第17話
お金を置いていく商人さんは、荷車と一緒に乗り合いの馬車も経営しているらしく、結構たくさんの人と共にあの男の人のいる国に向かうことになった。
が……居心地が悪い。僕だけなんか席が豪華で、出される食事が異様に美味しい。
女の人が団扇で仰いでくれるし、馬もなんか艶々しているし……なんだこれは、なんなんだこれは……。
怖い。贅沢が怖い。
この旅だけで僕の人生でかかったお金全てよりもお金がかかっている気がするのに……何故かただである。
「……あ、あの商人さん……えっと……あの人とお知り合いなんですか?」
「ええ、もちろんそうですよ。あの交ざり物……おほん、ランドロスさんとは大親友でしてね。まぁ、こうしてね、行商の間にちょっとしたお使いとしてお金を届けていたという具合ですね」
大親友……。へー、そうなのかと思いながら、全身を宝石で着飾っている商人さんを見る。
「あの、何で僕にお金をくれるのかって、知っていますか?」
「何でって、そりゃあ、惚れているからじゃあないです?」
「好かれる理由がありませんし、かなり……どころではなくあまりに過剰だと思いますが。そんなにお金持ちの方なんでしょうか」
「んー、ランドロスの旦那は……この前見たときは勿体無いからとカビたパンを食べてましたよ。身なりは小汚いです」
「えっ……僕にお金を渡す前に自分のために使うべきなのでは……」
聞けば聞くほどよく分からない。ランドロスというのが、あの人の名前なのだろうか。
……人間とは違う感覚なのだろうか。
「あの、そのランドロスさんは、何で会いに来ないのでしょうか? その、お金だけ渡すだけというのは……。好かれているとしても、不思議でして」
「そりゃあ、会うつもりがないからでしょうよ。まぁ魔族混じりで街に入れないというのもあるでしょうがね。単純にこれからもずっと会うつもりはないみたいですよ」
「えっ……ん、んんぅ? あの、僕のことが好きで、それでお金を届けてくれているんですよね?」
「そうですね」
「なのに会う気はないんですか?」
「そりゃあ、フラれた相手に付き纏うと怯えられるって思ってるからでしょう」
……フラれた?
「えっと、プロポーズの返事はまだしてないんですけど……」
「あれ? ごめんなさいと謝っていたのでは?」
「えっ、いえ、それは手に持っていた蜂の巣から蜂が出てあの人に攻撃していたからで……プロポーズとかの話では……」
「ああ……勘違いですか。こりゃぁ、旦那も報われないですね」
あ、謝らないと……。会ったら謝ることが増えてしまった。
「……あの、それで何で……もう会うつもりもない僕にお金を?」
「少しでも繋がりがほしいんじゃないです?」
「……よく分からないです」
「まぁ、惚れ込んだ人間には幸せになってもらいたいというぐらいじゃないですかね。あとは……まぁ、人との関わり方が分からないから、お金だったら喜ばれると思ったんでしょう」
「……怖いと思ってしまいました」
「ははは、そりゃあそうですよね。アタシでも怖がりますよ」
つまり、純然たる好意で、何の見返りもなくお金を渡し続けていたと……それは……どうなのだろうか。
子供だし孤児の僕でもそれはおかしいのではないかということぐらいは分かる。
「そんなことをされたら誰でも怖がるって思うんですけどね。まぁ、それが分からないような人なんですよ」
「……そう、ですか」
「まぁ、何があろうとも貴女の敵になることはないでしょうし、貴女のお願いなら何でも無条件で聞くと思うので、安心したらいいですよ」
「余計怖いですよ」
「会ったら多分感動して泣き出すと思うので、覚悟をしておいてくださいね」
「えぇ……」
そういえば二回目会ったときは泣いていたような……あれ、感動の涙だったのか……。
「あの、評価が過剰すぎて怖いんですけど……。本来の僕とはかけ離れているものを見ている気がすると言いますか……」
「世の中そんなものではないでしょうか? 本当の自分なんてものを見てなんて、というのはそれこそ都合がいい妄想なのではないでしょうかね」
「いや、そのレベルではなく、会っただけで泣かれるのは過剰です」
もはや怖い。
結局、あの人のことはよく分からない。名前がランドロスということと、半分は魔族ということ、あとは異様なまでに僕のことが好きということぐらいである。
危害を加えることはないとのことだけど……どうしても身構えてしまう。
快適すぎて居心地の悪い旅を終えて、商人さんにもらった地図を頼りに彼がいるという【迷宮鼠】のギルドへと向かう。
どうしよう。今から会うのは僕のことが好きすぎてちょっとおかしい人だ。下手な言動をしたら感涙される。
お金についてとかのお話をしたいだけなのに、何でここまで変な気の使い方をしないとダメなのか……ドキドキとしながら、【迷宮鼠】と書いてある建物の扉を開ける。
「あの……す、すみませーん」
僕がそう言いながら中を覗き込むと……僕と同じくらいの年齢の女の子に頭を撫でられて心底嬉しそうに鼻の下を伸ばしているあの人の顔が見えた。
「…………はあ!?」
な、何で他の女の子に甘えているのだ。
僕に求婚してたくさんのお金を送り続けて困らせている癖に、他の女の子に甘えてとろけたようにデレデレと……。
思わず「イラァ」としてくる。いや、別に一方的に求婚されてお金を渡されているだけで、よく知りもしない人ではあるし、浮気などと言えるはずもないけど……。あれだけ僕に対して好き好きとアピールしておいて他の女のところになびいているなんて、少しばかり不誠実ではないか。
「マスター、私も撫でて撫でて」
「……順番を待て」
女性があの人を退かせて甘えようとしていて、あの人はあの人でそれに抵抗する。
何だこれは……。どういう状況だというのだ……。
怒ればいいのか、喜べばいいのか、悲しめばいいのか、訳が分からない。
しばらく見つめていると、自分が他の人の視線を集めていることに気がつく。
えっ、僕ってあの奇行をしてる三人組よりも、目立つ存在なの?
「あ、あの……すみません。入っても……」
と、僕が声を掛けたところで、あの人がこちらを向く。
一秒、二秒、三秒と、時間が停止したようにこちらを見続け、突如としてバッと立ち上がったかと思うと、警戒をしたように後ろに飛び跳ねて物陰に隠れてこちらの様子を伺っていた。
……ええ……一体どういう反応なんだ。
「しゃ……しゃ、シャル……様?」
何故様付けなのだろう。
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