第11話
俺にとって、塔の中は都合がいい。油断出来ない環境というのは無駄なことを考える暇がないため、俺を裏切った勇者達や、フラれてもなお執着してしまうシャルのことを考えなくて済むからだ。
ずっと頭を戦いに向けるために一人で戦い続けている……はずなのに、何故かワーキマイラ(自称)のメレクとエルフのミエナが隣に立っていた。
「いやー、マジでお前強えな。俺が今まで見た中で一番強いのがギルド【炎龍の翼】のギルドマスターだったけど、それ以上かもしれない」
「メレク、警戒を怠らないっ! 全く……いつまで経っても迷宮で油断するんだから」
なんでこんなことになっているんだろう。いつも通り一人で行動していたはずなのに、いつのまにかこいつらと行動していた。
もしかしてこいつら……俺のことが好きなのか?
いや、好きだろ。この反応……間違いなく、こいつらは俺のことが好きだ。
「……メレク、ミエナ、怪我はないか?」
「えっ、ないけど、どしたの急に?」
「お前が真っ先に飛び出すから、怪我どころか疲れさえねえよ。ったく、ちょっとは俺にも譲ってくれよ」
やはり間違いない。こいつら俺のことが好きだ。だってなんか笑顔だし、労ってくれるし。
「ちょっと休憩しよっか、はいお茶」
お茶くれるし。
「あ、そうだ。ほら、ここの壁少し土の色が違うだろ。ここをこうして、こうしたら……ほら、宝箱が出てくるんだ。【迷宮鼠】はこんな感じで役に立つ道具や食料を迷宮内に隠しているんだ」
何かギルドの仲間にしか教えないようなことを教えてくれるし。
「よっと」と言いながらメレクはゴツい手で宝箱の中を弄り回し、中から取り出した酒瓶を俺とミエナに見せる。
「何でお酒なんて入ってるのよ」
「いや、俺がギルドに入った時にな、その年の酒を入れといたんだよ。んで、こうやって新人が来た時にでも開けようって思ってな」
「そんな年代もの、いいのか?」
「このために用意してたんだ。酒蔵までこだわって選んだ酒だからな。きっと美味いぞ」
ガハハとメレクは笑い、ミエナは仕方なさそうにクスリと笑う。
「本当に俺なんかが、こんな物を飲ませてもらっていいのか?」
「当たり前だろ? 何言ってんだよ。そうだ、空間魔法で仕舞っていてくれよ」
……こいつ、俺のこと好きだな。
思い返すと勇者達との旅では、こうやって大切な荷物を預かるようなことはなかった。
半魔の俺がいつか裏切るかもしれないと思っていたからだろう。
「全く、メレクは……ランドは真似しちゃダメだよ?」
こいつ、俺のことを愛称で呼んできた、さては俺のこと好きだな。
そんな話をしてから、迷宮を引き返す。一人でいるときならもう少し長居したが、メレク達が帰るつもりなので仕方ないだろう。
……いや、別に一人でも狩れるんだから仕方なくはないか?
俺は首を傾げながらも迷宮から出て、魔物を換金してから三人でギルドハウスに戻る。
なんとなくで出来たいつもの席に座ると、隣にメレクとミエナが座る。
早速酒を開けようとしたところで、幼い少女の声が聞こえた。
「おかえり。迷宮にはもう慣れたかい?」
「あっ、マスター! マスターもお疲れ様です! 頭撫で撫でしてください!」
幼女にナデナデを要求するとは、このエルフ頭大丈夫か?
「よしよし、いい子だぞ」
「わーい、マスター大好きー」
……思ったよりも羨ましい。
と、考えていると、マスターがいそいそと椅子を持ってきて俺達の座っている机の前に置く。
「ずいぶんと疲れた様子だな、マスター」
「聞いてくれるかいメレクくん。……色々とギルド組合で言われてしまってね……」
「あー、あいつらですか。無視でいいんですよ、無視で」
「私としてもそうしたいのだけど、ちゃんとしてないとギルドに解散命令が出されるからね……。はぁ」
マスターはグッタリと机の上にもたれかかる。いつもの黒いワンピースも、今日は少しくたびれて見えた。
「解散命令?」
俺が尋ねると、マスターは職員の一人に人数分の料理を注文して、ワンピースの胸元をパタパタとあおぐ。
「うむ、ちゃんと業務が行われていなかったり、不正なことをしているとみなされるとね。……私達はあまり好かれていないから、どうしても厳しくなるから」
「アイツら本当に私達のことを目の敵にしてますもんね。他のギルドは不正ばっかりなのに……」
「まぁ仕方ないさ。でも、君達は安心していい。私がギルドマスターの内は、君達の居場所を守って見せるさ」
ぽん、とマスターは薄い胸を張り、ミエナが「マスター!」と彼女に抱きつく。
「……まぁそれはいいとして、酒開けるぞ?」
「マスターも一緒に飲みます?」
「いや、私は年齢が……。ジュースで乾杯させてもらうね」
メレクが待ちきれないといった様子で酒瓶を開ける。
芳醇ないい香りが漂い、その匂いに酔いしれる。
思えば、誰かと酒を飲むことなんて殆どなかったからな。勇者達は何がなんでも俺の前では酒なんて飲まなかったし。
乾杯して酒を飲む。美味い。今までで飲んだ酒の中で一番美味い。
「……それで、何か問題があったのか?」
「ん……あまり愚痴を言いたくは……ああ、いや、んー、そうだな。隣国の【勇者】を知っているか?」
不意にマスターの口から出た勇者の名前に俺の手が止まる。
仲間と酒を飲み、楽しい気分だったそれは一瞬で冷える。何度も身体を聖剣により突き刺された痛みが蘇り、胃液が喉奥から逆流しそうになった。
「あー、魔王を倒したとかいう。……それがどうしたんですか?」
「それがね、迷宮に興味を持ったとかで……色々と歓待とかの準備があるんだけど……。このギルドは勇者が見かけたら不快に思うかもしれないから、しばらくは迷宮に出入り禁止にすると言われてしまってね」
「は、はぁ!? どういうことだよ、それは!!」
「勇者はどうやら人間至上主義らしくて……。もちろん拒否したし、そんな理不尽な命令には徹底的に対抗するつもりではあるけどね。……正直なところ……難しいかもしれない」
マスターの言葉が頭に入ってこない。一年間の旅の記憶が蘇り、グルグルと頭の中で不快さと恐怖が渦巻き続ける。
以前刺された場所を押さえて、ヨタヨタと立ち上がる。
「……悪い、ちょっと長いこと迷宮に篭りすぎたらしい。すごく眠いから……少しだけ、仮眠してくる」
俺はそう言って、寮の自分の部屋に逃げ込んだ。
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