第15話

 ギルドに戻った俺とカルアの姿を見てミエナは少し驚いた様子を見せた。


「と、隣なんて大丈夫だった? 色んな人に意地悪されたでしょ?」

「ご心配ありがとうございます。ミエナさんは優しいのですね」


 カルアはニコリと笑って見せる。慣れている俺でも嫌になる散歩だったのに……本当に強いな。

 俺は半ばカルアに呆れながら、投げやりにミエナに言う。


「ギルドに加入するの、別にいいんじゃないか。嫌がらせも耐えれるみたいだし、覚悟もある。それに……」

「それに?」


 ミエナは首を傾げる。


「コイツ、適当にほっといたら絶対に無茶して死ぬぞ。すぐに死ぬぞ。三日で死ぬぞ。そしたら後味悪いから、しばらくは面倒みてやればいいかと思う」


 俺の言葉にカルアはクスクスと笑う。


「そんな、無茶なんてしませんよ」


 してるんだよなぁ……。会って一時間も経ってないうちに無茶してるんだよな……。


「カルア、一人でノアの塔にはいくなよ? 誰か誘ってからにしろ。俺でもいいが、出来る限りベテランとな」

「ランドロスさんはベテランではないんですか?」

「この前入ったばかりだ」


 欠伸をして適当な席に座る。

 カルアのことは気になるが、今日は救助依頼がない限りは休むと決めているので、働かないアピールも込めて机にグッタリともたれかかる。


 結構金も溜まったので、そろそろあの悪徳商人来ないだろうか。孤児院の方も金銭的にはしばらく大丈夫だとは思うが、早めに渡しておきたい気分だ。


 まぁそれでも余るぐらい稼げているし、回復薬でも買い込んでおこうか。あるいは武器をいいものに変えるか……いや、欲望に従って写真を撮るための道具を購入しておいてもいいかもしれない。


 色々と考えていると、ミエナが俺の寝ている机の前に座る。


「ねー、さっき言ってた好きな人間の女の子ってどんな子? 可愛い?」

「可愛い。……まぁフラれたけどな」


 深くため息を吐く。

 やっぱり迷宮に行くべきか。こうやってぼうっとしているとどうしてもシャルのことを思い出してしまう。


 ギルドで弁当だけ用意してもらい、いつものように迷宮に篭ることに決めた。


 迷宮【天より下るノアの塔】は、通常の建築物ではない。

 白い大理石に似た素材で外観が覆われており、遠くから見ると空から細い糸が垂れているように見える。


 天辺は視認では確認出来ないほどに高くまるで神が釣り糸を垂らしているかのように見せていた。


 外観の異様さにも増して、内観はおかしなものだ。

 いつものように俺が脚を踏み入れると、そこは鉱山にも似た環境の洞窟になっている。なんで建築物の中に洞窟があるんだよ。と、どうしても考えてしまうが、それを解明するような術は俺にはなく、これはそういうものなのだと納得する他にない。


 唇に若干の湿気た空気を感じ、鼻腔にカビ臭さを感じる。炎が消えないランタンのようなものが天井に吊るされていて視界に問題はない。


 空間把握の魔法によって周囲を警戒するが、入ったばかりの場所だと流石に魔物はおらず、人間の反応ばかりだ。


 脚は常に擦り脚気味で、歩幅は小さく、どんな状況でも一瞬で動ける体勢であることを意識する。


 迷宮の洞窟は嫌に入り組んでおり、地図か土地勘がなければ迷ってしまうだろうことは間違いない。


 二階層に続く道は分かっているが、今回の目的はそれではない。メレクから受け取っていた地図を取り出し、現在地を確認しながら歩き、☆の印が書いてあるところで立ち止まる。ほんの少し違う色の壁を見つけて、メレクがやっていたように宝箱を取り出す。


 誰かが使っていたのか、いくつかの不足していた物品を異空間倉庫から取り出して補充し、ついでに空いたスペースに回復薬を入れておく。


 この前、救助した少女二人にしても回復薬を持ち歩いていない探索者というのは結構多いらしい。

 まぁそこそこ値が張り、高く付くのは間違いないので仕方ないが、せめて仲間内では死人を減らしたい。

 役に立たず、壁の中で眠ることになるかもしれないがそれならそれでいい。


 俺の異空間倉庫は魔物を持ち帰りやすく金を稼ぎやすいので、これぐらいしてもいいだろう。


 少し歩いていると魔物に出会す、巨大な虫のような魔物で、動きは遅いが硬い甲殻が厄介な魔物だ。槍を取り出して脚の関節の隙間を狙って突き刺す。


 動きが鈍くなったところで槍を戻し腕を上に振り上げる。


「断ち斬れ」


 手元に巨大な大剣を呼び出し、そのまま振り下ろす。ズンッと洞窟の中が揺れて、大剣を持ち上げることもなく倉庫に戻す。


 こういう雑な殺し方だと素材がどうとかで買取の値段が落ちるが、どうにもこの虫は硬い上に生命力が高いので上手くは殺せない。

 倒すの自体は楽なんだがな……。そう思いながら虫も倉庫に入れる。


 そうしながら洞窟を歩き、一階の隠している宝箱を一通り回った後、まだ時間はありそうなので二階にも向かうことにする。


 この塔、何階まであるのだろうか。ミエナは六十階、メレクは四十階と少しまで登ったらしいが……そこまで登るのに何日かかるんだろうか。


 最短ルートを辿り続けたら二週間ほどで辿り着けるか? ……現実的に考えると最短ルートなんて早々通れないだろうから数ヶ月はかかるか。


 それでも頂上まで辿り着かないというのは……俺は頂上を目指すことはないだろうな。


 やってくる数体の小型の獣を見つけ、空間魔法で大量の槍を地面や壁に突き刺して簡易的なバリケードを作り、弓を引いて矢を放つ。


 矢が突き刺さった獣が「ぷぎゅっ」と鳴き声を立てて地面に倒れる。いくつか減らしたところでバリケードを戻し、剣で頭を一突きして残りを倒していく。


 それにしても、この魔物は本当にどこからやってきているのだろうか。

 洞窟の中に草木なんてないだろうし、草木を食う草食の生物もいない。


 まるで突然降って湧いたかのような魔物の姿に若干の恐怖を覚えながら、カルアの言葉を思い出す。


「……魔物がどこからきたか、か。眉唾だな」


 お偉い学者先生方の考えなんてわからないが、信じがたい話だ。魔物の死骸を回収しながら三階へと進む。

 暗い洞窟の階段を登ると、明るい太陽が見えて思わず目を閉じる。


 頰に涼しげな風を感じる。窓でもあったのかと思いながら目を開けると、青々しく広がる草原と青い空、そして暖かい太陽が見えた。


「……は? いや、これは……どうなっているんだ」


 明らかに外である。青く塗られた壁と太陽のような照明があるのかと思って見上げるが、雲があり、動いている。少なくとも……天井があったとしても雲よりも上だ。


 どうなっているんだ、この塔は。そもそも広がる草原も、見える範囲だけで塔の外観の数十倍の面積がある。


 ……こんな塔、人間が建てられるはずがない。魔王だって不可能だ。

 完全に神か邪神か、あるいはそれに準じたような化け物の仕業としか思えない。


 あの貴族のお嬢様がわざわざやってくるのも、納得と言えば納得である。それほどに、この塔は異様だった。


 魔王などよりもよほど恐ろしいナニカが、この奥にいるような気がした。

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