【書籍&コミカライズ決定!】はぐれもの最強空間魔法使いは嫁と静かにスローライフしたい 旧題:勇者に全てを奪われ(以下略
ウサギ様
第1話
分かりきったことだった。
こんな奴に言われるまでもなく、遠い昔から……分かりきったことだった。俺が救われることがないことぐらい。
「……私を殺すか。半魔のお前が」
「殺すのは俺じゃない。魔王は聖剣でしか殺せないのは、お前が一番よく分かっていることだろう」
殺し合いの場だと言うのに、黒髪の男は俺に敵意を向けるでも、憎しげに睨むのでも、恐怖に竦むのでもなく、俺を哀れむような目を向けていた。
剣と剣がぶつかり合うが、魔力の違いか、そもそもの剣の質の差か、俺の持っていた剣は簡単に折れてしまう。
この戦いが始まってから一時間弱、既に五十を超える武具が破壊されていた。
瞬時に手元に戦斧を呼び出して男へと叩きつける。
「……稀有な空間の魔法」
砕けた戦斧を放棄し、双剣を呼び出して全身全霊の動きで男へと振るうが、やはり防がれる。切れた息を整えるために背後に下がりながら大量の短剣を投げつけ、長弓を取り出して矢を撃ち出す。
「多くの武具を操る卓越した技術」
男は掴んだ矢をその場に捨て、紅い雷を手元に発生させる。
それは避けようがないことを知っている。口の中に回復薬を呼び出して、瓶ごと噛み砕いて飲み干す。
当然口や喉はズタズタに引き裂かれるが、蓋を開ける時間の短縮にはなり、その傷も回復薬で治る。
紅い雷が俺の身体を焼くが、焼くのと同時に回復薬がそれを治す。
紅い雷を受けながら、目を見開いて大剣を呼び出す。前へと踏み込み、痛みを越えるために全力で吠える。
「ッッッ!! オオオオォォォォォォオオ!!!!」
男はそんな俺の一撃でさえ、片手で持った剣で易々と受け止める。
男が俺の大剣を切り裂き、その勢いのまま俺の腕を両断する。────両断、してくれた。
再び回復薬を口の中で砕いて飲み、腕が落ちる前にくっつく。男の剣は俺の腕を斬ったことで深く振り下ろされており、この一瞬では戻ってくることはない。
この戦いが始まって以来、初めて見えた隙。逃すことはありえない。
剣を呼び出して首を狙う。紅い雷が俺の手を焼いて剣を止めるが、回復薬の力でそれを治して再生した腕で槍を突き出し、男がそれを躱して衣服を掠めるに終わる。
まだだ! 戦斧、槍、剣、メイス、弓矢、双剣、ククリナイフ、大鉈、刀、数多の武具を空間魔法により呼び出して振るうという単純な技。
俺の最も得意とする、最も強く、最も速い、異なる多種多様な武具による連続攻撃──【連なる戦の暦】。
全ての武器が剣と紅い雷に砕かれる。手に武器はない……だが、それでも一歩前へと踏み出る。
やっと、やっと驚いた顔を見せた男……魔王の首を押さえつけ、その場に魔王ごと倒れ込む。
「魔法に武術……。いや、何よりも、自身よりも圧倒的に強いものと対峙し、絶望の中、一歩踏み込む精神」
天井が破壊される。俺が最後の魔力で呼び出した武器が降ってくる。
それは俺の持つ武器の中で、いや、この世界に存在する武器の中で最も強大な武器だろう。
単純な硬さや強さだけならば、魔王の持つ剣よりも遥かに上だ。
魔王の居城が、一本の剣によって崩れ落ちる。
城よりも遥かに巨大な、大地すらも真っ二つに出来るのではないかと思わせるような剣が、降ってきたのだ。
「……聖剣でしか死なない魔王も、両断されたら動けなくはなるだろ」
「……見事だ」
そう俺を認め褒めた魔王の脚が。魔王を抑えている俺を蹴り飛ばす。だがもう遅い。魔王の身体に巨大な剣の切っ先が突き刺さり、城ごと魔王の身体が両断される。
崩れ落ちる城の中、体力も魔力も使い果たした俺は瓦礫と共に落ちる。
地面に仰向けに倒れ、俺に向かって降ってくる瓦礫を見る。手は動かない、脚もだ。魔力も使いきった。
ああ、これは死んだな。呆気ないものだった。……最後に、最後に……あの少女の顔が見たかったな。
そう思った俺の目の前に、紅い雷撃が走る。瓦礫が爆ぜるように消滅して、青い空が目に入った。
「……魔王、お前……何故、俺を助けた」
身体を無理矢理起こして血を吐きながら辺りを見渡すと、胴体から両断された魔王の姿があった。
通常ならば当然死んでいるはずだが、魔王はまだ息がある。
「愚かだな。半魔……お前が私を殺そうが、人からすればお前は魔族であることに変わりはない」
分かっている。分かりきったことだった。
そんな正しいことぐらい、誰にだって分かっている。人からすると魔族は悪だ。半分とはいえ、魔族の血を引く俺も……同様に悪だ。魔王を殺そうと、人類を救おうと。
「……そうかもな」
巨大な剣に寄りかかり、空を見上げる。いい青色をしている。魔族が多大な犠牲を払ってでも、手に入れようとしていたのが分かるほどに美しい。
「私と共にきたらよかったのだ。そうすれば、こんなところで死ぬことはなかった」
「……はは、そうかもな」
そういう未来もあったかもしれない。そうしたら俺は魔王の側近で、英雄として幸せに生きれたのかもしれなかった。
「何故だ。……何故だ、半魔。こうも苦しんで、我と共に死んで、魔族からは憎まれ、人からは蔑まれ、邪神と神の両方から見捨てられる。死を悼むものもなく、墓もなく、語られることすらも」
ああ、空が青い。やり遂げたことに対する喜びはない。結局はただの同族殺しでしかないからだ。
近くにいるはずの勇者が、作戦の成功を確認するまでの時間しか……俺も魔王も生きられないだろう。だから魔王の最期の問いにぐらいは答えてもいいか。
「……人間だった母は人間に殺された。幼い半魔の俺を庇ったから、邪神に魅入られてしまったとか言った人間達が、狂ったように祈りながら俺の母の身体を踏み付けたよ」
「……だったら、人が憎いだろう」
「……ああ、憎い」
人は憎い。
けれど、目を閉じればまぶたに映るのは……ひとりの少女の笑顔だけだ。
「じゃあ。何故、お前は」
「孤児院の子供がな、飢えて街の外に出てきたんだ。戦争によって食料がなく、孤児院なんて弱い身分の人間しかいないところには食料が配給されることがなくなったからだろうな。……その子供は、自分よりも小さな子供に少しでも食事をさせたかったらしい」
俺が根城にしていた森の近くの街。そこから幼い少女が、果実を求めてやってきた。
飢えて痩せきった身体。今にも死んでしまいそうな身体を引きずって、たった一つの果実を持って、口を付けることもなく街に戻っていこうとしていた。
「……果物をな、分けてくれたんだ。人に追われて、死にかけていた俺にな。それで、ここだと寒いだろうからって、俺を背負って街に運ぼうとしたんだぞ。信じられるか?」
「……信じがたいな」
運べるわけもなかった。ただでさえ幼い少女。痩せこけていて、今にも死にそうなほどに腹を空かしている。
「だが、ひとり……ひとりの人間が、高潔だっただけだろう。他の人はどうなんだ。結局、お前は人に殺されるだろう。人間が醜く愚かなのは変わらない」
「ひとりだ。ひとりに決まってるだろ」
魔王は怪訝そうな表情で俺を見る。
「俺の好きな女の子の話だ。そんな何人も好きになるような、軟派な男に見えるか?」
「は、はは……ははは」
呆れたように魔王は笑う。
「笑うなよ。ちょっと惚気ただけだろ」
「笑うさ、何十万という人間と魔族を犠牲にし殺してきた私を殺したのが、孤児の飢えた子供だなんてな」
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