第4話 【結】

「勇者よ、それはいったいどういう意味だ?」


 勇者にあるまじき爆弾発言。どっちかと言うと魔王自分サイドが使い古した台詞をする勇者アレックスに、魔王は真意を尋ねる。

 対してアレックスは「言葉通りの意味だ」とフッと笑いながら言った。


「魔王、お前が自害したところで、むしろ、その後の統治が難しくなる。いくら引継ぎを行ったところで、今までトップに立っていた魔王がいなくなっては国が乱れるだろう」

「それはそうですけど……」

「だから一旦、先に王国を滅ぼしてから、改めて和平を結ぼう」

「すいません! そこが理解できないんですが!?」


 さらに爆弾を投下。爆発させる勇者にセシルはツッコミを入れた。

 と言うか、一旦家帰ろう感覚で国滅ぼすな。


「冗談ですよね!? 王国に剣を向けようなんて!? 冗談ですよね!? 冗談って言ってください」

「冗談だ。これで満足か?」

「それ、確実に冗談じゃないでしょう。『冗談と言ってください』って要望に応えただけで、本音は違うでしょう!?」

「そうだよ」

「ほらね!? なんでそう言うこと言うの!?」


 アレックスの首をガックンガックン揺らしながら吠えるセシル。

 そんな彼を「まぁまぁ、落ち着け」と光太郎が割って入り、宥める。


「ど、どどどどどういうことですか!? なんで、王国滅ぼすなんて言うんですか!? 貴方勇者ですよ!?」

「実はなエレンの実家が近々、革命を起こすらしくてな。公爵……お義父さんとお義母さんから『魔王討伐が終わったら、革命軍に入らないか?』とスカウトされていたんだ」

「革命軍!? スカウト!? 聖女様、アンタの実家、裏で何してんですか!?」

「って言うか、俺最初に言ったじゃないか。国や教会がなんか言ってきた場合革命を起こすって」

「冗談であってほしかった!」


 まさかの展開に頭を抱えるセシル。

 いや、言ったけど。確かに言ったけどさぁ。まさか、本気にするとは思わないじゃん!

 するとエレンが「まぁ、いきなりじゃ、混乱しますよね……」と詳しい事情を補足する。


「実は私、公爵家の出でかつて王太子殿下と婚姻関係にありましたの。ですが……」

「ぽっと出の男爵令嬢にバカ王子が心変わりしちゃったんだよね~」


 エレノアは王太子の婚約者として、日々、努力を重ねていた。

 そんな彼女を裏切るかのごとく、王太子は男爵令嬢に現を抜かし、あろうことか婚前前に肉体関係を結ぶまでに至ったそうだ。そして……


「卒業式のあの日、あの方は私向かってこう言いました……『私は真実の愛に目覚めた! お前との婚約を破棄する』と……」

「ひどい……」

「あんまりね……」

「クソだね、その王太子」


 あまりにも理不尽な話に、同情する女性陣。


 なんでも、エレンが件の男爵令嬢に嫌がらせを行ったという証言をしたという。

 しかもそれはあくまで証言だけで、物的な証拠も他の目撃者もいないと言うお粗末なもの。

 しかし、王太子にとって、それは断罪を行うのに十分な理由となった。

 自分より優秀な婚約者を疎ましく思ったのもあり、国王側も可愛い息子の為ならばと目を瞑り、結果エレノアは国外追放。修道院へ放り込まれた。


 それに対し、たまたま仕事の関係で不在だったアーリアル公爵家当主は、帰還後、事の経緯をしり大激怒。

 国に対し、猛抗議を行った。だが、国は息子可愛さに要求を拒否。あまつさえ、すべてはエレノア側に非があると開き直りさえしてみせた。


「まぁ、それでもまだ、お父様は国を見捨てるまではいかなかったのでしょう。しかし、私が神託で聖女に選ばれたあの日、あの男爵令嬢は私を抹殺しようと刺客を放ってきました」


 修道院にいた家族同然の同僚たちを皆殺しにされ、自身の命を奪われそうになったその時、駆けつけ助けてくれたのがアレックスだという。


「この一件で、我が公爵家は王家に、完全に愛想を尽かしました。加えて、この一件には教会の方も裏でなにやら画策を行っていた様子でして……このままでは、国は崩壊の一途を辿りかねないと考え、革命を起こすべく行動を開始したのです」


 そして、現在、革命の灯は王国だけでなく、人間領の至るところで広がりつつある。


「しかし、それでも王国と教会を倒すには数が足りません。向こうは勇者召喚の儀式で異世界人を多数抱えておりますし、名のある冒険者ギルドの多くも王国側と癒着してます」

「俺のクラスの連中も奴らに従えられてる。正直、大部分はどうでもいい連中だが、中にはダチも混ざってるんだ」


 光太郎が忌々し気に表情を歪ませる。

 召喚された勇者の大部分は異世界での贅沢な生活に満足し、好き勝手権力を振り回しているそうだ。

 対して、まともな少数派――大した力もない者や教会に不審感を抱いている者は、隷属の首輪をつけられ、無理やり従わせられているらしい。

 彼の幼馴染もその一人で、首輪を嵌められる前に、仲間を引き連れ脱走したのを革命軍に保護されたらしい。


「俺たちを誘拐同然に召喚し、奴隷扱いする王国は絶゛対゛許゛さ゛ね゛ぇ゛‼」


 仲間の、幼馴染の受けた仕打ちを思い出し、語気が荒くなる光太郎。

 荒くなりすぎて、若干、濁点が多くなってる気がする。


「その中で、魔王軍と同盟を組めれば、数の戦力差も覆せます。他にも、異大陸からの亡命者が続々、革命軍と合流しつつあります」

「俺の元いた騎士団の中にも現状に不満を持つ奴らが多い。そいつらに声をかければ、内部からも切り崩せるはずだ!」

「ふむ……確かに同盟を結ぶにしても、王国・教会は信用できぬ以上、先に叩くのが良いか……いかがなさいますか? 魔王様」


 ただの恋愛騒動から一転。人類の今後を左右しかねない展開になってきた。

 エレノアやガットゥの話が本当なら、勝ち目のない戦いではないだろう。そう判断したダゴンケンは魔王の判断を仰ぐ。


「魔王、和平を結んでも人間と魔族は長年争い続けてきた。故に、簡単には受け入れられないだろう。その状態で魔王が不在になれば、国は荒れる。それは俺たち人間だけでは統べ切れない。だから、ちゃんと魔族と人間が共存できるまで、世界の半分を肩代わりしてくれないだろうか?」

「……」


 アレックスの説得を受け、魔王は黙り込みながらも、宿屋から出されたぬるくなった紅茶を飲み干す。そして……


「人間は弱い……人間は醜さもある……人間は愚かだ……だが、それは我が魔族も同じ。そして、それは弱気心と戦うことができるのも同じということだ」


 魔王はまっすぐな目でアレックスを見つめ、決断を下した。


「ならば、我は信じよう。人間を。人間の可能性とやらを……‼」

「それ魔王じゃなくて勇者の台詞!」


 勇者よりも勇者らしい光属性溢れる台詞に、セシルはツッコミを入れるのだった。




「……なんだか、大変なことになってきたね」

「そうだね。僕らが置いてきぼりくらう程度にはね……」


 宿屋内での勇者と魔王の和解と言う、歴史的瞬間に立ち会い、その後「革命軍との共同戦線」をはることになった両軍の会議がようやっと終わった頃。


「お前ら、とりあえず、茶ぁしばいてこい」とメディアに言われ、夜の街へほっぽりだされたセシルとミリアは、あてもなく彷徨っていた。


「お互い、奇妙な仲間を持つと大変だね……」

「そうだね……」


 自分たちの話が広がりに広がり、気づけば勇者と魔王の最強タッグ結成という、斜め上の方向に行きついたのだ。

 これはもう、疲れるに決まってる。

 結局、追放云々は有耶無耶になったし。


(……それでも、こうして二人でもう一度、並んで歩けるようになる日が来るなんて、思いもよらなかったな)


 本来なら戦場で、敵として向かい合い、どちらかが――或いは両方とも命を失うかもしれなかったのだ。

 それが今、昔のように二人並んで歩いている。

 世の中、分からないものだ。


「……感謝しても、したりないかな?」

「? なにか言った?」

「うん……ちょっとね……」


 しばらくすると、人気のない場所に出た。

 不意に見上げると、そこには満天の星空。

 月明かりが二人を照らす中、ミリアの手がセシルの手を握りしめた。


「ミリア?」

「……本当はね、私、このまま戦いが続いて、セシルを倒さなきゃならない時が来たら……その時のことを考えると不安でね……どうして、こうなっちゃったんだろうって、思う時があったんだ……」


 その気持ちは痛いほど分かった。

 自身も一時は精神的に追い詰められ、悪夢に苛まれることもあった。

 けれど、それはもう杞憂となった。


「だから、またもう一度、二人で星を見にこれるなんて……思いもしなかった」

「……そうだね」


 革命の果てに、この国がどうなるか分からない。

 けれど、今は互いに守りたい人が、目の前にいる。

 その事実だけが、二人の心を満たしていた。


「実はさ、僕、ミリアに言わなきゃいけないことがあるんだ」

「奇遇だね。私もセシルに言いたいことがあるんだ」


 多分、お互い同じことを言うのだろう。

 その予感は的中し、二人は照れながらも笑顔を浮かべた。




 そして、月明かりに照らされた二つの影は次第に一つになった。




 その後、勇者と魔王両陣営が所属する革命軍は、王都に向けて進軍を開始。

 突然の報告に、腐敗しきった王国も教会も軍を揃えて迎え撃つも、王国各地で反乱が勃発したため、対応する間もなく、敗北を重ねることになる。

 頼みの綱の召喚勇者も、本物の戦争やチート能力など霞んで見えてしまう猛者を前に、恐れをなし、敵前逃亡・投降する始末。


 こうして、革命は成され、新たな王としてアレックス=グランアステリアが即位。同時に魔王軍と和平協定が結ばれることになる。

 翌年、異大陸から侵略部隊が派遣されるも、この協定により王国側に魔族側が協力したことで、防衛に成功。

 以降、何度も戦争が行われるも、その度に人類と魔族の結束は増していき、やがて二つの種族の溝は塞がれていった。


 やがて、二つの種族は垣根を超え、結ばれる者も少なくなくなった。

 その中には、かつて勇者パーティーに所属していたとされる狩人の少年と、魔王軍の四天王だった少女もいたとされる。




 ちなみにこれは完全なる余談なのだが……


「昨日はお楽しみですね」

「……すいません、なにがあったんですか?」


 翌朝、二人が宿に戻ると、昨日まで宿があった場所に巨大なクレーターが出来ており、そこにはボロボロの宿屋の主人が一人、ポツンと立っていた。


「いや~、実は昨日、お二人が出かけている間、勇者様と魔王様が『しかし、なんだな。こうして和平が成立したのはいいが、決着がつかないというのは、味気ないな』と言い出しまして、そしたら賢者様が『じゃあ、腕相撲でよくね?』と言い出しまして……」


 歴代最強の勇者VS魔王の腕相撲対決。

 互いに力は五分五分。手加減なしの真剣勝負が繰り広げられ……


「戦いの余波で宿屋が吹っ飛びました」

「「なにやってんだ!? あいつら!!」」


 とんでもない展開に、二人のツッコミが綺麗にハモった。


「我が宿屋力を持って被害を最小限に抑えられたのは、不幸中の幸いでした」

「宿屋力ってなんですか?」


 最早、ツッコミを入れる気にもならないセシル。



 後年、このクレーター跡は「勇者と魔王の最終決戦の地」と称され、観光名所となるのだが、それはまた別の話である。

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