第6話
ここが……商人の言っていた異国の地か。
地図にはただの平野が広がっているだけのそこには巨大な壁があり、明確に領土を示していた。
念のために街道から外れて歩いてきたため、門がある場所ではないので外周に沿って回り込む必要がありそうだ。
異様な雰囲気の壁、空を見上げれば雲を貫いている異様な高さの建造物、匂いも何か違うものを感じる。
「……金を稼げればそれでいいか」
多少危険でも色々と妙な雰囲気を持っていても、とりあえず行ってみるしかない。
門まで向かうと、そこそこの行列が出来ていることに気がつく。
半魔でも襲われないと聞いてはいるが……とりあえず近寄ると、あからさまに穢らわしいものを見るような視線が向くが、剣を抜くものはおらず、魔法も飛んでこない。
驚きつつ列に並んでみるが、舌打ちをされて距離を取られる上に剣に手をかけられるが、実際に抜いて襲われることがない。
確かにこれは……住みやすそうなところだ。
列が進み、門の前で何かをしているのが見える位置にまできた。
どうやら何かの証みたいなものがあればそのまま素通り出来て、そうでなければ色々と手続きがあるらしい。
しばらく待っていると、思っているよりも早くに自分の番が来る。
黒いローブを着た男が椅子に座るように促し、俺が座らなかったことに首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「……ああ、いや、座らない方がいいかと思ったんだが」
「お気になさらず。こちらに書いてもらうことになるのですが、文字の読み書きは出来ますか?」
「いや、不得手だな」
椅子に腰掛けると、ローブの男はペンを取り出して紙に何かを記入する。
「お名前は?」
「あー、えーっと、本名だよな。確か……ランドロス・ヨグ・ウムルテルア・マテリアト・アブソルト・ネル・ソトース・フォート・ネスボイド・ルィウタ・マリス……だったと思うが、合っているかは少し分からない」
「ずいぶんお長いのですね。なんとお呼びすれば?」
「ランドロス。あるいは半魔でもいい」
男は淡々と紙に書いていく。
「この国に来た目的は?」
「ああ、俺でも住みやすい国があると聞いて」
「居住目的ということでよろしいですか?」
俺は頷き、背後から飛んできたツバを避ける。
「では、どういった職に就くつもりですか?」
「狩人か傭兵のつもりだったが……まぁ戦うことしか出来ないから、それぐらいだな」
「探索者ではなく、ですか?」
「探索者?」
「ああ、ご存知なかったのですね。 あそこにある白い建築物は見えますか?」
「ああ、あるな」
「あれの探索をするものを積極的に募集しているんですよ」
建物の? と俺が怪訝な顔をしたからだろう。男は慣れたように説明をする。
「アソコにあるものはこの国が作った物ではなくてですね、アレがあるからここに国が作られたのですよ。誰が作った物なのかは不明ですが、とても不思議な技術で、無限に魔物と宝物が湧き出てくるんですよ」
「……なんだそれ」
「私にも分かりませんが、ともかくとして、この国の主な産業があの塔の探索なんですよ」
「……じゃあ、仕事はその探索で」
ローブの男はカリカリと紙に書いたあと、ゆっくりと立ち上がる。
「では、入国者を絞るための試験があるので、こちらの方に来ていただいてよろしいですか?」
「……これだけでいいのか? まぁ、身分を示すものなんてないが」
「構いませんよ。元々、外の身分など関係ありませんから」
俺を簡易的な野外闘技場のようなところに招いた男は、近くにいた剣士風の男を呼び寄せる。
ローブの男の言葉を引き継ぐように、剣士風の男は口を開く。
「ここの法を守れ、この国に利益をもたらせ、ついでに……行儀良く生きろってのが、ここの決まりだ。魔族であろうと、獣人であろうと、あるいはゴブリンであろうと、決まりを守れるなら羽虫だろうが受け入れる」
剣を引き抜いた男に合わせて【異空間倉庫】から、手頃な剣を取り出す。
ローブの男は驚いたような表情をこちらに向ける。
戦いでどうにかなるのは楽でいい。
いつの間にか観衆に囲まれており、ほんの少しのやり辛さを感じながら剣を構える。
「ああ、俺に勝てって話じゃねえぞ? 当然、ほんの少しでも喰らい付ければそれでいい」
「……ずいぶんとお優しいことで」
男は剣を構えるが……どうにも妙だ。構え自体はしっかりとした基本に忠実な物で、重心がおかしいというわけでもないが、気配がない。こちらを斬るという意思も、こちらの剣を防ぐという意思も。
構えられている剣はブラフで、魔法が主体か……? いや、これは……違う。
目の前の男が地面を蹴り、それと同時に観衆の一人が背後から斬りかかってきた。
振り向きざまに躱し、振り下ろされた剣に脚を乗せて上がらないようにしつつ、試験官の男の剣を片手で受け止める。
「ほお……なかなか」
観衆の中から飛んできた火球の魔法を身を捻ることで躱しつつ、剣を振ってきた観衆の男の腕を掴み、手元に引き寄せつつ、拮抗している剣を引いて異空間倉庫に片付ける。
「……何のつもりだ?」
怪訝そうに試験官の男は尋ねる。
俺は観衆の男を地面に投げ飛ばしつつ、問いに答える。
「いや、こうも相手が多いと、手元に刃物があると危ないだろ。不意に怪我をさせかねない」
そんなつまらないことで入国拒否されても困る。笑う男を他所に、観衆の男はそそくさと逃げていく。
「安心しろ。今のは不意打ちの多い塔の探索に対応出来るかを見ていただけだ。合格も合格、完璧だ。あとは……俺の個人的な趣味に付き合ってくれや」
男はゆっくりと剣を構え直す。それは先程とは違う『斬る』という意思を見せつけるような攻撃的な構えだった。
生半可な人間ではない。……が、魔王ほどでもない。
唇の先がビリッと痺れるような感触。瞬きを忘れさせる迫力……来る。
先程とは比較にならない、目で追うことすら難しい速さ。俺は上体を後方に逸らしつつ、全力で脚を振り上げて剣を持つ手を弾く。
続けて蹴りを男の胴に当てるが、思った以上に体幹が強いらしく、勢いの乗り切っていない今の状態だとびくともしない。
再び振り下ろされた剣の側面に掌を当てて横に逸らし、後ろに跳ねて体勢を立て直す。
これは、素手では対応しきれないな。……あまり手の内を明かさないのなら……。
槍を取り出して男に向ける。単純なリーチの差で勝つのがいい。
基本的な構えをしつつ、摺り足で男の方に寄る。
飛び込んで来たら突く。間合いに入れば突く。
あまりにも単純な戦法ではあるが、その対応は非常に難しい。
男の取った行動は、目潰し。足元の土を器用に蹴り上げて俺の方に飛ばしながらこちらに飛び込んでくる。
が、俺の槍が男の喉元に突き付けられてその動きを止める。
空間魔法による空間の認識。範囲は狭いが、目よりも正確に状況が捉えられる俺には目潰しは通用しない。
「……結果は?」
「もちろん、合格だ」
槍を異空間に戻し、観衆の罵倒を聞きつつローブの男に目を向ける。
「では、所定の手続きを済まさせていただきますね」
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