第3話

 ……生きている?

 死後の世界かと思ったけれど、周りは瓦礫だらけで服は血だらけで痛みがない。


「……夢、じゃない。ッッ! 魔王!」


 急いで周りを確認をすると、魔王のいたところには灰と服だけが残っていた。

 ……本当に死んだのか? いや、そんなことはどうだっていい。


「金を回収して、あの孤児院に……いや、そもそも生き延びられるか?」


 いや、どれだけの時間が経っているかは分からないが、勇者のことだ。もう既に回収されているはずだ。

 空間魔法で異空間にある程度の荷物を纏めているが、本当に全財産を隠していたので手持ちに何もない。武器も全て使い潰してしまったし……魔王の持っていたはずの剣もない。

 あるのは城よりも巨大な剣だけだ。振れるはずはないし、空間魔法によって出して落とすことによって攻撃するにしても魔力の消費が大きすぎる。


 何故か生きてはいるが、このままだとすぐに死ぬ。

 とりあえず貴重なものであることは間違いないので巨大な剣を回収して、額の血を拭う。


 勇者シユウが憎い。重戦士グランが憎い。魔法使いレンカが、僧侶ルーナが憎い。

 金など既に腐るほど持っているだろう。なのに……アイツらは、我欲のために奪っていった。今も飢えている子供のための金を。地面を握りしめる。


 怒りで熱くなる吐息を、ゆっくりと抑える。


 殺したところで、一銭にもなりはしない。復讐はしたいが、復讐をしている間にも飢えてしまうだろう。

 怒りは、今は、飲み込め。


 ……また金を稼いで、あの子に渡そう。いや、とりあえず、あの街に戻るところからか、金はなくても食べ物ぐらいなら集められるし、それでも助けられるはずだ。


 だから……生きないと。


 ふらつく身体を引きずって歩く。半魔の俺は……人間の街に入れば殺されるだろう。魔族の街も同様だ。

 人気のない道のない道を、方角を頼りにして歩けばいつかは辿り着くか。


 魔物が出たら……なんとかして倒すか逃げるしかない。……行かないと、あの子のところに。



 俺の空間魔法は希少すぎて研究されておらず、そのため独学だ。当然のように他の魔法に比べて技のレパートリーは少ない。というか、二つしかない。


 一つは【異空間倉庫】非生物を仕舞い、取り出すことの出来る鞄代わりの魔法だ。

 今は魔王戦で全て出し切ったため、ほとんど何も入っていない。


 もう一つは、【空間把握】五感ではない空間そのものを認識する第六感を得る魔法である。

 こちらも直接的な攻撃力はなく、あくまでも補助だ。


 つまり俺は武器がなければマトモに戦うことすら困難な珍しい系統の魔法使いであり……今のように、武器もなく身体が弱っている状況で、魔物に襲われているのはどうしようもなく、危険な状況だ。


 ぐるると吠える四足獣の魔物がジリジリと距離を詰めてくる。


「ッッ!」


 異空間倉庫により足元の土を仕舞い、すぐさま手元に出して土を獣に投げつける。威嚇にぐらいなるかと思ったが、獣はそのまま俺へと噛み付いて来ようとする。

 俺は横に転がって避けるが、すぐさま向きを変えた獣が俺の首を噛もうとして、俺が再び出した土砂へと噛みつく。


 すぐさま俺が着ている服を仕舞い、すぐに取り出して獣の口に巻いて縛り付ける。怯んでいる腹を蹴り付けて、顔を振って服を外そうとしている獣の上に乗っかる。

 獣の首に腕を絡ませて、思いっきり締める。獣は暴れて拘束を外そうとするが、それでも締め続ける。


 徐々に動きが小さくなり、完全に停止するが油断せずに締め続ける。抵抗がなくなった獣の首をへし折り、服を回収して獣を異空間倉庫に仕舞う。


「……魔王殺しがこのザマか。……いや、俺はもう……ただの交ざり物か」


 人からも魔族からも忌み嫌われる。それでも……あの少女は、まだ俺を受け入れてくれるだろうか。

 ……受け入れてくれるはずだ。あの子だけは、俺のことを。


 しばらく歩いていると、川を見つける。運がいいと思ったけれど、魔王の拠点があるのだから近くに水場があるのはおかしくないか。


 血と汚れを落とすために服ごと川に入るが、あまり取れる気はしない。早々に諦めて川の水を飲む。

 本来なら色々と気を使わなければならないのだろうが、今は何も出来ないので仕方ない。


 俺は先ほどの獣を取り出し、そのまま齧り付いた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


【少女サイド】



 魔族との戦争が終わったらしい。

 井戸に落ちないように気をつけながら水を汲み上げて、ふらつく足取りで孤児院へと運ぶ。


 戦争が終わったらどうなるのか……戦争中しか知らない自分には何も分からない。

 お祭りというものを始めるらしい大人達の隙間を縫って歩き、水洗い場に置いてある壺の中に水を入れる。


 どうやらお祭りとは楽しいことらしく、辺りから食べ物の良い匂いが充満してくる。

 匂いに反応してぎゅるぎゅると胃が空腹を訴えるけれど、その食べ物が孤児院のみんなの口に入ることはないだろう。


「……いいなぁ、美味しそうだなぁ。ねぇ、シャルお姉ちゃん」

「お祭りだ、そうですね……」

「お祭り?」

「何でも、みんなで集まっていっぱい食べるらしいです。僕も、詳しくはないんですけど」


 ……ひもじそうに指を咥える同じ孤児院の子供のライクくんを見て、思わず同情をしてしまう。


「……みんな?」

「えっ……あっ……それは、その……」


 みんなという言葉を聞いて期待したのだろう。

 ライクくんは嬉しそうな顔をして、そのお祭りの準備をしているところに目を向ける。


 失敗した。お祭りがどういうものかは分からないけど、孤児の僕たちが食べさせてもらえるわけがない。

 でも、周りは美味しい物を食べているのに、この子はかびたパンを少しだけだなんて……かわいそうだ。


 また、果物を探してこよう。先生には怒られるだろうけど、甘い果物があったら喜んでくれるはずだ。みんなで分けたらほんの欠片ぐらいかもしれないけど……。


「お、お祭り、楽しみですね」

「うん! シャルお姉ちゃん、一緒に食べようね!」


 急いで水を溜めて、孤児院の敷地でしている小さな畑の手入れをして、袋代わりの布切れを持って孤児院から出る。


 何度か抜け出して果実の実る木の場所は分かっている。年に何個も取れるわけじゃないけど、今の時期なら三つぐらいはあるはずだ。


 長い距離を歩いて森の方に行き木の実と果物を見つけて布に包んで持って帰ろうとしているうちに、妙に蜂が多いことに気がつく。

 特に探していた訳ではないけど、見つける。見つけてしまう。……蜜蜂の巣だ。


 一度、蜂蜜を大昔に一匙だけ食べたことがある。この世のものとは思えないほど甘く、幸せな味だった。

 ……でも、蜂に刺されたら痛い。とても痛い。巣なのだから沢山の蜂がいて当然で……。


 でも、楽しみにしてる。多分、ライクくんだけではなく、小さい子達はみんな、お祭りに参加させてもらえると思っているだろう。

 僕はお姉ちゃんだ。血は繋がっていないけど、助けてあげないとダメなんだ。


 近くにあった石を手に持つ。その蜂の巣に向かって、投げつける。


 蜂の巣に上手く当たって巣が落ちる。多くの蜂が怒って僕の方に向かってくる。逃げたいけど……逃げられるはずはないし、逃げている間に獣が食べてしまうだろう。


 そのまま巣に近づき、夥しい数の蜂に全身を刺されながら蜂の巣を掴む。

 痛みでおかしくなりそうなまま蜂の巣を持って森を駆ける。


 いたい。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 早くも、後悔。このまま蜂の巣を投げ捨てて逃げたいけど、そんなことをしても許してはもらえないだろう。


 ひたすら、走って走って、走って、気がつくと、蜂はいなくなっていて、森の外まで逃げられていた。

 腕が余すとこなく、真っ赤に晴れている足もそうだし、多分、全身がそうなのだろう。


 ぐちゃぐちゃに涙を流しながら、まだ巣に付いている蜂を手で払う。服の中で死んでいる蜂を乱雑に払って、ぺたりと尻餅をつく。


 喜んでくれるはずだ。きっと……。

 早く帰らないと、みんなを心配させてしまう。痛みしか感じられない身体で街へと戻ろうとした時、後ろから足音が聞こえた。


 男の人だ。人間にはいないはずの、黒い髪と赤い目……まるで魔族のような容姿の男の人で、けれど魔族の人にあるはずの角がない。


 二年ほど前に、一度見たことがある人だった。


 その男の人はまたボロボロで、今度は全身が傷だらけだった。心配になって駆け寄ると、彼は涙をボロボロと溢して、僕の前に膝をついた。


「好きだ」

「……へ?」


 今の僕はひどい顔をしていることだろう。街の女の人と違って、髪はボサボサで、全身が痩せこけていて背が低い、十歳前後という年齢を差し置いても貧相すぎて不気味さすらあるだろう身体、しかも、見なくても分かるほど蜂の虫刺されでパンパンに顔が腫れていて、目もまともに開いていない。


 だというのに……そんな醜い僕を見て、男の人は膝を着いて僕に言うのだった。


「この世のどんなものよりも、世界のすべてよりも、君が好きだ。結婚してくれ」


 何て……まるで、お姫様に求婚する王子様のように「好きだ」と。

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