第13話

 ミエナとメレクには一応謝りにいこう。

 謝る……というよりか、もう大丈夫だということを伝えにか。

 マスターから部屋の場所を聞き、まずはすぐ近くの部屋のミエナを訪ねることにする。


 朝早くから迷惑ではないだろうかと思いながらもマスターに「すぐに行け」と言われたので扉の前にまで来ている。


 迷惑ではないだろうか。今も寝ているかもしれないと思って扉の前に立っていると、扉の奥から「げへへ、マスター可愛いよぉ……結婚したいよぉ……」との声が聞こえた。


 目は覚めているらしいが、正気に目覚めてほしいと思った。


 俺がトントンとノックすると「はーい、ちょっと待ってくださいねー」と声が聞こえて、衣擦れの音の後に扉が開く。


「あっ、ランド。……大丈夫? しんどそうにしていたけど」


 ミエナは心配そうに俺の顔を覗き込む。

 それはありがたいのだが……後ろにある巨大なマスターの写真が気になる。大丈夫? と思わずこちらも尋ねたくなってしまう。


「あ、入って入って、ちょっと手狭だけどね」

「あ……ありがとう」


 ミエナの部屋の中に入ると、いくつかの観葉植物のような物が置いてあるのを除けば大量のマスターのグッズが所狭しと並んでいた。


 壁は四面とも壁一面のマスターの写真が貼ってあり、上を見ると天井にもマスターがいる。

 マスターの等身大のパネルや、マスターのぬいぐるみ、マスターの抱き枕……異様だ。


 その異様さに驚いていると、匂いも何か嗅ぎ覚えのあるものであることに気がつく。


「あ、分かる? マスターと同じ石鹸に変えてみたんだ」


 ……分かりたくなかった。でも俺もその石鹸が欲しい。後で売ってる場所を聞こう。


 椅子に座らされてお茶を出される。独特の風味がする茶だと思っていると、ミエナは嬉しそうに笑う。


「どう? 故郷のお茶なの」

「美味いな。落ち着く味がする」

「でしょ? 故郷にいる蜂が作る蜂蜜を入れたらもっと美味しくなるんだけど、流石に養蜂は出来ないから」


 ここで育てているのか。観葉植物だと思っていたのは、もしかしてこのお茶の材料なのか。だとすると貴重な物なんじゃ……と思いながら、茶を置く。


「その、昨日は急に出ていって悪かった」

「体調が悪いなら仕方ないよ。気づいてあげられなくてごめんね」

「……いや、悪い」

「ここに来てからずっと迷宮に篭ってたからね。疲れも溜まるよ。……じゃあ、そうだね」


 ミエナはピンと指を立てる。


「今日の私の仕事を手伝って。ついでにメレクも一緒に」


 仕事? と俺は首を傾げた。



 それからミエナと共にメレクの部屋を訪ねて、存外に可愛らしい寝方をしていたメレクを運んでギルドハウスの方に向かう。


 迷宮にいくのではないのかと、少し不思議に思っていると酒場に似たギルドにはあまり似合わない幼い子供が何人か集まっていた。


「あ、ミエナせんせー、おはよー。その人誰ー?」

「みんな、おはようございます。こちらはギルドの新しいお兄ちゃんのランドロスくんです」


 ミエナに手を引っ張られて子供達の前に出される。


「お、おい、ミエナ! 子供が俺を見たら怖がるに決まって……!」


 そう抗議しようとした俺の服が下から摘ままれる。


「はじめまして、僕はシンだよ」

「は、はじ、はじめまして……」


 俺に怯えていない子供を見て、逆に俺がどもってしまう。

 抗議の目をミエナに向けると、既に彼女は他の子供の相手をしていた。


「ギルドの子供に色々と教えてあげるんだよ」

「いや、俺は半分魔族だぞ、子供に教えるとか……」


 俺が逃げ出そうとするが、シンは俺の服を掴んで離さない。


「大丈夫だよ。このギルドにはそれぐらい珍しくないから。シンくんも純粋な人間じゃないしね」

「だとしても……俺は文字とか読めないし、教えられないぞ」

「大丈夫。教えられることを教えたら。学校じゃなくて、親がする家庭教育みたいな物だと思って。遊んでるだけでもいいし」


 そう言われても……俺には不向きすぎるだろう。子供の相手なんて。

 けれどシンは期待している目を俺に向けていて……ミエナと約束した手前、迷宮にへと逃げ出すことは出来ない。


 仕方ないと腹を括ってシンを見る。俺の紅い目のことなど気にしていないかのような表情だ。


 俺が教えられること……など、あるだろうか。文字は読めないし、計算も出来ない、社会常識は欠けているだろうし、出来るのは戦うことだけだ。

 それを教えるしかないか。


「……あー、じゃあ、魔法だ。魔法に興味はあるか?」

「魔法? えっ、おじさん魔法使いなのか!? すげえ!」


 ……おじさんか、まだそんな歳では……まぁいいか。


「ああ、魔法使いの中でも魔法剣士という分類になるな」

「魔法剣士?」


 結構食いつきがいい。どうやらシンは魔法に興味があるらしい。


「ああ、武器と魔法、その両方を使う人は魔法剣士と呼ばれる」

「剣と魔法を両方って、最強じゃん!」

「最強かどうかは別として、まぁ隙は少ないだろうし、出来ることが多いな」


 シンと共に椅子に座り、身振りを含めて口頭で教えていく。


「魔法使いと一言で言ってもいくつかの種類があってな。魔法だけを使う魔法の専門家エキスパートのウィザード。魔法と共に剣士のように武器も扱う魔法剣士。魔道具を利用するアイテムマスター。魔道具を利用しながら近接戦をする魔装戦士と、大まかに分類される」

「おじさんはどんな魔法を使うんだ」

「空間魔法だな。異空間に物をしまったり、出したり出来る」


 俺は異空間倉庫から水とコップを取り出して、シンに手渡す。


「す、すげえ! 俺も、俺も使える?」

「属性によるが……空間魔法は珍しいから、難しいだろうな」

「え……えー、そんなぁ」

「他の属性にはもっといい魔法がある。空間魔法は便利ではあるが、あまり強力とは言い難いからな。他の魔法の方が使い勝手はいいぞ」


 案外、普通に話せていると思っていると、他の子供も俺の話に興味が湧いたのか集まってきていることに気がつく。


 ……ちゃんと分かるように説明出来るだろうか。不安だ。

 俺が戸惑いながらも各魔法について説明をしていき、俺が言葉に詰まったり、つい難しい言葉を使ってしまったときはミエナが横から説明を入れてくれるおかげで、思ったよりもちゃんと話すことが出来た。


 しばらく話し続け、昼の鐘の音で授業が終わることになった。


「はぁ……疲れた」

「お疲れ、上手だったよ。魔法は感覚で使ってる人が多くて、説明出来る人が少ないんだよね」

「……まぁ、それはそうだな。俺も半分我流だしな」


 何にせよ、迷宮に潜るのよりも遥かに疲れた。俺が自分の肩を揉みながら料理を注文すると、ミエナはクスリと笑う。


「そんなに疲れた? お休み気分だったんだけど」

「気疲れがすごい。……もしかして、俺が迷宮に行かないように気を使ってくれたのか?」


 俺の体調が悪く、迷宮に行って無理をしないようにするためにこんなことを提案したのではないか。

 ミエナは俺の問いに答えることはせずにニコリと笑う。


 ……そう言えば、メレクはどうしたのだろうかと思って振り返って見てみると、未だにギルドハウスの床で寝ていた。

 ……この図太さ、少し羨ましいな。


 昼から迷宮に行こうかと考えていたが、今日はゆっくりと過ごすか。居心地も悪くないしな。

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