第5話


 俺は眉を顰める。


「魔族だぞ。国外でも敵対視されていることは変わらない」

「と、思うじゃないですか。あるんですよ、それが、どんな種族も受け入れているという不思議な国がね。国というには些か小さいわけですが」


 商人の男は地図を取り出して、トントンと指を指す。


「ここが現在地なんですが、そこをずーっと行ったここですね、ここ」

「国内だろ。そもそもこれは国内地図だろ」

「いえ、この国に囲まれている形にはなりますが、一応は別の国ということで、税とか法も別ですよ」

「……すぐ潰されそうなものだが」

「それがね、どういう歴史があるのかは不明なんですが、どうも技術力も武力もこの国より上みたいで」

「……怪しすぎるだろ。その話」

「この前アタシも行ったんで間違いないですよ」


 いや、何でお前が信用されていると思っているんだ。と、思っていると、商人の男はジャラリと袋を置く。

 中を覗くと、夥しい量の金貨が入っていた。


「これは? 今日の分にしては、相場通りで考えても些か多すぎるが」

「こちらは儲けさせてもらった分の極一部ですがね。返させていただこうかと」

「……何故だ」

「いやね、そろそろアタシの成功を妬んだ同業者が探りを入れてくるんでね。アタシの身を守るためには、これっきりにするか、取引をしても安全な場所に移っていただくかしたいんですよ」


 罠の可能性を疑うが、罠にしては意味がない。

 まぁ、多少は武器もあるので、魔王軍の残党や勇者パーティ辺りが相手ではない限りは負けることはないし、逃げる事は容易か。


「……ここに移ったら、もうお前と取り引きをする事はないぞ」

「いやいや、ありますよ。あの孤児の女の子にお金を渡したいんでしょう?」


 空間魔法により剣を取り出し、商人の首に突き付ける。

 商人は肉を持ったまま手を挙げて敵意はないという様子で、首を横に振る。


「いやね、どうかしようとか思ってはいませんよ? アタシは旦那の強さを分かってますからね。今まで見たどんな人間よりも強いので、もうね、お手上げなんですよ、この通り」

「……脅すつもりはない、と」

「ええ、勿論脅すなんてありえません。不興を買ったら何の抵抗もなく殺されますし、走っても逃げられる気もしませんからね」

「……趣味の悪い覗き見をしていたのなら、充分に喧嘩を売っていると思うが」


 剣を元に戻し、肉を食う。


「いやいや、わざとじゃないですよ?」

「どうだか」

「まぁ、旦那があの子供に惚れ込んでいるのは分かりましたよ。フラれても全財産を押し付けるぐらいにはね。ふふふ、あの子供も困ってましたね、仲間のためには受け取るべきだけど、知らない大人に求婚されて大金を押し付けられるなんて恐怖でしかないわけで」

「……金には困っていたからいいだろ。それで何かを要求するわけでもない。幸せになってほしいだけだ」

「なかなかに偏執的で気持ち悪い執着した愛情を抱いてますね。まぁ、これからも金を援助するつもりなんでしょう? それなら、その金の運び人をさせていただこうかとね。国外で取り引きする分には、バレようもありませんし、人を間に入れても構わないわけですし」


 俺が不快さに舌打ちすると、商人はニヤニヤと気色の悪い笑みで返してくる。


「まぁつまりは、旦那にもっと稼いでもらって、私はその国とこの街を往復するだけの楽で安全な仕事で安定して儲けようと思うわけですよ。お互い……というか、私とあの子供からしても両方得でしょう? 旦那からしたら利益はないでしょうがね」

「……俺があの子に飽きて、他の女を好きになったら?」

「なるんですか?」


 深くため息を吐き、金貨の入った袋を掴む。


「つまりこれは、その国に入ってから身辺を整えるために使えと」

「ええ、まぁ。それともこの街に残ってストーカーを続けますか?」

「……殺すぞ」


 答えを決める。さっさと、その魔族でも受け入れられるという街に行こう。そうすれば、この商人の顔を見る機会も少しは減らせるだろう。


「ああ、それとこれを差し上げます。その国にある『写真』という技術のものなんですが、精巧な絵が一瞬で描けるという便利なものでしてね。使い切りの魔道具なんで、結構な値段はするんですが」


 渡されたのは、あの少女が孤児院で過ごしている絵が数枚入った封筒だった。どれも非常に可愛らしい表情をしている。優しそうで素敵だ。

 それにしても精巧な絵だ……まるで生きているようではないか。


「はー、旦那もそんな人間みたいな表情出来るんですね」

「……放っておけ」


 この商人に初めて感謝したかもしれない。最高だ。

 商人からしたら、俺の想いが少女から離れないようにするための物のつもりなんだろうが、どちらにせよ少女は好きなままだろうから単純にありがたい。


 絵の裏に『シャル』と書かれているのに気がつく。

 シャルか……可愛い良い名前だ。優しそうで可憐な彼女によく合っている。


「気に入っていただけたようで何より、では、今度は三月ほど後にそちらの国に伺わせていただきますね」


 商人はそう言って去っていく。

 ……最後に本当に良いものをもらったな。魔王を真っ二つにした巨大な剣と交換でも良いぐらいのものだ。

 あれ、一応は神の剣とかいう名前の神器だが。

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