第19話

 見せかけだけの優しさの女。

 それが……俺がルーナに抱いている印象だ。


 人に愛を説くが自分自身しか愛しておらず、常に人からどう見られているかを気にしていて、目の前の飢えた子供は自分の持つ慈悲のアピールに利用するだけで助けてやろうとはしない。


 自己愛と見せかけの良さだけが肥大化した……醜い心の持ち主だ。


 だが……だとしても、そんなことまでやるとは思っていなかった。

 自分と同族の子供を見捨ててまで私腹を肥やそうとするまで、下劣に落ちていたとは……。


 ギルドマスターは遠目に俺達の様子を見ていたが『勇者』という単語に反応して俺の隣に座り、不安げに俺の表情を浮かべる。


 この前、俺が勇者の話で体調を悪くしたから気を使ってくれているのだろう。

 強い感謝の念が浮かぶ。……本当に優しい人だ。


 俺は「大丈夫だ」と示すために、ミエナから借りたハンカチを机に置き、シャルに言う。


「……すまない」

「えっ、べ、別に大丈夫ですよっ。力になってほしいと頼みに来たわけではないので……。この話も、一応の報告というか、知らずに寄付をいただくわけにもいかないというアレでして」


 ミエナは首を傾げながらシャルに尋ねる。


「あの、素人質問なんだけど、お金があるなら孤児院って体裁に拘る必要はないんじゃないの?」

「えっと、そもそも子供が多くて……その、お世話をしている人も、僕みたいな年長の孤児と教会の方なので……。単純に人手が全然足りないです。特におっぱいが……」

「えっ、そんなちっちゃい赤ちゃんまでいるの?」

「はい……僕は出せないので……どうにも難しいです。教会に来ている熱心な信徒の人に乳母代わりになってもらっていたんですけど、それもこれからは期待出来ないので……。その、それでも僕達のところだけならランドロスさんのお金を使えば、お世話をする人と乳母さんを雇って……なんとか出来なくはないとは思うんですけど……」


 他の孤児院は……解散して、子供は路上で生活をすることになる……か。酷すぎる話だ。


 だが、俺に出来ることなんてあるのだろうか。そんな国中の孤児を育てるための人手や金なんて手に入るはずがない。


 かつての仲間であるルーナの非道を止めたくはあるが……俺が前に姿を現したところで、話を聞いてくれるとも思えない。


 隣にいたギルドマスターの方に目を向けると、彼女は小さく首を横に振る。


「……難しいね。私も力になってはあげたいけど、そんなお金も、力もないよ。他国の話だから尚更ね」

「あ、す、すみません。僕の事情ばかり話してしまって……。あ、それはその……どうしようもないので、僕は自分の周りの人を助けようと思っています」


 シャルは「だから……」と目を伏せながら俺に言う。


「だから、その……プロポーズの件は……ありがたいのですが、ごめんなさい」

「……えっ、いや、前にもうフラれたよな」

「いえ、あの時は……僕の持っていた蜂の巣の蜂がランドロスさんに攻撃していたので、それで謝っただけでして……」

「……そうだったか? ……そうか。そうか……」


 まぁ、どちらにせよシャルと結婚は出来ないのか。


 ……もし俺が「結婚してくれたら、俺を愛してくれたら、金を支援する」と言えば……この優しい少女は、俺と一緒にいてくれるのではないか。


 俺に微笑みかけて、頭を撫でて、抱きしめてくれるのではないだろうか。


「シャル……その、もしも俺が……」

「もしも? なんですか」

「俺が……俺がな……」


 口の中が乾く。酷く心がシャルの愛を求める。

 言えば、俺は幸せになれるかもしれない。言えば、シャルと一緒にいれるかもしれない。


 不思議そうに、こてりと首を傾げる可愛らしいシャルの顔立ち、長い睫毛がパチリと瞬きで揺れて、安心した表情で水に口を付けて濡れる唇。


 欲しい。シャルが……何者にも変えがたいほどに、狂うほどに欲しい。

 俺はそのためにずっと戦ってきて、死を覚悟して魔王に挑んで……そして勇者達に殺されかけたのではないか。


 さあ、言え、俺。……「俺と結婚してくれたら、助けてやる」と言えよ俺は。


「俺が……孤児のために支援したいと言ったら……助かるか?」

「えっ、も、もちろん助かりますけど……。でも、何の関係もないランドロスさんに支援してもらうのは……」

「俺も両親がいないからな。どうにかしてやりたいという気持ちはあるんだ。……今まで通りと言えばそのままだが、何かを要求するわけじゃないから安心してくれ」

「あ、ありがとうございます。ほ、本当にすみません」


 俺に感謝をしてペコペコと頭を下げるシャルを見て、心臓が痛む。


 俺は、半ば脅迫してシャルを手に入れようと考えた。そんな俺が、彼女からお礼を受け取っていいのだろうか。


 今も……無理矢理にでも欲しいと思ってしまっている。


「これからも……困ったら、いつでも訪ねてきてくれ。……俺からもそちらに行きたい所ではあるけど……。半分は魔族だから、街には入れないからな、悪い」

「い、いえ、助かります……。その、すみません、本当に……その、結婚も断ったというのに……」

「……いや。気にしないでくれ。……いつまで滞在する予定なんだ?」

「えっと、商人さんが仕入れをするので三日ほどは滞在しようと思っています。場合によっては伸びるかもしれないですけど」


 三日か……三日も一緒にいれるのか。もしくは……あと三日も……一緒にいないとダメなのか。

 ……シャルが好きだ。こうしてちゃんと話をすれば、やっぱり俺の目は間違っていなかったと確信出来る。


 半魔族の俺以外にもおかしな姿の人が沢山いるのに、シャルはそのどれもに偏見の目を向けることはせず、丁寧に接してくれている。


 俺が渡した金を自分の金にすることも出来るのに、他の孤児のためにばかり使おうとしている。


 優しく、優しく……あまりにもシャルが欲しい。どうしようもないほどに、彼女が愛おしく。

 だから……手に入らない物が目の前にあると、酷くつらい。


 俺は逃げ出すようにその場から立ち上がると、マスターが心配そうな目を俺に向ける。


「ちょっと飲み物注文してくる」

「うん。転けないようにね? あ、そう言えばシャルちゃんは泊まっていくところ決まっているのかな? 決まってないなら、うちに泊まっていくといいよ」

「ご迷惑では……」

「いやいや、ウチのギルドメンバーの大切な人を、異国の地で一人にはさせられないからね。……私達はこんななりだから、観光には案内出来ないけど」


 二人が話している声から逃げるようにカウンター席の方に移動する。少しでも時間がかかりそうな飲み物を注文しようかと考えていたところで、カウンター席に座っていた白髪青目の少女が「馬鹿みたいですね」と口にした。


「……カルア、どうかしたか?」

「いえ、欲しい物があれば、なりふり構わずに行くべきではないかと、そう思っただけですよ」

「……金を使って脅すのは、違うだろう」

「……私としては、普通かと思いますけど。そういうことをする知り合いなんて両手でも数えられないほどにはいましたよ」


 貴族の価値観は知らないが、とても不愉快で、羨ましい。

 俺もそれが当然だと思ってそう出来ていたら、幸せになれたかもしれない。


「まぁ、私には関係のない話ですけど……。迷宮の調査に着いてきてもらうように頼みたかったのに、頼みにくくて面倒です」

「ああ、そうかよ。……シャルが帰った後な」


 カルアはつまらなさそうにミルクを飲む。

 ……慰めてくれたのだろうか。

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