第2話 【承】
未来など誰も予想がつかない。
故により良い未来を作ろうとする強き意志を持つ者こそが歴史に名を遺すのだろう。
「……と言う訳で、記念すべき第三十二回『セシルの恋路を成就させる作戦会議』を開催する」
……そんな後世、歴史に名を遺すであろう筈の最強勇者パーティーが一体、なにをしているのか?
そんなものはセシルが一番聞きたかった。
「って、なんですか!? この会議!? なにやってんのアンタら!?」
ここは宿屋にある大会議室。
そこで、ホワイトボードを背に議長・アレックスが開催のあいさつを始めていた。
当然、こんな会議セシルは初参加である。
「って言うか、当人に隠れて、なんで三十一回もこんな会議開いてるんだよ。恥ずかしいんだけど」と苦情を言ったら……
「逆に言うが三十一回も開いている間、一向に進展しなかった、お前たちにも原因があるんだぞ!?」と怒られた。理不尽である。
「はい、と言う訳で、この会議も三十二回目を迎えて、遂にセシルにバレたわけだが……」
「バレたって言うか、バラしたんでしょうが」
「その分、前回の会議で最大のネックであった『互いに敵対勢力なのが一番進展しない』という原因を『追放』という形で解消できた訳だ! これはめでたい」
「めでたくないよ!? 結果的に勇者パーティー弱体化してるもん!」
炸裂するツッコミ。しかし、そんなものはパチパチパチと拍手で迎える仲間たちにより敢え無くスルーされてしまう。
「しかし! 勘違いするな! 俺たちはようやくスタートラインに立っただけだ! ここからが本番なんだ! 気合を入れていけ! 特にセシル! お前、そこら辺、ちゃんと理解しとけよ!」
「僕は現状を理解できませんよ!? そもそも仲間の恋愛に首を突っ込むから魔王討伐中断する事態こそ前代未聞なんですが!?」
そう、まさに前代未聞である。
魔王討伐は言わば、人類の悲願。それを一個人の恋愛事情で中断していい訳ないのだ。
「はいっ! 意見!」
「メリッサ、なんだ?」
「やはり、進展しない理由の一つは、お互いの恋愛偏差値が低すぎることにあると思うんだよねぇ。言ってはなんだけど、一々反応が童貞臭いっていうか~、中坊の恋愛みたいっていうか~」
「余計なお世話だよ!」
「意義あり! この年頃で童貞卒業している方が問題だ! そもそも男は、みんな最初は童貞だ!」
「おっさんもなに言ってんの!?」
……なのに、こいつらは自分の恋愛沙汰で白熱した議論を進めている。
自分が悪いのだが、そう言うのは他所でやってほしい。
「もう! いい加減にしてくださいよ! 皆さんに僕とミリィがどうなろうが関係ないでしょ!?」
恥ずかしさと怒りで茹蛸のように顔を赤くするセシル。
するとアレックスの表情が真剣なものへと変わる。
「ふっ、甘いな……俺たちがただ、彼女との交際を応援する訳ないだろう? 本当の理由があるんだよ……」
「……え?」
一体、どんな裏があるというのか? 纏う雰囲気は重々しいものに変わり、空気が冷たく張り詰める。
そのプレッシャーに当てられ、セシルは生唾を飲み込みながらも、尋ねた。
「ど、どういうこと、ですか……?」
おそらく自分には想像もつかない理由なのだろう。
ここまで真剣な表情の勇者をセシルは見たこともなかった。
そんな中、アレックスは、重々しく口を開き、衝撃の事実を告げる。
「お前があの娘とくっつかないと、俺とエレノア――エレンと大ぴらにいちゃいちゃしづらい」
「おい!」
……違った。全然違った。はずかしい。
超個人的理由だった。
「もう……勇者様ったら……エレンと呼ぶのは二人きりの時にしてくださいとあれほど……」
「はは、悪いな。つい、な?」
「すいません、惚気ないでくださいます?」
いちゃつく聖女と勇者にイラっとくるセシル。
こいつら魔王軍ほったらかして何してくれてんの?
「しかも俺たちだけじゃないんだ。ガットゥは別れた奥さんと、魔王討伐を果たしたら寄りを戻すらしいし、光太郎は一緒に召喚された幼馴染に告白するらしい」
「は、はぁ……」
曖昧な返事をすると、ガットゥと光太郎が照れだした。
なんか、これって後々フラグになるのではないか? 生死に関わる。
「俗にいう死亡フラグという奴だ」
「「おい、テメェ」」
それっぽいなぁと思っていたけど、口に出すなよ。
「なのに、お前らだけ敵味方に分かれてるからすっごい気を遣うんだよ……」
「そんな理由もあったんですか!?」
そんな事情で人一人追放して、人類存亡の危機ほっぽり出して、恋路に首を突っ込んでくるとか、こいつら何考えてんの!?
「って言うか、それならメディアさんと賢者様、無関係じゃないですか! 二人とも恋人がいるとか、聞いたことないですよ!?」
「失敬な! 私だって恋する乙女なんだからね! 好きな人の一人や二人くらいいるよぉ!」
「えー!? そうなんですか?」
メディアの反応は正直意外だった。
てっきり、魔術が恋人な変人で色恋沙汰などとは無関係に思っていたからだ。
もっと言えば、適齢期過ぎてから焦り出すタイプとも思っていた。
「うん! 昔、住んでた村の男の子がね『大きくなったら結婚してください』ってねぇ……」
――大変だ。勇者パーティーから犯罪者が出てしまう!
ただの微笑ましいエピソードを、ハイライトのない瞳で語るメディア。
瞳孔を開きながら病んだ笑みを浮かべるあたり、彼女の本気度が解ってしまう。
「まぁ、でも私は『大きくなったら』でもなくて今のままでもイイと思うんだけどねぇ……」
――緊急事態! 直ちに衛兵に通報せよ!
最早、倫理のタガが外れた発言をする魔女に、一同、ドン引きである。
純真無垢な少年は悪い魔女に食べられてしまう……
本当は怖いおとぎ話の一幕であった。
「ま、まぁ、愛の形は人それぞれとして……賢者様は? さっき『リア充爆発しろ』とか言ってましたけど」
「えぇ『幼馴染とイチャコラするとかモゲろ!』とか思ってましたよ」
「拗らせ具合に拍車かかってる……」
「しかし、それよりも私としてはくっつかない場合の損失が大きいんですよ」
「損失?」
「そう。あなた方がくっつかなかった場合……」
そう言いながら徐に懐から、一冊の本を取り出した。
……タイトルは『ダークな戦乙女とイチャコラする本』
ご丁寧に成人向けのマークまで入っている。
「キミたちをモデルに書いた、この同人誌の続きが書けなくなる!」
「なにやってんだ、アンタ!?」
「ごふぁ!?」
勝手にエロ同人の題材にされ、ブチ切れたセシルの膝蹴りがウィリアムを襲う!
「ちょ……あんたと私、レベル差2倍なんですけど!」
「やかましい! なんてもの書いてんだよ! あんた! 人が散々悩んでたって言うのに!」
「あ、もしかしてこっちの方が良かった?」
そうして取り出したのは『幼馴染な戦乙女を鬼畜攻め☆』と書かれた、見るからに見るからな薄い本。
刹那、セシルの荒ぶる膝蹴りがウィリアムの鳩尾に炸裂!
「げぼぉ!?」雑魚キャラっぽい悲鳴を上げ、壁に叩きつけられ、賢者は動かなくなった。
「……まぁ、そう言う訳だ。純粋にお前たちが心配なのが大部分だが、俺たちにも少なからず
見返りがある。だから、こうして、みんなで相談し合ってるんだ」
「もうちょっと、なんとかならなかったんですか? 主に賢者」
「無理。こいつはこういう奴だから」
ちーん、と白目を剥く賢者を放置しアレックスは話をまとめる。
世界の命運と愛する人を天秤にかけて延々悩んできたのに、この連中ときたら……
呆れて、物も言えなくなる。
「それにな、俺たちは世間じゃ『勇者だ』『救世主だ』なんて呼ばれているが、結局ただの人間なんだよ。辛いことがあったら泣くし、理不尽な目にあったら落ち込んだり腹を立てたりする」
「……それは分かりますけど」
「だからさ、一人で抱え込まないで欲しかったんだよ。だって、好きな相手と敵同士になって一番苦しんでるのはお前だろ?」
「う……」
自分も伊達や酔狂で勇者パーティーに参加した訳じゃない。
今も尚、貧しい生活を送っている家族や村の人々の為にも、魔王討伐の報酬を持って帰らなければならないからだ。
「でもそのために、無理して戦うって言うのは違うだろ? さっきも言ったが、俺や仲間の誰かが、彼女を手にかけたとして、お前は絶対恨まないって訳がないし、逆に彼女を手にかけたら、死ぬほど後悔するだろ?」
「うぅ……それは……そうですけど……」
しかし、頭は納得しても、心が納得できない。
割り切れてれば毎晩、悪夢に魘されるほど思い悩むことはないだろう。
自分の弓矢が彼女を射貫き、血に沈んだ骸を眺める悪夢も、何度も見た。
恨み言を言われることもあれば、ただただ何も言わず、冷たくなっていく時もあるが、内容はどれも同じだった。
そして、目が覚めれば、今度はこう考える。
――いつか、夢が現実になってしまうのだろうか?
その恐怖に耐えながら、今の今までやってきた。
そして、それは彼女も同じなのだろう。
「彼女の魔王への忠誠心は本物だ、それと板挟みになっているなんて、俺たちにも解るよ。でもさ、それで自分の心を殺し続けてたら、いつか限界が来る。お前も彼女もだ」
「……なら、どうすればいいんですか?」
答えなんか見つかりっこない。
魔王軍と勇者パーティーである限り、敵対は免れない。
それならいっそ、諦めてしまえば楽になる。
「だからこうして、考えてるんだよ。仲間の心一つ救えないで、勇者なんて恰好、つけられないからな」
「ッ……!」
だが、目の前の仲間はそれを諦めない。
「仲間を見捨てて、一人だけ、幸せになったって後味悪いし、なにより格好悪い。だから、お前も彼女も見捨てず、ハッピーエンドを迎えさせたい。それを邪魔するなら魔王でも国でも滅ぼしてやるさ」
――その言葉に、どれほどの救われただろうか?
少なくてもセシルの迷いを晴らすのには、それだけで十分だった。
「まぁ、実際魔族との恋愛なんて、国とか教会とか思いっきり反対しそうな案件ではありますね」
「だよねー、その時、どうすんの?」
「革命を起こす」
「また、でっかく出たな」
「やれやれ、困った人だ……」
そう言って、仲間たちもまた、軽口を叩きながらも、自分の味方をしてくれる。
それがまた、嬉しくて、いつの間にか、セシルの瞳から涙が零れた。
――どうしようもない現実や、自分一人ではどうにもできない困難も不安も、払拭してくれる。
彼らに巡り合えたのは、幸運だった。
「はい、と言う訳で、もう一回、話を戻すけど、どうやって告白するか考えてみよう」
「……だから、この温度差を何とかしてほしい。切実に」
会議は振り出しに戻り、改めてどう告白するか話し合いが始まった。
だが……
「えーと……普通に次会ったらでいいんじゃないですか?」
「いや、無理でしょ? アンタ、素面で告白とかできんの?」
「まぁ、雰囲気に酔ってないと出来ないよなぁ。俺もそうだった」
「あうぅ……」
メディアの手厳しいツッコミに、ガットゥもウンウンと頷く中……
「ここはエロ同人よろしく、その手のお薬を盛って……」
「死ね」
「ガフッ!」
途中でいらんことを言った賢者の腹に魔女とは思えないボディブローが炸裂。
その場に崩れ落ちたウィリアムを光太郎が足で退かしながら、話を再開。
「もう、緊張でガチガチでも『好きだ!』って言ったほうが良いって。言わないと始まんねぇ」「しかし、だなぁ……」
「やはり、観覧車で告白するのが一番だろう」
「は、おっさんくさ。何年前の恋愛指南よ?」
「そもそも、彼女をどうやって魔王軍から離すのか、それが問題ですが?」
「あぁもうじれったい! 私、ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!」
……とまぁ、会議は踊る、されど進まず。
堂々巡りを繰り返していた。その時だった。
「勇者様! 大変です!」
「店主じゃないか! どうした!?」
宿屋の店主が慌てて、駆け込んできた。
ぜぇぜぇと息を切らす店主は、そのままとんでもない爆弾発言を口にした。
「ま、魔王が軍を率いて、この村の外に陣取っているんです!」
――この日、世界の命運が変わろうとしていた。
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