第25話
場を収めたマスターは小さく指先を動かして俺にサッサと逃げるように指示する。商人の方を一瞬だけ見てから、ひとりで門を潜る。
合流は後で、という俺の意思も商人ならあれだけで察してくれるだろう。
マスターなら上手いこと収めてくれるはずだと思い、指示通りに急いでその場から離れた。
少し街から離れたところで、変装の意味も込めて聖剣に斬られた服を脱いで、異空間倉庫から服を出して着る。
少し待っていると、商人の馬車が見えて少し安心する。どうやら無事らしい。
俺が手を上げて無事を知らせると、馬車からシャルが飛び出してきて俺の方へと駆け寄ってくる。
「ら、ららランドロスさん! さっ、さっき、斬られて、い、いましたよね!? け、怪我は大丈夫ですか!?」
「……回復薬を即座に飲んだから大丈夫だ」
出血をしたら血の不足から多少のダメージは受けるが、出血をする前に飲めばほぼ何も問題ない。
シャルはパッと俺の服をめくり上げて服の中を覗き込んだあと、へなへなー、とその場に倒れ込む。
「あ……よ、よかったです……」
「……心配してくれるのか?」
「心配はしますよ……。もう、あんな無理はしないでくださいね」
「いや、大丈夫だとの判断で……。あ、あと……そのな、触られると……」
めくり上げられた服がパッと離され、顔を赤くしたシャルが小さくペコリと頭を下げる。
「す、すみません。男の人に、はしたなかったですね」
「いや、まぁ……構わないが……」
腹をくすぐるような小さな手の感触を思い出しながらシャルを見る。
シャルは色々とあったせいかワタワタとしながら俺の手を引いて馬車の方に向かった。
馬車の近くに行くと商人が俺の方を見て不快な粘着質な笑みを浮かべる。
「いやぁ、無事で良かった。親友の危険に、思わず飛び出してしまいそうでしたよ」
「……いや、お前あくびしてたよな? 見えてるからな、俺の魔法で」
「あれはあくびではなく、叫ぼうとしたけど声が出なかったやつですよ。親友のことを疑うんですか? ほら、証拠に涙も出てるでしょ?」
「あくびしたからだろ」
俺が商人にツッコミを入れていると、シャルに手を引っ張られる。
「ダメですよ、ランドロスさん。お友達が心配してくれているのに、そんなことを言っては……めっ、です」
「いや、でもな、シャル……この商人は……」
「でもじゃないです。ごめんなさいしましょう。ね?」
……ええ……これ、俺が悪いのか? いや、まぁ……心配したと言っている奴に対して悪く言うのはあまり褒められたことではないのは確かなのかもしれない。
いや、しかし……商人が俺の心配なんてするはずがないし……。
「ね、ランドロスさん」
「ご、ごめんなさい」
俺が仕方なく頭を下げると商人は馬車から降りてきてニマニマといやらしい笑みを浮かべて俺の肩をポンポンと叩く。
「いやいや、いいんですよ。アタシとランドロスさんの仲ではありませんか。無事だったのなら、それ以上の喜びはありませんよ。ああ、でもせっかくなんで仲直りの握手でもしませんか?」
「いやだ」
「もう、ランドロスさんも照れないで、いいじゃないですか」
シャルに手を引っ張られて商人の手を握らされる。手に若干の脂肪が乗っていてぶにぶにしていて、それにまとわりつく手汗がなんか気持ち悪い。
「よし、これで二人は元通りのお友達です」
元から友達ではない……。
シャルの妙なお姉ちゃん気質のせいで商人に外堀を埋められていっている気がする。嫌だ、俺の人生初めての友達はこんな金にがめついオッサンではなく、シャルとかマスターみたいな小さくて可愛くて優しい女の子がいい。
俺のそんな願いはシャルに届くことはなく、嬉しそうに微笑まれてしまった。
俺の初めての友達が商人に奪われてしまい。人としての尊厳を穢された悲しみから馬車の中で蹲る。
御者台の方から振り返る商人の満面の笑みがとても不快だった。
「では、話を聞いてもいいですか? ランドロスさん。あの勇者と……何故知り合いなのか、あのやりとりは何だったのか」
「……話したくないな」
「えー、親友じゃないですか。いいでしょう?」
「……あまり巻き込みたくない」
俺がポツリとそう言うと、シャルがパッと立ち上がる。
「ランドロスさんは辛そうにしていました。僕が助けてもらっているように、僕も少しでもランドロスさんを助けたいです!」
「……シャル」
「私も興味ありますね。普通に考えると接点がない二人だと思いますが……かなり、深い仲だったようで」
「カルア」
「ランドロスさん、辛いこともみんなで分かち合いましょう。友達じゃあないですか」
「……なんでお前がちょっと良いこと言うんだ? 話す気がすげえ削がれるんだけど」
俺がそう言うと、再びシャルに「めっ」をされる。
ガタガタと揺れる馬車の中、俺が頰をかいていると、商人は良いことを思いついたとばかりに提案をする。
「では、こうしましょう。交換条件です。ランドロスさんが勇者とのことを話す度に、シャルさんが自分のことを話すという感じで」
「えっ、ぼ、僕ですか? えっと……何をお話しすれば」
「出身とか好きな食べ物でいいですよ」
「……いや、それは俺も知りたいんだが、商人は何も支払っていなくないか」
「じゃあアタシも自分のことを話します」
「えっ、いらない」
……まぁ、減るものではないか。魔王を追い詰めたのが俺であることは隠した方がいいかもしれないが……共に旅をしていたことぐらいは、多くの人が知っている話だ。
「……俺は勇者パーティの一員だったんだよ。それで……アイツらに裏切られて死にかけた。アイツが驚いていたのは、俺が完全に死んだものと思っていたからだろう」
「ほー、そうだったんですか。では、シャルさん、好きな食べ物をどうぞ」
「え……こ、この重い話の直後にですか!? チョ……チョコレートが、その……美味しかったです」
……結構、衝撃的な話をしたつもりだったんだが。一瞬で流されたな。
いや、まぁ……シャルについて知れて嬉しいが。
それにしても俺のあげたお菓子が一番好きだなんて、可愛い。
「ほー、奇遇ですね、アタシもランドロスさんのお金で買って食べたチョコレートが一番好きですよ」
「お前俺が貸した金で菓子食ったのかよ」
くそ、チョコレートが好きというのが可愛いと思ったのに商人のせいで変なイメージで固定された。
「……俺と勇者が旅をしていた期間は一年ほどだった。魔族の大侵攻と呼ばれた戦にも人間側として参加している」
「へー、アレの生き残りですか。すごいですね。強いのも納得です。ではシャルさん、趣味をどうぞ」
「えっ、あっ……畑のお世話……でしょうか。趣味とは違うかもですけど……」
「そうなんですか。実はアタシも実家は農家でして」
「……このシステムやめないか? もう普通に話すから。話の寒暖差で頭がおかしくなる」
商人の掌の上で踊っているような気がする。いや、まぁ、別にそれぐらいならいいのだが。
俺が溜息を吐くと、馬車の中にも入り込むほど強い風が吹いた。草原の青い匂いと土の匂いの混じった匂いが篭った空気を洗い流していく。
俺はゆっくりと背をもたれさせて、口の中に残る湿気を吐き出すように、自分のことを話し始めた。
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