第9話

 ギルドの簡単な説明を二人に受けつつ、久しぶりの旨い食事に舌鼓を打つ。

 まぁ基本的にはただの探索者の寄り合いという側面が強いらしく、食事処と宿と情報交換の場というのが基本的な部分だそうだ。


「ランドロスはここの国民になろうと思っているのか?」

「いや、まだ来たばかりだから特には考えていないな。他に行くところがないからいるだけだ」

「そうか。まぁ信用を得るなら依頼を受けるのが一番だぞ。オススメはしないがな。ほら、あそこの掲示板に色々紙が貼ってあるだろ」


 目を向けると何か煩雑に貼られている紙を見つける。


「……救出依頼?」

迷宮鼠ラビリンスラットに出されるような依頼はほとんどそれだな。嫌われものの集まりだから、嫌われものの依頼ぐらいしか回ってこない。……まぁ、初代の方針がそうだったのもあるが」


 塔にて行方不明になった人を探して、救出……または遺品を回収してくれ、という内容の紙がいくつも貼られている。


 それにしても随分と……。


「安いな」

「救出依頼は基本安いぞ。ほぼ間違いなく死んでいて、遺品を拾ってこさせるだけなのに金なんて出せないってことだろうな。いや……殺人を疑われるのが嫌だから形だけ救出依頼を出してるってパターンがほとんどか」


 メレクは別の料理を注文しながら続ける。


「しかも多くの場合は難しいぞ。他の探索者が死ぬようなところに挑むわけだからな。極め付けには苦労しても感謝の一つもされないし、遺品を持って帰れば最悪逆恨みをされる。そんなわけでオススメはしないが、国民になるには近道ではあるな。まぁ、金を稼ぎまくって税を多めに払うとかでもいいけどな」


 結構古い紙だ。紙を節約するためか、達成したのであろうところには線が引かれており、一枚の紙に幾つもの行方不明者の名前が載っている。


 ほとんど……人間か。

 なんとなく勇者達のことを思い出す、あるいは母を嬲り殺しにした町人を。


「……ランドロス?」


 メレクは不思議そうに俺を見る。酒に混じって、昔シャルに食べさせてもらった果実の匂いを感じた。


「愛ってものを知っているか?」

「……ん? いや、何の話だ」

「俺は知っている。アイツらとは違う」


 不思議そうに俺を見るメレクに言う。


「塔に案内してくれ。救出依頼というのなら、早い方がいいだろう」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【遭難した少女サイド】


 天より下るノアの塔。と、この塔は呼ばれている。

 正式な名称ではないが、その塔の構造が妙なことからそう呼ばれているのだ。


 学者曰く、この塔は上から吊るすようにして立てられており、地上とは接地しているだけとのことだ。糸が天から垂らされているような構造。


 その説明を聞いても「へー、不思議だなー」としか思っていなかった私ではあるが、こんな状況になって……思いつく。


 これは天から落ちている塔ではなく、天から垂らされている釣り糸なのではないか。私達は魚で、溢れるような金銀財宝は私達をおびき寄せる餌だ。


 洞窟の行き止まりで、盾やら鎧やらを積み上げて土魔法で固めて作ったバリケードが、魔物にガシャガシャと揺らされる。


 必死に息を潜めるが、バリケード越しに魔物の目が私を睨んでいるのが見える。

 けれど、ヒッ、と驚くほどの元気もない。


 隣に倒れている仲間は、既に目を動かすことすら出来ずに地面に倒れていた。


 冒険に憧れ、一攫千金に期待して、親兄弟の反対を押し切って探索者になった。

 元々探索者に向いた身体能力と魔力があり、一階層で魔物を簡単に倒せたことから、意気揚々に二階層へと挑んだ。


 別に二階層でも戦えない訳ではなかった。戦えない訳じゃなかったから……調子に乗った。

 仲間と共に色々と歩き回り、階段から遠いところで仲間が脚に怪我を負った。戦うことは勿論、遠くにある階段に向かうことも難しく……どうすることも出来ずに、こうやってバリケードを張って……。


 どうするつもりだったんだろうか。……私は冷静じゃなかった。死ぬのを覚悟して戻っているべきだった。治療することも食料を得ることも出来ないどうすることも出来ないのだから、1%の可能性でしかなくても無理矢理帰るべきだった。

 こうして籠るのは悪手も過ぎた。


 だって私は……ギルドにあった『救助依頼』なんて目も向けなかったではないか。

「割りに合わないから」「危険なところに飛び込みたくないから」「どうせもう手遅れだろうから」などと考えていた。


 何より「誰も見向きもしていないから」だから、私も見向きもしなかったのだ。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 もう何度も繰り返した後悔。たった一人の仲間の手を握り、ボロボロと涙を零す。水分を使うから泣かないようにと思っていたけれど……それにもう意味なんてない。遅かれ早かれ死ぬのだから、友達のために泣くことぐらいはいいだろう。


「ごめんなさい。ネル……。助けられなくて、ごめんなさい」


 私は、救助依頼も見るべきだったんだ。誰かが助けを求めているかもしれないのに、割りに合わないからと放っておくべきではなかったのだ。

 私がそんな人間だったから……みんながそんな考えだったから……。私達はここで死ぬのだろう。


 そんな時だった。地を揺らす轟音が響き渡ったのは。

 何かが近づいてくる。物が弾ける音が聞こえる。人間のはずがない、恐ろしい魔物に違いないと口を閉じた時、より一層近くでその音が鳴った。


「……えっ、に、人間?」


 夜のように真っ黒い髪と、血のように紅い瞳。全身から漂ってくる強い死の匂い。

 人間の姿をしているが、人間とは到底思えないほどに恐ろしい空気を纏っていた。


 それがこちらに近づいてくる。ああ、私は今から死ぬのだと思ったとき、存外に……優しげな声が聞こえる。


「……【泥つき猫ストリートキャット】のクウカとネルミアであっているか?」


 私がカクカクと頷くと、男は素手で土魔法のバリケードを引っ剥がし、私に回復薬を二つ手渡す。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 急いでそれを開けて、二つともネルの口に流し込む。これで直ぐに良くなるだろう。良かった……助かったんだ。そう思っていると、男はポリポリと頬を掻く。


「一人一本のつもりだったんだが……仲間想いだな」


 男は再び回復薬を取り出して私に言う。


「もう大丈夫だ。先導する。付いてこい」


 私はネルを抱き上げる。男はゆっくりと歩き出し、前を歩いていく。

 言葉数は少なく、救助依頼で来てくれたのかどうかすらも不明だ。怯えながら着いていくうちに、男の足取りがヤケにゆっくりであることや時々立ち止まってこちらを見ていることに気がつく。


 もう少しで一階層に辿り着く。そんな時だった。グルル、と獣が唸る声を聞いたのは。

 聞き覚えのある。聞きたくなかった声。それはネルの足を斬り裂いた恐ろしい魔物だった。


「……あ、そ、そいつはただの魔物じゃ……!」


 私達を追い詰めていた魔物は、私が男に警戒を呼びかけている途中でいともたやすく絶命した。


「は……えっ……?」


 驚き溢れ出た声が迷宮に響く。


「……安心しろ。どんな奴が相手でも、君には指一本として触れさせない」


 私はその優しげな声を聞いて、一つの結論に至る。

 救助依頼なんて出ていても依頼料は安いもののはずだ。回復薬なんて高価なものを支払えば赤字になるに決まっている。


 それに実力も異常だ。あの獣はおそらくもっと上の階からやってきたもので……高位の探索者だろうと、一人では倒せない強さだろう。


 こんなに強い人が、こんな低層の救助依頼を受けるのはおかしい。


 それに都度こちらを見て様子を伺い、歩幅も合わせてくれている。


 つまり私の完璧な推理によると、彼は……私のことが好きだ。私はそう確信した。


 それから彼は大柄な獣人の男と合流して、愛する私を守りながら街に戻った。

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