
というか、異性とみだりに引っ付くのはダメだというのに、シャルが相手ならいいのだろうか。まぁいいか、幸せだしな。
旅に耐えていて良かった。
そんなことをしている内に、日が傾いていること気がつく。
今日はこんなところか。
◇◆◇◆◇◆◇
そこそこの長旅を終えて、シャルのいる街にたどり着く。
思えば、この街の近くにはよくいたが入ったことはないな……と思いながら空間魔法で布を出して目を覆うように縛る。
「大丈夫なんですか?」
「ああ、魔法で把握出来るから大丈夫だ。空間把握はほとんど魔力も使わないから、自然回復量の方が勝るしな」
この街は迷宮のある国のように門があるわけではなく、関所としての機能がある場所はない。
街に着いて少し進んだところで……商人が慣れたように一つの建物に入る。
「あ、ここです。ここが僕の住んでいる孤児院の……シンラ孤児院です。えっと歓迎します! 院長先生に報告してきますね。ちょっと待っていてください」
「……ああ」
ここがシャルの住んでいる孤児院か。
あまり良くはないのだろうが、魔法での知覚ではなくちゃんと見たいと思って布をずらして見てみる。
正直なところ、あまり綺麗な建物ではない。ボロボロの屋根を上から木で打ち付けて直してあったり、壁の塗装が剥がれているのが見えた。
近くにある小さな畑にはいくつかの野菜が実っていた。
窓から走っている孤児の姿が見える。思っていたよりも痩せこけていないのは、俺が金を出したからだろうか。
「……良かった」
「そうですね。だいぶ健康的になってきましたよ。ここの子達も。ああ、それよりランドロスさん、今からシャルさんの親代わりの院長に挨拶ですけど、大丈夫ですか?」
「……親代わり?」
「えっ、はい。一応、孤児からしたら親みたいなものですよ」
「……えっ、いや……な、何も考えていなかった。ど、どど、どうしよう商人!?」
俺が焦っていると、無慈悲にも何の準備も出来ていない間にシャルが馬車の方に戻ってくる。
「ランドロスさん、すぐに話せるみたいです!」
「お、おお……おう、あ、会いにいくか」
どうしよう。どうしたら半分魔族の俺が好意的に見てもらえるというのだ……!
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