第8話

「それで、何の用だ?」


 物盗りではなさそうだと思いつつ、女の様子を伺う。


「失礼しました。ええっと、私達は【迷宮鼠ラビリンスラット】というギルドのメンバーでして、その勧誘をしに来させていただきました」

「ギルド? ってのは」

「ええ、ギルドというのは、探索者の寄り合いの繋がりを強くしたもので、お互いに協力して探索や生活をしよう、という主旨のものです」


 軽く頷きながら、自分の眼を指差す。


「あー、気が付いていないみたいだが、俺は魔族との交ざり者だぞ。さっさとそのギルドとやらに帰ってくれ」


 俺の言葉を聞いた女は首を横に振る。


「いえ、知っていてきていますよ。そもそも、この宿に泊まるのは訳ありの方だけですから」


 女の言葉に続けるように獣人の男が言う。


「コイツはエルフって珍しい種族で、俺はワーキマイラって種族だ」

「そんな種族はありませんよ。ただの混血しすぎている獣人です。と、まぁそんな具合にハグレものがよく集まっているギルドでして、良ければ見にきませんか? 失礼かもしれませんが、私達のような身の上だと、どうしても協力出来る相手が少ないので」


 口元に手を置いて少し考える。

 俺は一人でも戦えるし、一人でも生きていける。協力をする意味はない。が、情報が足りていない。

 情報は欲しいが、だがそれで妙な柵が出来て金を稼ぎにくくなるのも厄介だ。


 だが、どちらにせよ。


「とりあえず、聞くだけならいい」

「ほんと? 多分気にいると思いますよ。うちのギルドマスターは最高ですからね」


 ギルドマスター? 長の人柄でついて行っているのか。

 まぁ勇者について行っていた魔法使いと僧侶も、勇者に惚れていたわけだし、人柄が組織に所属する理由になるのもおかしくはないか。


「……入っていい場所に制限をかけられているんだが」

「あ、塔の近くだから大丈夫ですよ。今から来れます? お食事がまだでしたら用意しますよ?」

「なら、頼む」


 食事という言葉に釣られて頷く。最近はマトモな食事を取れていなかったからな。

 うまい飯は食べたい。


 二人に大きな酒場のような建物へと案内される。

 外観は洒落ていて悪くない雰囲気だ。外から見える範囲には怪しいところもなく、ゆっくりと中に入る。


 生まれて初めて感じる騒がしい雰囲気。大雑把に置かれた木製の椅子と机、香る料理と酒。

 何より、楽しげな様子の多種多様な人種の人達。俺のような半端な交ざり者も、多くいることは一目で分かった。


「ね? いいでしょ?」


 二人に連れられて中に入るとその楽しげな熱が伝わってくる。


「そういえば、名前なんでしたっけ?」

「……ランドロス」

「じゃあランドロス。ようこそ、ラビリンスラットへ!」


 獣人の男は馴れ馴れしげに俺の肩に手を置いて、へらりと口元を緩ませる。


「まずは飯を食うか。オススメは羊肉のステーキとポテトチップだ。あと酒は飲めるか?」


 男はズンズンと勢いよく歩き、カウンター席に行って三人前を頼む。

 俺も遅れて隣に座ると、獣人の男は思い出したかのように言う。


「俺はメレクだ。ハグレもの同士よろしくな」

「……入ると決めたわけではないが」


 すぐに出された揚げた芋を摘む。……旨いな、これ。


「在籍はすることになると思いますよ。あ、いただきますね」


 エルフの女は芋をつまみながら話す。既にグラスに並々と盛られた酒を片手にしていて、真っ昼間だというのに我慢しようと言う気が一切見られない。


「もう気がついているとは思いますが、私達にちゃんとした正当な値段で物を売り買いしてくれるところなんてそう多くないですからね。ほら、宿取っていたでしょ? ここら辺で入れてくれる宿はあそこだけだからランドロスくんを簡単に見つけられたんですよ」

「……俺を誘った理由は?」

「ん、試験を見ていて強そうだったというのもありますけど、少し……」


 女はもぐもぐとポテトを食べながら言う。


「寂しそうに見えたので」

「……余計な世話だ」

「あ、そうだ。ギルドに入ったら寮がありますよ。無料ではないですが、あそこの宿の数日分で一月は住めるのでオススメです。塔の探索のノウハウも教えられますしね。ノウハウは入らなくても教えますけど」


 いいことばかりにも思えるが、この手の輩の言うことは話半分で聞いていた方がいい。

 まぁ入る方が色々と便が良さそうなのは確かだが、あまり信じない方がいいだろう。


 俺がそう思いながら、とりあえず加入の意思を伝えようとしたとき、トントンと後ろから肩を叩かれる。

 振り返ると、幼い人間の少女が、肩まで伸ばした灰色の髪を揺らしながらコチラに微笑みかけていた。


 メレクはハグレものばかりと言っていて、実際に珍しい種族や嫌われている種族が多かったが……普通の人間もいるのか。いや、子供だから紛れ込んできただけか?

 俺のそんな感想は、隣にいたエルフの女が勢いよく立ち上がったことで掻き消される。


「あ、マスター!」

「ん、久しいね。二人とも」


 マスター? この童女が……この大きな建物の主なのか。あり得ないだろうと思いながら見ていると、メレクも頭を下げて挨拶をしていた。


 童女は近くの椅子を取ってきて、俺の前に置く。

 黒いワンピースから伸びる白い脚に自然と目が寄り、コスンとエルフの女に小突かれる。


「変な目で見ちゃダメですよ」


 見るつもりはないが、丈が短すぎて気になる。


「……ここの長……なのか?」

「そうだよ。ラビリンスラットのギルドマスター、クルル・アルラス・エミルとは、私なのだ」


 椅子に座っていると脚が地面に届いておらず、ブラブラと落ち着きなく動かしている。

 にへらー、と表情を緩めるように笑う顔も、魔力も武力も感じられないところも、おさなげな容姿も、細い手足も……そのどれもが子供のようにしか見えない。


「ぬへへ、可愛いです。マスター可愛い」

「ん、そう褒めないでよ。そう言うミエナも可愛いよ」

「いえ、マスターの方が百億万倍可愛いですよ!」


 デレデレとしているエルフの女に引きつつ、メレクに目を向けると彼はゆっくりと頷く。

 ……この童女が、長の組織。


 俺が驚いて目を開いていると、童女はにこりと微笑む。


「……辛いことがあった?」


 一瞬、見透かされたのかと思って心臓がドクリと鳴るが、生きていれば辛いことなどあって当然だ。

 灰色の髪を微かに揺らしながら、童女は困ったように俺を見つめる。


「その目、これまで人に裏切られ続けたのかな。……私達を信用なんてしなくてもいいよ。これからゆっくりと、ゆっくりと、溶かしていくように傷を癒していこうか」


 一瞬、童女が死んだ母の面影と被る。驚いて瞬きをすると、そこには優しげに微笑む幼い少女がいるだけだ。

 不思議な雰囲気の子供だ。


「ようこそ、とは言わないでおくよ。君が本当にここにいたいと思った時のために取っておくことにする」


 童女はポンと椅子から降りて、そのまま振り返ってここから離れようとして、唐突に脚を捻ってズッコケる。


「ふんぎゃっ!」


 勢いよく顔から床にダイブし、そのせいで丈の短いスカートがめくれ上がってピンク色の下着が丸見えになる。


 ババっと童女はスカートを抑えて、転けたせいか、下着を見られた羞恥のせいか真っ赤にした顔で俺の方を見る。


「き、君達……み、見たかい?」


 何と答えていいものか分からずに目を横に背けると、女エルフは顔を真っ赤にして鼻から血を流していた。


「君達、わ、忘れなさいっ!」


 童女はそう言って走って去っていく。そんなに恥ずかしいのなら、めくれやすい短いスカートじゃないものにしたらいいのにな。


 ステーキがカウンターに置かれてメレクはナイフで切ることもせずにフォークを突き刺してそのまま口に運ぶ。


「……何で子供が長なんだ?」

「先代がマスターに譲ったからだな。まぁ、何だかんだと上手くやっていけているから間違ってはいなかったんだろ」


 どういう考えをしていたら、異種族だらけの組織のリーダーに人間の子供を指名することになるんだ。

 訳が分からないと思いながら羊肉のステーキを切って口に運ぶ。旨い。

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