第2話
青空を見上げていると、鎧が瓦礫を踏み越える足音が聞こえた。
目を向けると、軽鎧の男と重鎧の男、その後ろにローブの女性と白い僧侶服の少女が立っていた。
「……よお、シユウ」
俺が声を掛けると、勇者シユウは無言で魔王に聖剣を突き刺した。先程まで身体を両断されていても動いていた魔王の身体が動きを止める。
聖剣でしか殺せない、だが聖剣を使えば不死身の魔王も突き刺すだけで死ぬ。
一年間、五人で旅をしてきていたが、こんなにも冷めた目を俺に向けるのは初めてのことだった。
「……仲間だろ。せっかく苦労して旅の目的を終えたんだ。抱き上げて助けてくれるぐらい……ッッァ」
軽口を言う暇もなく、聖剣が俺の腹に突き刺さる。口から再び吐血し、何も抵抗も出来ずにその場に倒れる。
「……半魔、君を仲間だと思ったことは、一度もないよ。穢らわしい混ざり者だ。こっちの都合のために使ってやっただけだ」
「もー、シユウーせっかく魔王を倒せたんだから、そんな雑魚魔族早く殺してよー」
ローブの女が胸を押し付けるようにして勇者に抱き付く。
「うっわ、こっち見たよ。気持ち悪い……役に立つから使ってあげてただけなのに……仲間とか、何勘違いしてんの? てかあんた、人間でも気持ち悪いから、ジロジロ胸見てきてさ。発情してんの?」
見てねえよ。と、言おうとした口に重戦士の槍が突き刺さる。はは、最期の軽口すらきかせてくれないか。
「シユウ、さっさと終わらせよう」
「そうですよ、シユウ。こんな魔族に仲間だって言いふらされたら名誉に傷が付きます」
僧侶が魔法使いに対抗するように勇者の身体に自分の身体をくっつける。
コイツらとの思い出はある。一年間、五人で旅をしてきていたのだ。都合よく利用されていることは分かっていたが、それでも……心の奥底では信じたかったのかもしれない。
勇者シユウとは背中を合わせて魔族の大軍と戦ったことがあった。
重戦士グランとは幾度となくソリが合わずに殴り合って喧嘩したことか。
魔法使いのレンカには魔法を教え合った。
僧侶のルーナには神の教えとやらを押し付けられ……「半分は魔族でも、貴方が好きです」と言われてキスをされたことがあった。
その思い出も、俺を都合良く動かすためのものだったのだろう。けれど、心の奥底で……仲間と思ってくれていると、ほんの一欠片ほど……期待していた。
俺は魔王と会話しているときに回復したなけなしの魔力を使い、手元に事前に書いていた手紙を取り出す。
口の中が切れて、うまく話せない口でゆっくりと話し、手紙を勇者の方に向ける。
「……俺とお前が初めて会った街の孤児院に……俺の財産を渡してくれ。ここに、財産を隠している場所を書いているから……」
これをするためだけに、一人で魔王に挑んだ。……ああ、これで……やっと楽になれる。
死ぬのは怖くなかった。ただ、俺は……一度会ったあの子のために、あの子のためだけに、生きていたんだ。
僧侶の手に持っていた杖が俺の側頭部を打つ。俺はずるりと地面に倒れる。勇者の持つ聖剣がザクザクと俺の身体を突き刺し、痛みがなくなる。ああ、俺は死ぬのだろう。
けれど、構わない。俺はそれで良かったんだ。あの子が幸せになれさえすれば、それ以上は何も求めない。命だって、くれてやる。
手紙を持って去っていく四人の背中を見ながら、果物をくれた少女を想う。あれから一度も会っていない。魔族と繋がっていると思われたら、人間に殺されるかもしれないからだ。
ただでさえ身分の弱い孤児……ほんの少しの疑いでも、不満の捌け口にされてもおかしくない。
だが、金さえ有れば別だ。飢える事はないだろう。暖かい布団も買える。俺はもう見られないが、可愛らしい笑みを浮かべてくれる。
だから、あと少しで死ぬと分かっていても節制に節制を重ねて貯め続けていたんだ。
遠くなってくる耳に、魔法使いの声が響く。
「あの半魔、結構溜め込んでたから、宝石とかアクセサリーとかいっぱい買えそうね」
……は?
続いて僧侶の声が聞こえる。
「あ、私、美味しいお菓子いっぱい食べたいです!」
……は? いや……お前ら……嘘だろ。
半魔の俺のための金じゃなく、同族のための、飢えた子供のための金だぞ。自分達と同族の、可哀想な子供のための金で……。
ガリと土を掻いて立ち上がろうとするが、立ち上がることは出来ない。もう死ぬのだ。動けるはずがない。
「二人ともそればっかだな。これは俺達の結婚式の資金にするって決めてただろ?」
「えー、ちょっとぐらいいいじゃないですかー。ね? だって私、あんな汚いのに「好き」とか言わされたんですよ?」
「私だって胸を見られて──」
勇者達の声が小さくなっていく。届かない。届かない。
声が、想いが。あの……あの優しい少女に金が、布団が、食べ物が。
「あれは、あの子の……あの子のために……!」
それだけは許せない。……飢えて死ぬかもしれない。寒くて凍えるかもしれない。
俺は、あの子を助けないと、だから……あの子のためだけに、必死に、痛いのにも、辛いのにも、苦しいのにも耐えてきて。
「……半魔」
側に倒れていた魔王の声が聞こえる。
生きていたのか。いや、そんなことはどうでもいい。あの金を、届けないと。死ぬと分かっていて、ひたすら苦しみ続けたのに……。
意識が薄れる。感覚がなくなる。身体が遠いものとなり、何もかもが消えていく。
幾ら想おうと、届くことがない。
「……半魔。私は死ぬ。だが……お前は生きろ」
紅い雷が俺の身体を貫いた。
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