第14話
このギルドにいることも慣れてきたが、やはり知らないことはまだまだある。
話をするのはメレクとミエナ、それからマスター程度のものだ。
改めて見てみると、見慣れていても驚くほど多種多様な人種が入り乱れている。よくここまで色々な人間がいて成り立っている。
外を歩けば人間は人間同士、獣人は獣人同士といった具合に分かれているのに、このギルドではそんな常識なんて知ったことかとばかりに、種族関係なくパーティを組んでいる。
まぁ、それは俺が言えたことでもないが。
一応新しい救助依頼が来ていないことだけを確かめて、メレクと酒でも飲もうかと考えていると、カランと音が鳴って一人の少女が入ってくる。
白い髪と青い目。種族は……人間だろう。
遠目でも分かる整った顔立ち、多少幼いがマスターほどではない。
依頼か何かをしにきたのかと思ったが様子が違った。
「すみません。このギルドに加入したいのですが、どなたにお話をしたらいいですか?」
その言葉にギルドの中が少しざわつく。
ギルドマスターは人間の少女ではあるが……それでも、このギルドには人間は少ない。
このギルドが拒んでいるわけではなく、そもそも嫌われ者のギルドなのだから入りたがる人間などいないのだ。
どうしたものかとザワザワとしていると隣に座っていたミエナが立ち上がって少女を手招きする。
トコトコとやってきた少女は、俺の紅い目やミエナの長い耳に警戒する様子もなく丁寧にペコリと頭を下げた。
「あ、こんにちは。私はカルア・ナグシャです。えっと、こちらのギルドに入りたいと思っていまして」
「あ、うん。私はミエナ。こっちのぶっきらぼうなのはランドロスだよ」
古株のミエナからしても人間がこのギルドに入りたいとやってくるのは珍しいのか、少し困惑しながらも少女にお茶を出す。
席を外そうかとも考えたが、ここでいなくなるのはなんか感じが悪い気がして思い留まる。
ミエナはポリポリと頰を掻いてから、仕方なさそうにカルアを見る。
「えっと、カルアちゃん……でいいかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
「ラビリンスラットについてあんまり知らないできちゃった? ほら、ウチって、耳がこんなんだったり、角が生えてる系の種族がいたりするけど」
「えっ、人間は入らないんですか?」
「いや、そうじゃないけどね。マスターからして人間だし、私も人間は好きだし、ね、ランド」
俺は適当に頷きながらカルアの姿を見る。
格好は旅人然としているが筋肉はなさそうで身体が薄べったい。
全体的な所作が以前の仲間であるルーナに近い物を感じる。
幼いながらも貴族もかくやとばかりの流麗な立ち振る舞いと、指先にまで現れる染み込んだ動き……この子、もしかして貴族か?
いや、流石にそんなはずはないか。こんなところに貴族が来るはずがないし、多くの貴族は選民意識が強く、人間以外を嫌っていることが多い。
ただの偶然めちゃくちゃお上品な仕草をするタイプの女の子だ。
「ああ、まぁ……俺の好きな女の子も人間だしな」
「えっ、何それ、初めて聞いた。えっ、誰? マスターじゃないよね? 場合によっては拳が出るけど」
「今はそこ重要じゃないだろ。マスターも好きだが、別の子だ」
まぁ……マスターに付き合ってとか結婚してとか頼まれたら二つ返事で了承して、あまりの喜びに一日中踊り狂ってしまう自信はあるが。
「ああ、うん。まぁそんなわけで人間が駄目ってわけじゃないんだけど……。うーんとね、人間が所属すると損が大きいからなぁ。多分差別されるし、人間のお店も利用しにくくなっちゃうよ」
「分かっていて来ています」
「……歓迎しないわけじゃないが、別のギルドだとダメなのか?」
「私の年齢ですと、参加させてもらえないので」
「年齢が理由なら、なおのこと待った方がいいよ。一年や二年のためだけに一生を棒に振ることになるよ?」
ミエナが説得していると、後ろの床で寝ていたメレクが起き上がり、ガン、と机に頭をぶつける。
「いってぇ……。ミエナ、別にいいんじゃねえの、ギルドに入りたいなら入らせてやれば。なんか理由あるんだろ」
「いや、そういうわけにはいかないよ。人生を左右することだし、そんなに安易な気持ちで入らせて後悔させたくないもの」
メレクの言い分もミエナの言い分も分かる。俺としてはミエナ寄りの考えだが……けれど、入って日は浅いが俺はこのギルドに救われていて、とても気に入っている。
もしも俺が純粋な人間だったとしても、このギルドに入り続けたいと思っているほどに良いギルドだ。だから、入って後悔はしないようにも思える。
カルアはそんな二人の様子にニコリと笑みを浮かべ、嬉しそうに話す。
「そんな風に自分を大切に思ってくれるところにいたいと思ったんです」
その少女の言葉を聞いてミエナは照れ臭そうに頰を掻く。
「……いやでも……もう少し考えた方が」
「別にいいだろ。マスターに会わせて決めたら」
どちらの言い分も間違ってはいないし、正解は分かるはずもない。
俺は料理を適当にツマミながら、少女カルアに言う。
「……ラチがあかないな。結局は本人に決めさせるのがいいだろう」
「いや、でも、現実として……」
「現実を見せて、決めてもらえばいい」
俺は立ち上がり、カルアに言う。
「少し散歩をしよう。ミエナが止めている理由が分かると思う」
「えっ、あっ……は、はい」
空は晴れていて散歩にはいい天気だ。ぬるい風を感じながら歩くと、三歩ほど後ろをカルアが歩こうとする。
「もう少し離れてくれ、というか、一緒に歩いているとは思われないように着いてきてくれ」
「えっ、は、はい」
人通りの多い大通りを歩くと俺の周りには人が寄ってくることがなく、ポカリと穴が開き、嫌な物を見たとばかりに顔を顰めた人が遠巻きにヒソヒソと何かを言う。
店の近くに寄るとシッシッと追い払われ、適当に歩いているだけで後ろから石が飛んでくる。
狭い道を歩けばすれ違った人に舌打ちをされる。
まぁ、こんな具合だとばかりに振り返ってみると、カルアは小走りで向かって来て、俺の隣に立つ。
「おい、見てなかったのか?」
「見てました」
「……意地になっても仕方ないぞ」
「大丈夫です。慣れていますから」
まあ、そうは言ってもすぐに音をあげるだろうと思って散歩を続けるが、少女は俺の隣から離れようとはしない。
人から蔑みの目で見られようが、舌打ちをされようが、石を投げつけられようが。
常に気丈に、真っ直ぐ前を向いて歩いていた。
「……なぁ、カルアだったか」
「はい」
「どこかの貴族だろ。知っている貴族が、そんな歩き方をしている」
「……はい。どこの誰、と、口にすることは出来ませんが」
「そのお貴族様が、なんでこんなところに来てるんだ」
カルアの方に飛んできた石を掴み、地面に放る。
「……魔物はどこからやって来たのか? と、考えたことはありますか?」
「……さあ、元からいたんじゃないか?」
「ある人の研究では、そもそも魔物は生存している環境に適していない。という結論に達しています。海にカエルがいるようなものだと、けれども生物の強さから繁殖して種を保っていると」
「……どういうことだ?」
「自然発生したものではない。そう考えられているのです」
カルアの目は妙に強いものだった。
「私は可能性の一つとして、この国にある『ノアの塔』から古い魔物の先祖がやってきたのではないかと疑っています。そして、魔物を制御する術もこの塔にあるのではと」
カルアは天高く登っていく塔を見上げて、パチリ、パチリと瞬きをする。
「お笑いください、私は魔物の脅威に怯える世界を救いたいと思っているんです。だから、塔に登りたい」
世界を救いたい……などと、俺は考えたことすらなかった。
塔を見上げる少女の横顔は、とても美しいものだった。
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