第3話 【転】

 “漆黒の魔王”

 史上最強の魔王と恐れられるその存在は、人類の想像を遥かに凌駕していた。

 その最も恐るべきところは“フットワークの軽さ”にあった。


 どこから情報を仕入れているのか、勇者召喚や神託が降ると同時に、自ら出撃し、脅威となる前に潰す。その方針により、葬られた勇者は数知れない。


 ある勇者はスライムしかいないはずの序盤の森でエンカウントして瞬殺。

 ある勇者は盗賊の親玉に扮したことを見抜けず秒殺。

 ある勇者は買収された冒険者ギルド内部で仲間を探す前に即殺。


 その神出鬼没ぶりに、多くの者たちが恐れ慄いた。


 かくいう自分たちも聖剣の封印された序盤の森で奇襲をかけられた。(それがセシルとミリアとの再会の切欠になった訳なのだが)


 その後も「なんで魔王がこんなところに!?」と言う場所で戦う羽目になった。

 ある時は壺の中から。ある時は宝箱の中から。ある時は井戸の中から。

 飛び出してきた魔王と戦い、その都度、なんとか退けてきた。

 その後、しばらく、遭遇しなかったが、完全に油断した。


「ウソでしょ? 魔王軍四天王も全員、集結してるよ!」


 “遠見の魔術”で敵陣を映し出すメディアが青ざめる。

 彼女の言う通り、そこには魔王軍四天王が映し出されていた。


 エルフの里を滅ぼしたオークキングの覇王・ギガス。

 深海の暗黒司祭・ダゴンケン。

 天空の支配者たるハーピィークィーン・シルフィーヌ。

 そして……


「ミリィ……」


 暗黒の戦乙女・ミリアの姿がそこにあった。


「くそ、まさか、このタイミングで仕掛けてきやがるとは……」

「不味いな。こっちはまだ花束も用意してないんだぞ!?」

「いやまだ、話し合ってたんかい!」


 いまだ、ホワイトボードであーだこーだ言ってるガットゥと光太郎にツッコミを入れるセシル。


「今はそんな状況じゃないでしょ!? 村の人たちを避難させないと‼」

「よし! 俺が魔王をひきつける‼ 奴の狙いは俺だからな!」

「しかし、勇者様! 危険です! 魔王にはあらゆる攻撃を防ぐ“闇の衣”があるんですよ!?」


 エレノアの言う通り、魔王にはありとあらゆる攻撃を防ぐ“闇の衣”があるのだ。

 それを無効化できるのは勇者しか扱えない“聖剣”ただ一つ。だが……


「聖剣、壊れちゃいましたよね? 割と序盤に……」


 セシルの一言で、ズーンと空気が沈んだ。


 そう。最初、森で魔王に合った際に、魔王に押されながらも、アレックスは聖剣を手に入れそれを振るった。しかし……


「まさか、一振りで折れるとはなぁ……」


 それはまさかのアクシデント。

 アレックスの渾身の一撃に耐えきれず、聖剣が破損。

 おまけに、あの聖剣、意思とか宿っていたみたいで、折れる間際「らめぇぇぇぇぇ! 壊れちゃううううう!」と断末魔の悲鳴を上げていた。怖ぇ。


「その話はもういいだろ? ちゃんと代わりにひのきの棒、台座に刺してきたんだから!」

「よくないよ!? 次代の勇者、ひのきの棒で戦う羽目になるんだよ!?」

「大丈夫だ。『壊れちゃったので次からはひのきの棒でなんとかしてください』って置手紙残してきたから」

「そう言う問題!? それよりもこの状況、どうするんですか!?」

「他の勇者装備は!? 武器は無くても防御力上げて凌ぐことはできるだろ?」


 光太郎が案を出してくるも、アレックスの表情は暗い。

 確かに、勇者の装備はここにある。あるのだが……


「サイズが合わないんだ……」

「えぇー……そんなのありなのかよ……」


 セシルもてっきり、フリーサイズとばかり思っていた。しかし、現実は残酷だった。

 初代勇者の武器はそのほとんどがアレックスの身体に合わなかったのだ。


「文献によれば、初代勇者、割と小柄な人らしかったですからねぇ。“アッチ”は巨大だったそうですが」

「黙れ」


 ウィリアムの軽口を一蹴し、頭を悩ませるセシルたち。


「最悪、兜と盾は投げて使って、あとは棍棒で戦おうと考えているんだが、どうだろ?」

「想像しただけで酷い絵面ですね」

「蛮族の勇者って感じだな」


 こんなのことになるなら、博物館にでも展示しておけば良かったのに。

 下手に“初代勇者の装備”というブランドがあるからこうなるんだ。


「はっ! 勇者様! 大変です! 魔王が拡声器のようなものを取り出しました!」

「あと、なんでこの人、シレっと、仲間みたいな顔してここにいるの?」

「知らね」


 窓から外の様子を伺っていた宿屋の店主が報告するが、個人的にはさっさと逃げてほしい。

 そうこうしているうちに、魔王は拡声器を使って、こちらに呼びかけてくる。


『あーあー……勇者たちよ! 貴様らは完全に包囲されている!』

「魔王なんだからテレパシーと空に幻影映すとかすればいいのに」

「ロマンがない奴だな」

「しっ!」


 文句を言う光太郎とメディア。まぁ、気持ちはわかる。

 そんなこちらのやり取りをお構いなしに、魔王は一方的に要件を伝えてきた。


『我々に戦闘の意思はない! ここには精鋭のみ連れてきたが、皆、今回の件の当事者だ!』

「――今回の件?」


 ――なんか、嫌な予感すんだけど。


 数秒後、セシルの予感は的中する。


『貴様らの仲間の狩人と我が四天王が一人、暗黒の戦乙女・ミリアの交際の件で話がしたのだが!』

「拡声器使ってなに言ってんだ!?」




「……魔王様、セクハラという言葉、ご存じですか?」

「存じておる。だが、今回の場合は仕方ないだろう」

「どこがですか!? この村の人々に、知れ渡ってるじゃないですか!?」


 顔を真っ赤に染めてプンスコ怒るミリア。

 現在魔王軍は一部の幹部のみ宿屋の会議室に通され、残りは待機を命じられている。

 幸い、この村は王国騎士団の駐屯地もなく、ついでに言えば村民たちは勇者や魔王の争いにあまり関心もなく、どちらかと言えば、魔族にも理解のある方々だったので、余計な警戒心を抱かせず、魔王たちは村に入ることができた。

 なんならセシルとミリアの件で野次馬がちょこちょこ宿屋の周辺をウロウロしてるくらいだ。


 ……どうしよう。外歩けない。


 同じく顔を赤面させプルプル羞恥に震えるセシル。

 そんな当事者たちを他所にアレックスが話を仕切り始める。


「それで魔王、お前たちの目的はなんだ?」

「知れたことよ、貴様らとの関係に決着をつけに来たのだ」


 魔王軍と勇者パーティーが向かい合うように座り、相手の出方を探る。

 すると、宿屋が気を利かせて、紅茶をついで来てくれた。


「まぁまぁ、皆さま、そうピリピリせずに、お茶でも飲んで気を落ち着かせてください」

「だからアンタは、なにシレっと話に混ざってきてるんですか?」


 ナチュラルに話に混ざってくる宿屋の存在にセシルはツッコミを入れる。

 魔王は「では、いただくとしよう」と出された紅茶を飲み干し、「ふぅ」と息を吐くと、口火を切った。


「単刀直入に言う。今回の一件、我が魔王軍でも波紋を呼んでいる」


 そう言って魔王は魔王軍の近況を語り始めた。


「切欠はミリア、貴様の部下たちからの報告だった」

「!? まさか、そんな……」


 部下からの密告と聞き、ショックを受けるミリア。

 確かに事が事だけに、魔王への報告は仕方ないと思っていたが、まさか裏切られるとは思ってもいなかった。

 しかし、魔王は「落ち着け」とミリアを宥め、話を続ける。


「……と言うかあいつら、給湯室で我がいるのも気づかず、盛り上がっておった」

「本当になにをしているんだ、あいつら‼」


 自身の部下たちの口の軽さに、頭を痛めるミリア。

 彼女の部下のほとんどは年頃の女性が多い。故に恋愛沙汰は大好物なのだ。

 おまけにそれが自分たちの上司と敵対する立場の相手なのだから、もうたまらない。

 気づけば「あっ」という間に軍全体に広まっていたそうな。



「四天王と勇者パーティーの恋愛と言うスキャンダル……本来なら軍法会議からの処刑が妥当だ」

「っ! そ、それは……!」

「落ち着け、狩人よ。“本来なら”と言ったであろう。状況が変わったのだ……」

「状況、だと?」


 魔王のその言葉に、アレックスが訝し気な顔をする。

 いったいなにがあったというのか?

 全員、魔王に視線を向ける。

 そして、魔王もまた「実は……」と深刻な表情で説明を始めた。




「二人の関係について、擁護する声が魔王軍全体――主にミリアの部隊から上がって、下手に処罰すると最悪暴動が起こりかねない状態なのだ」

「なんですか、それ!? 聞いてませんよ!?」


 ……どうやらミリアの部下の間では、自分との関係は公然の秘密だったらしい。

 知らぬのは上司たる本人のみ。これは恥ずかしい。


「まぁ、これも我の不徳の致すところ。許せとは言わん」

「いや、別件で怒り心頭なのですが……」

「加えて、現在、我が領土には重税に耐えきれずに王国から人間や亜人種が亡命するものが多く、その末、異種族との交際を行う者が増加傾向にある」


 取り締まろうにも反発を招きかねないし「むしろ少子高齢化の解決になってもいいのでは?」とすら考えているそうだ。


「というか、ギガスもシルフィーヌもエルフや人間と結婚しておるからな」

「初耳なんですが!?」


 これにはミリアも驚いた。

 特にギガスはオーク族の敵であるエルフと結婚しているなど……


「……失礼ですが、ギガス様、どこから攫ってきたんですか?」

「本当に失礼だな! 恋愛結婚だよ!」


 曰く、相手はエルフの族長の娘だそうだが、閉鎖的な村の環境に辟易し、出奔しならず者たちに襲われたところをギガスが助け、その後、駆け落ちし、魔王領に亡命してから結ばれたそうな。


「って言うか、俺はむしろシルフィーヌが結婚してるとか初めて聞いたぞ。相手は誰だ?」

「え? 魔王様を討伐に来た勇者よ?」

「なにやってんの、お前!?」

「だって、挑んて来たと思ったら目の前で倒れちゃって……そこから、まぁ、ズルズルと……」


 曰く、シルフィーヌを倒しに来た勇者は劣悪な労働環境で心身ともに摩耗し、戦闘前にぶっ倒れたそうな。それを介抱し、やがて結ばれたそうな。


「まぁ、こういう感じで前例がある以上、今回の件も個人の判断に任せるつもりだった」

「私の葛藤に費やした時間を返してほしいんですが……」


 そう言ってミリアは大きくため息を吐いた。

 セシルと再会したあの日から、自分は出口のない闇の中を延々、迷うような感覚と戦ってきたというのに。

 自分がセシルを殺めてしまう悪夢も何度も見たというのに。


「……さらに言うなら、戦争により疲弊しておるのは我が軍も同じ。このままいけば、泥沼化が進み、民にしわ寄せが向かってしまうだろう」

「確かに、そうだな……王国側も魔王討伐に躍起になっているのは貴族や教会、ハイエルフ連中だけだからな」


 むしろ、民は被害者だ。重税を搾り取られ、日に日に困窮していく。

 中には食うに困って人身売買に手を出したり、村人総出で野盗に堕ちる村もある。

 旅の中、そうした村をいくつも見てきた。


「――故に、我は和平を結びたいと考えておる」


 これ以上、無辜の民を蔑ろにしては、国は遠からず亡びる。

 故に魔王は今回の一件を切欠に和平を結ぼうと考えたのだった。


「……そんな簡単に結んでいいんですか?」

「安心せい、重臣たちはキチンと承知しておる。それに、このまま戦争を続けても共倒れになるやもしれぬ」

「? どういうことだ?」


 魔王の発言にガットゥが首を傾げると、「それは私が説明しましょう」とダゴンケンが話を始めた。


「実はここ最近、我が領海にて別の大陸からの難民が数多く流れ着いております」

「なん……だと……?」

「どうにも、他の大陸の魔族だったようで、迫害され新天地を目指していたらしく、結局、われらで保護したのですが、その後、彼らを追うように、数多くの戦艦が侵入、防衛の為、やむを得ず交戦しました」


 しかし、その後、いくつもの不審な船が多く目撃されるようになり、時には応戦せざる負えなくなったそうだ。


「このままいけば、別大陸からの侵略を受けかねぬ。そうすれば、さらなる悲劇に見舞われる可能性も否定できない」

「そう言えば、最近、お父様も異国の方々をお抱えしたそうですわ。王国の方でも異国の商人と交易を開始したそうですし……」

「そうなのか? 聖女よ」

「はい。しかし、お父様はともかく、王国側はロクでもない影響が現れているそうですが……」


 現在、王国には新種の麻薬が流れ始めたり、未知の魔物が運び込まれ、生態系を崩したりと徐々に悪い影響が出始めているそうだ。


「教会も布教を行うことで黙認しておりますので、取り締まることもせず、野放し状態にあるそうです」

「なるほど……ことは一刻を争うのやもしれん……」


 ならばこそ、魔王は和平を結び、情勢を平定せねばならなかった。


「勇者よ、もし和平を結ぶと言うのなら、我の首をお主らに差し出そう!」

「!? 魔王様! なにをおっしゃられるのですか!?」

「ミリアよ、これはもう決めたことなのだ‼ このままでは、この大陸は異国からの侵略を受けてしまう!」


 しかし、和平を結ぶには血を流しすぎた。

 故に、すべての罪を魔王が被ることで、和平を結ぼうと決めていたのだ。


「後のことはギガスに任せてある。ミリアよ、思えばお主は我が配下一の忠義者であったな……」

「そんな……私は……ただ、助けてくださった恩に報いたかっただけで……」


 セシルと別れたあの後、彼女たちを待ち受けていたのは地獄だった。

 前魔王軍に捕まり、当時の仲間たちは皆、過酷な労働下の中、一人、また一人と死んでいった。

 そんな中でミリアは、次は自分の番ではないかという恐怖におびえていた。

 しかし、それは今の魔王が前魔王を討ち取ったことで終わりを告げた。


 魔王は自分たちを保護し、奴隷から解放。衣食と住居を用意し、一人の民として扱ってくれた。

 その恩に報いるため、今日まで尽くしてきたのだ。なのに……


「なぜ、命を捧げるなどと言うのですか!? そんなことしなくても、王国を滅ぼせば――!」

「そうすれば、お主は地獄の苦しみを受けることになるだろう」

「ッ!」

「我は知っている。お主が今日まで耐えてきたのは、一重にその小僧に会いたいが故だからだろう……?」

「……」


 ――そうだった。

 あの辛い奴隷時代を生き延びたのは、一重に「セシルにもう一度会いたい」という願いからだった。


 もう一度、会って、一緒に遊びたい。

 色んなところを旅してみたい。

 そして、許されれば、共に暮らし、結ばれたい……


 そうした些細な幸せを願いながら、来る日も来る日も耐えてきたのだ。

 四天王になって以降も、心の片隅で願っていた。

 敵対する羽目になっても「もし、敵じゃなかったら」と思わない日はなかった。


 だが、彼女は恩人と愛する者の命を天秤に掛け――愛する者を選ぼうとしてしまっている。

 それがどんなに惨いことか。


 ミリアはただ黙って俯くしかなかった。


「ミリア……」


 そんなミリアの心情を察し、セシルもまたなにかいい方法がないかと思案する。

 だが、一介の狩人でしかない自分ではどうにもならない無力感に打ちひしがれる。


「さぁ、勇者よ……和平を結ぶなら余の首、貴様に捧げよう。どうする?」


 そんな二人を見つめ、せめてもの幸せを願いながら、魔王は覚悟を決めた。



「……けどよ、俺ら聖剣折れてるから魔王の“闇の衣”切り裂けないぞ?」

「そこら辺は心配いらん。先日“闇の衣”が破れてしまっていてな。今は普通の攻撃でもダメージを与えられる」

「え?“闇の衣”が破られたって、どうやって?」

「いや、この間ちょっと本気出したら“ビリッ”と嫌な音がして……」

「そんなんで破られるんだ!?」

「よくこの空気で、そんなこと言えますね!?」


 そんなシリアスな空気を、一瞬で破壊する光太郎とメディアに思わず、ツッコミを入れるセシル。

 ホント、自重しろお前ら。


「まぁ、待て。魔王よ、早まっては困るな」

「なに?」

「そんなことをしても、憎しみが憎しみを呼ぶだけだし、なにより王国や教会は魔族の殲滅を止めないだろう。ならば、お前の存在はまだ必要だ」

「ならばどうすればいいと言うのだ!? これ以上、時をかければ、異国の侵略を防ぐ手立てはなくなるのだぞ!?」


 激昂する魔王に、しかし、勇者は怯まない。

 アレックスはニヤリと笑うと「俺にいい考えがある」と力強く宣言した。


「あ、いやな予感がする……」


 数秒後セシルの予感は的中することになる。

 勇者は、魔王に手を差し伸べ尋ねた。


「魔王、俺と手を組めば世界の半分をお前にやろう」

「それ、勇者じゃなくて魔王の台詞!」


 今、世界が変わろうとしていた。

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