第10話
二人の探索者を救助し終え、連続して他の人を探しにいこうとしたところでメレクに止められた。
曰く「後はもう生きてることはない依頼だけだ。それに疲労している奴が行っても救助依頼が増えるだけだ」とのことだ。
腕には覚えがあるが、先達の言葉は聞いておいた方がいいと思って従う。
今は欠伸をしながらギルドの酒場のような席の上で依頼の報酬を見ていた。
安い。あまりに安い。……二人合わせて回復薬一本程度の値段しかなく、三本消費したので丸々二本分損だ。
まぁ道中の魔物の死体を買い取ってもらって多少の金は出来たが、それでも赤字だ。
毎度毎度、回復薬が必要な救助者だけじゃないだろうし、遺品の回収だけの場合が多いらしいので基本は赤字にはならないかもしれないが……それを喜べるほど俺の神経は太くない。
「……まぁ、もう少し試してみて赤字が続けば方法を考えるか」
これは救助依頼が達成されないわけだ。
食事の続きでも頼もうかと思ったところで、隣の椅子にトンと少女が座った。
「やあ、さっきぶり」
「ああ、ギルドマスターの子か」
机に並べられていたメモの紙と金品を異空間倉庫にしまい少女の方に目を向けると、灰色の髪が揺れて子供らしいコロコロとした笑みを俺に向けていた。
何が面白いのかニコリと笑い、俺の机の上にことりと酒とジュースを置いて机を滑らせるように酒を俺の方に移動させる。
忙しいと聞いていたが、すぐに会ったな。
それにわざわざこうやって酒を寄越してくるなんて……もしかして、この子、俺のことを好きなんじゃないか……?
可愛いし、もし好かれていたら嬉しい。いやしかし、俺にはシャルという好きな女の子が……フラれたけど。
そう葛藤していると、マスターは脚を椅子の上でプラプラとさせながら俺に微笑みかける。
「依頼の初達成おめでとう。初めて依頼を成功させた人にはギルドマスターがお酒を奢るのが初代からの通例でね」
「……ああ、そういう」
別に傷ついてなどいない。勝手にフラれた気になどなっていない。
「じゃあ、かんぱーい」
カン、と音を立てて手に持っていたグラスをぶつけられる。
「初めての救助依頼はどうだった?」
「どう……と言ってもな。普通に塔を歩いて探して連れて帰ってきただけだ。塔に関する疑問や感想は多いけどな」
何故建築物の中に洞窟があるのか、とか、あの魔物はどこからきているのか、とか、そもそも外観のわりに中が広すぎるのではないか、とか……塔に関しての疑問は溢れ出てくる。
一方、救助依頼は別にどうというものでもなかった。
「人間の女探索者ふたりだっけ? 嫌な態度を取られたの?」
「いや、感謝されたよ」
「じゃあ良かったじゃないか」
「……人間は自分の利益のためなら、感謝するフリなんて幾らでも出来るだろう」
俺の言葉にマスターは寂しげに笑う。
「……そうだね。うん。良かった」
「良かった?」
「私達は嫌われ者だからね。助けた探索者に、後になって暴言や唾を吐かれることなんて珍しくもないから。その時に傷つかないでいられるなって」
「……そうか。なのによく、こんなギルドを続けているな」
「……だからこそ、と、言わせてください。だからこそ……理想を掲げて生きていきたい」
ふん、と、俺は鼻を鳴らす。
「たいそうなことで結構。同意は出来ないがな」
マスターは嬉しそうに微笑んだあと、俺に一枚のカードを渡す。
「
「……ああ」
「二階より上は寮になっています。あと、裏にある建物も寮ですね。お金が足りないようでしたら後払いで結構ですので。利用して行ってください」
「……金ならあるが……後払いか」
聞いたことのあるシステムだ。半魔が信頼なんてされているわけもないから後払いは許されたことはなく、いつも先にぼったくり価格を提示されて支払ってから現物を受け取るという方法だった。
後払いか……後払い……。若干の憧れがある。
金はあるのでする必要はないが……死ぬまでに一度やってみたいと思っていたことだ。
「……いや、まぁ、普通に先払いする」
「そう? えっと、裏手の建物に管理人さんがいるから、ギルドカードを見せたらいいよ」
「ああ」
後払いなんて、俺にはまだ早い。酒をご馳走になった礼を言って去ろうとすると、マスターに手を引っ張られて止められる。
……やっぱりこの子、俺のことが好きなのでは?
「あそこにパーティメンバー募集の掲示板があるから、気が向いたら使ったらいいよ。あと定期的に文字を勉強する会とかお金の計算の仕方とかを教える会もあるから、もし良かったら参加してね」
「そんなものがあるのか……分かった」
このまま優しくされたら好きになってしまうと思い、早足に聞いていた寮の方に向かい。金を払って鍵を受け取る。
ベッドと机と椅子と棚だけがある簡素な部屋に入り、シャルの写真を取り出して眺める。とても可愛い。
「……会いたいな」
写真で見れるだけで充分に嬉しいと思っていたけれど、やはり実物は見たいし、声も聞きたい。
……まぁ、無理か。
ベッドに寝転がりながら、ため息を吐く。あの子はあと何年……あの孤児院にいるのだろうか。最低限働ける年齢になったら放り出されるだろうから、そう長い時間ではないだろう。
出て行った後は……もう金を渡しても受け取ってはくれない気がする。無理矢理金を押し付けて、なんとか受け取ってくれたのは、多分他の子供のためで、よく知らない男に金を押し付けられるのは怖かったことだろう。
「……人間に生まれていれば、もっと彼女に色々なことをしてやれたんだろうけどな」
ずいぶんと痩せこけていたし、二年前と身長がほとんど変わっていなかった。まともに食事を摂れていないからだろう。
俺が人間で、ずっとあの街にいることが出来ていれば……あんなにも痩せさせずにいられたかもしれない。
結婚はしたい。ずっと一緒にいたい。けれど、それ以上に幸せになってもらいたいだけだ。
「……半魔の身で、何を思ってんだか」
無理な願いだ。
……塔に行って魔物を狩ってくるか。安全なところに一人でいると、無意味にうじうじと考えてしまう。
ある程度危険なところにいる方が気が楽だし落ち着く。
塔に入り、保存食を口に放りながら槍で魔物を殺していく。
外の世界に比べて異様に魔物が多く、どうやって増えているのか謎だ。
だが、そんなことはどうでもいい。戦闘をするのは好きではないし、疲れるので嫌いだが……何も考えずにいられるのが楽でいい。
ひたすらに狩って狩って狩り続けて、幾つかの武器がダメになったので、諦めて塔を降りる。
適当に魔物の死骸を売って金に変えてそれで回復薬と食料と武器を買い直す。
異空間倉庫のおかげでいちいち狩った魔物を持ち帰る手間が必要ないこともあり、かなりの儲けになった。
一度寮で寝て、食事をしたらもう一度来るか。
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