第18話

 いつものようにギルドでマスターに甘えていたら何故か、あの子……シャルがギルドの中にいた。

 な、何でこんなところにシャルがいるのか。

 俺の妄想が生んだ幻覚……にしては他の人もシャルを見ている。


 別人……ではない、目の虹彩が完全にシャルだし、匂いも完全にシャルのものだ。


「しゃ、シャル……?」


 そう尋ねたところで自分の失敗に気がつく。

 シャルという名前を知ったのは本人に聞いたのではなく、隠れて得た写真に書いてあったからだ。


 これではまるで、一回しか会ったことがなく一言話した程度の仲なのに突然求婚してきて、フラれた後もしつこく執着して個人情報を調べているやばい変態ロリコンストーカーみたいではないか!?


 誤解だ、誤解を解かなければ、まずい。

 けれど何と言えば……と、考えていると、ミエナがシャルを見て「あっ、写真の娘だ」と呑気なことを言う。


「……写真?」


 ミエナ貴様!? それがバレたらフラれた後も写真を集めて毎晩寝る前に眺めていることがバレるだろうが!? それはヤバいやつだろう!?


 くそ、ミエナの口を閉じさせなければ……そう思っていると、シャルがゆっくりと俺の方に歩いてくる。


 近い。シャルが、本物のシャルが近い。生である、生シャルだ。


 頭の中が混乱して、ドクドクと心臓が潰れそうなほどに強く鳴る。


「えっと……お久しぶりです。……ランドロスさんで、合っていますか? 商人さんから名前を聞いたのですけど」

「あ、ああ……な、何でここに……」

「その、商人さんが連れてきてくれまして。えっと……ご迷惑でしたか?」


 シャルがこてりと首を傾げて、俺は全力で首を横に振る。

 俺が全力で焦っていると、周りからヒソヒソと話し声が聞こえる。

「あのランドロスが慌てているぞ、あの子何者だ?」「ああ、魔物に囲まれても表情一つ変えないランドロスが……」「ギルドマスターに甘えながらも表情を変えないランドロスがな」


 やめろ、マスターに甘えていることを暴露するな。シャルの耳に入ったらどうする。


「い、いや、当然歓迎する。あ、こっちに座ってくれ。食べたいものとか飲みたいものがあれば遠慮せず……」

「あ、ありがとうございます」


 シャルと向かい合って座る。緊張で吐きそう。可愛い。好きだ。結婚してほしい。


「……え、えっと……つ、疲れとかはないか?」

「いえ、大丈夫です。その、話なんですけど」


 何だ。もしかして未だに執着して写真を集めていることを知られたのか? それとも、ストーカーで通報しにきたとか……。もしくは、これ以上付き纏うのはやめてとお願いをしにきた可能性も……。


 嫌な想像に、冷や汗がダラダラと流れ出る。


「えっと、あのお金は一体どういう意図で渡したのかを知りたくてです」

「どういう意図って……そ、そのままだが……」

「結納金みたいなものなのか、とか、それとも何かお返しというか……対価みたいなものがほしいのか……。とか、対価と言っても渡せるようなものはありませんけど」

「いや、そのままだから、気にしなくていいからなっ!」


 俺が焦りながら言う。そりゃあ、あのお金でシャルの私物とかを売ってもらえたら嬉しいに決まっているが、そんな変態じみたことを要求出来るはずもない。


「えっと、そのままというのは……」

「受け取ってくれたらそれでいいから、孤児院のために使ってもいいし、欲しいものを買ってもいいしな」

「ほ、本当にそ、それだけなんですか?」

「あ、ああ、そりゃあ……受け取ったときに俺のことを思い出してくれたら嬉しいという下心はあったけど、本当に、別にいいからな。気にしなくても」


 会いたい会いたいと思っていたが、実際に会うと嫌われるのが怖すぎて逃げ出したくなる。


「そう……ですか。あの……その……実は、と言いますか。孤児院に寄付をいただけるのはとても嬉しいのですが……」

「も、問題とかあったか? 魔族と繋がっていると思われたりしたとか……」

「いえ、そうじゃなくてコチラの話なので、聞いていただくのも恐縮なんですけど……」


 少女は水をコクリと飲んで、申し訳なさそうに俺に言う。


「実は、来年度から孤児院がなくなりますので……。その、寄付していただくのも問題があると言いますか」

「……なくなる? えっ、何故だ。金が足りなかったのか!?」

「い、いえ、とんでもない額をいただいていますよ! めちゃくちゃ余ってます」

「じゃあ何故……」

「その……あの孤児院は教会……天神様を祀っている教会の施設でして……というか、あの国の孤児院はほとんど天神教会の施設なんですけど……」


 ああ、あの魔族は見つけ次第殺せの天神教会か……。


「僕はあまり詳しくないんですけど、上の方の人が変わったとかで……お金にならない孤児を育てても意味がないとの考えで……」

「……は、はあ!?」

「全体の方針がそうなので……教会に併設されている孤児院の建物は別のことに使われるそうでして」

「嘘だろ。じゃあ孤児はどうなるんだよ」


 シャルは目を伏せてから、小さく微笑む。


「……僕のところは、ランドロスさんが寄付してくださったお金があるのと、院長先生が頑張ってくれているので、上手くいけば……別の場所に移れるかもしれないです」

「上手くいけばって、それに孤児院なんて他にもたくさんあるだろ!」

「……どうすることも、出来ないです」

「そもそも、大半が国と教会の連中の起こした魔族との戦争によって発生した孤児だろ。責任を取らずに見捨てるのか!?」


 知らず知らずのうちに語気が荒くなっていることに気がつく。シャルに詰め寄っていた俺を、ミエナが手で止める。


「ランド、シャルちゃんが困ってるよ」

「あ……わ、悪い」

「いえ、僕たちのことを思ってのことなので、ありがたいとは思っても、困るなんて……」


 俺は席に座り直す。……別に、シャル以外の孤児には興味なんてない。生きていても死んでいても構わない。


 だが……けれど、俺は一人が寂しかった。だから、シャルが果物をくれたことが嬉しくて、嬉しくて……。


「……ダメだろ。孤児院をなくすなんて」

「……あの、泣いてるんですか?」

「泣いてない。全然、何も泣いてない。これは……魔族汁だ。魔族だったら定期的に出てくる」


 俺の誤魔化しを聞いていたミエナがハンカチを俺に渡す。


「ほら、魔族汁拭いて」

「ああ、助かる」


 シャルは瞬きをしてから、首を横に振る。


「あ、そ、その、困らせるためにきたんじゃないんですっ。今日は、そのお金についてどうしたらいいのかを聞くためで」

「……いや、流石に無視出来ることじゃないだろ。……力になれるとは、思えないが」


 俺の魔法は金を稼ぐのに向いてはいるが……それは個人の範囲だ。異空間倉庫を大規模な物流に利用すれば大金を稼げるかもしれないが、そんな大量の荷物を運べるほどの信頼を得ることは、半魔族である俺には不可能なことだ。


 ……何も出来ないのか。俺は。


「……誰が決めたんだよ、そんな……目先の金しか見えていない、無茶苦茶なことを」

「えっと、名前までは存じていないんですけど……。先の大戦で勇者様と共に活躍した高名な僧侶様だそうです」

「…………は?」


 シャルの言葉に、思わず目を見開く。

 勇者と共にいた僧侶なんて、一人しかいないだろう。


 キスをされた唇と、殴られた側頭部の感触が浮かび上がってくる。

 忘れるはずもない。これからも忘れることは出来ないだろう。


 大勢の孤児を見捨てるように決めたのは……僧侶ルーナ……俺のかつての仲間だった。

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