第4話

 フラれた。

 この街に帰って来るまでの間に狩った魔物を売って溜め込んでいたお金と大量の回復薬を無理矢理少女に押し付けて、走って逃げて森の中で顔を埋めて涙を流す。


 少女が生きていて良かったという思い、再会できた喜び、ずっと想い続けてきた思慕を、思わず吐露してしまった。

 一度しか会っていない男が突然求婚してもフラれるに決まっていることぐらい、冷静になれば俺でも分かる。


 けれど喜びが優ってしまい、どうしようもなく嬉しくて……思わず口走った「結婚してほしい」と。


 どうかしていた。もっと仲良くなってから求婚するつもりだったのに……。


 短い時間の間に何度したか分からない後悔。


「……まぁ、いいか。……生きていたしな」


 孤児院は人数も多いからなかなか裕福な暮らしは出来ないだろうが、それでもしばらくは飢えないで済むだけの金は渡せた。


 半魔である俺にとって、人間と取り引きすることは難しく……金のためなら魔族を相手にでも商売をするような、そんな商人に足元を見られながらでしか金を得ることが出来ない。


 勇者といたときに比べて明らかにぼったくられているが、それでもコツコツと金を貯める事は出来る。


「……あー、半魔と交流してると思われても困るだろうし、あまり長居してもダメか」


 少女にとっても、フッた相手が自分に執着して身の回りでチョロチョロとしているのも怖いだろう。


「別のところで金を貯めて、また金だけ渡しにくるか」


 ……いや、でもまた森で待っていたら会えるかも……話をするだけでもいい。ぎゅっと手を握ってくれたら、それだけで今までの人生が報われる。


「……我慢しよう」


 手を握ってみたい。そんな思いは飲み込む。

 フラれたんだ。あとは金を渡すだけでいい。

 そもそも求婚を受け入れてもらったとして、その後どうするんだという話だ。


 俺は人間の街には受け入れてもらえないのだ。俺と一緒に森の中で暮らすのは貧弱な彼女には危険過ぎる。


 結局、あの子が何を言おうと結果は同じだったんだ。あの子は俺のものにはならない。

 とりあえず、丸一日泣いて過ごしていたせいで腹が減っている。肉を焼いて食っていると、後ろから足音が聞こえる。


「……商人か」

「久しぶりです。半魔さん。ご機嫌はいかがですか? ……うわ、ひどい顔をしてますねぇ」

「……なんだ。今は機嫌が悪いんだ。そこの洞窟に取った獲物を纏めて置いているから、勝手に金を置いて持っていけばいい」


 帰りの道で出会った、あくどい商人の男だ。

 俺が強いことに気がつき、利用して金を儲けようとしている小悪党で、いつも理不尽な値段設定で仕留めた魔物の買取と、俺が生活に必要な物を売りに来る。


 買うときは相場の何十倍、売るときは相場の何十分の一……と、めちゃくちゃにぼったくられているが、他に選択肢がない以上はコイツと取引をするしかない。


「あれ? 買い物はいいんですかい? この前言っていた洒落た流行り物の服とか、香水とか持ってきたんですがね」

「……必要なくなった」

「はー、もしかして女ですか? まぁ旦那みたいな方がそんな物を欲しがるなんて、それぐらいしかないですからね」

「……放っておけ」


 小悪党の商人は俺が焼いていた肉を手に取って、気にした様子もなく俺の隣に座る。


「そんな冷たい態度はやめてくださいよ。これでも色々とね、危険を負っているんですよ? 魔族と通じてるなんてバレたら、その瞬間に財産没収されるんですから」

「その分以上に利益を得ているだろう」

「まぁ、それもそうなんですがね。何せアタシには商才ってもんがないもんで、こうでもしないと食いっぱぐれてしまうんですよ」


 仕立ての良い服と多くの宝石を身につけていてよく言う。

 商人の男は肉を齧りながら、瓶に入った果実の絞り汁をごくごくと飲んでいく。


「……それで、何の用だ。今まで無駄に長居することなんてなかっただろ」

「ああ、それ何ですがね。旦那ってもしかしてフラれました?」

「……お前が死にたいことはよく分かった。最後に食う食事はそれでいいか?」

「おおっと、いえいえ、アタシはそういうつもりで言ったのではなくてですね。馬鹿にするなんて気持ちは一切なくてですね。ふふふ。ロリコンが本気で求婚してフラれて……ふふふ」


 笑ってんじゃねえか。




「それでね、旦那はこの街の周辺から出るつもりはないかなぁと、思いましてね」

「……特にないな。ここにいた方が都合がいいことが多い。それに、他のところに行っても仕方ないだろう」


 金を渡すにもこの男を頼るか、直接渡すしかない。男に渡せば半分ほどは持っていかれるだろうし、それなら直接渡す機会を伺った方がいい。


「いや、それ何ですがね。旦那でも住みやすい場所がないかなぁと、旦那の親友であるアタシが探したわけなんですよ。親友ですからね」

「……この国の教えを考えたら、どの街でも同じだろ」

「ええ、なので国外はいかがかと」

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