追放されたら、勇者たちが本気だしてきました……

@Jbomadao

第1話 【起】

 その日、勇者パーティーに衝撃が走った。


「セシル=アイズ、お前を追放するッ!」

「!? な、なんでですか!? 勇者様! なんで僕が追放なんですか!?」


 突然の追放宣言に、セシルは混乱する。

 しかし、リーダーである勇者・アレックス=グランアステリアは憮然と言い放った。


「決まっているだろう。お前はもう役に立たないからだ」

「ッ!? そ、そんな……」


 冷徹な一言がセシルは唖然とする。

 確かに、アレックスからしたら自身は取るに足らない存在だろう。

 なにせ、この勇者パーティーは歴代最強と謳われる程の実力者揃いなのだから。


 筆頭は聖剣に選ばれし、邪竜殺しの“勇者”アレックス。

 神託を受けし“聖女”エレノア=アーリアル。

 生きた伝説と名高い歴戦の“戦士”ガットゥ=ヴェルスゥエルクゥ

 異世界より召喚された“転移者”黒木光太郎くろきこうたろう

 数多の魔術を極めし“魔女”メディア=ソーサリー。

 悟りを開きし叡知の“賢者”ウィリアム=セイジ。


 誰もが英雄に相応しい功績の持ち主である。

 そんな中で、自分はと言えば、弓矢しか能のない狩人だ。

 自分より優れた冒険者などいくらでもいる。

 勇者パーティーに入ったのも、たまたま斥候が足りなかったところをスカウトされたからにすぎない。


 それでも自分なりに彼らの力になろうと、精いっぱい努力してきた。


 少しでも力になろうと、夜遅くまで修行した。

 雑用も率先してやった。

 斥候以外にも薬の調合や武器の手入れも学び、技術を得た。


 その結果が「役にたたないから追放」では納得できない。


「ふざけないでください! 僕のどこが役立たずなんですか!?」


 怒り心頭と、アレックスに詰め寄るセシル。

 しかし、アレックスの口から出たのは予想外の一言だった。


「……確かに、お前は俺たちよりも戦闘能力が低い。しかし、旅に欠かせない存在だ」

「え?」

「斥候の腕も元より、現状に甘えず日々精進することを忘れない向上心。日常生活でも俺たちの体調管理や武器の手入れ、アイテムの補給に、村々での交渉……断言しよう。お前は勇者パーティーに必要不可欠だ。」

「だ、だったら、なぜ……」

「それを踏まえた上で、もうお前は役に立たないと判断したんだ」

「!? なにそれ!? 意味が分からないよ!? 納得する理由を言ってよ!」


 自身の存在価値を理解したうえで尚、追放しようとするアレックスに、セシルは食って掛かる。

 すると、アレックスは険しい表情を浮かべ言った。


「――魔王軍四天王の一人、“暗黒の戦乙女”ミリア」

「? 彼女がどうしたんですか?」

「とぼけるなよ? 随分親し気にしてたじゃないか。――少なくても“ミリィ”なんて愛称で呼ぶ程度には」

「ッ!? な、なんで……」

「悪いとは思ったが、お前の態度がおかしいと思ってな……メディアの魔術で身を隠し、後をつけさせてもらった」

「あ、あれは……」

「誤魔化すのはなしだ。正直に答えろ。お前はあの四天王と、どういう関係なんだ?」


 バレてはいけない秘密が暴かれてしまい、セシルの血の気が引いた。

 アレックスの瞳はじっと、自身を見つめている。


 ――おそらく、どう誤魔化しても信じてはくれないだろう。


 この場で嘘を吐いても、メディアの魔術やエステルの奇跡の力を使えば、簡単に暴かれる。

 いや、事が事だ。魔王軍と繋がっている裏切り者として拷問も辞さないだろう。


 ――なによりも、セシルはこれ以上、仲間を裏切りたくなかった。


「分かった……正直に話すよ……」


 セシルは観念し、ミリアとの関係を話始めた。




 セシルの故郷は、王国と魔族の住む領域の境にある村であった。

 魔王討伐の為の税金の増加の煽りをまともに食らい、領主の尽力も空しく貧しい生活を強いられながら、村人たちは互いに助け合いながら生活していた。

 そんな村にある日、魔族の一団が現れた。

 当然、村人たちは武器を構え対峙したが、彼らの姿を見た瞬間、肩透かしを食らった。

 そこにいたのは、屈強で残酷な魔族の軍勢ではなく、痩せこけ、襤褸をまとい、途方に暮れていた流浪の民であったのだ。


 あまりのみすぼらしさに、村長が一行の代表らしき魔族に事情を聞くと、「村を勇者に焼かれた挙句、魔王軍に庇護を求めたら、奴隷に落とされてしまい、命からがら逃げてきた」らしい。


 お上の都合で苦労するのはどこも同じか、と同情した村人たちは、彼らの滞在を許可した。

 自分たちの生活も苦しいのに、敵国の自分たちを助けてくれた村人たちに魔族たちも感謝し、以降、すっかり仲良くなった。


 そんな一団の中にいたのが現在の四天王であるミリアだった。

 村を焼かれた際、両親を失った上、環境の変化に馴染めず、塞ぎ込んでいたミリアだったが、そんな彼女を見かねてセシルは「一緒に遊ぼう」と声をかけた。

 最初は断られていたものの、毎日、話しかけてくるセシルに次第に心を開くようになり、いつしか二人は友達となっていた。


 しかし、幸せは長くは続かなかった。


 王国が選抜した新たな勇者パーティーが、村に訪問することになった。

 どうやら前回のパーティーは討伐に失敗したらしい。

 ここ数十年、いつもこんな感じだった。


「勇者が魔王を倒せば、世界は平和になる」


 それが戯言と感じるようになるまで、多くの魔王が生まれ、その都度、勇者が派遣された。

 いつもなら「あぁ、またか……」「税金が上がるなぁ……」と呆れて呟くだけに終わっただろうが、今回ばかりは事情が違った。


 なんせ自分たちは敵対する存在を匿ってるのだ。

 バレたら異端者として罰を受けかねない。魔族たちは村人に迷惑をかけないように、書置きだけ残し、去っていった。


 当然それ以来、ミリアとは会っていないし、もう会えない。

 そう思っていた……。



 だが二人は、数年後、思いもよらぬ形で再会を果たす。


 新たなる魔王の台頭により、魔族と人類の均衡が崩れたその年、王国から魔王討伐を依頼されたセシルたち一党は、まず各地に封印されている初代勇者の装備を手に入れることになった。

 手始めに聖剣の封印されている森へと向かった一行。だが、そこで待ち受けていたのは、先手を打ち、自ら出陣した魔王率いる精鋭部隊であった。


「よく来たな勇者たちよ。ここが貴様らの墓場となる」


 ――どうやら、今回の魔王は一味違うらしい。


 今まで、一種の様式美のように魔王城の玉座に引きこもり、侵略を部下に丸投げするのではなく、最初から全力全開でこちらを潰しにかかってきたのだ。


 しかし、こちらも歴代最強の勇者パーティーの意地がある。

 突然の奇襲に焦りはしたものの、態勢を立て直し、応戦。劣勢をものともせず、不意をついて魔王の喉元に剣を突きつけた。その時だった――


「魔王様! ここは撤退を!」


 懐かしき声にセシルの動きが止まる。

 魔王を突き飛ばし、アレックスの攻撃から守ったのは、黒き鎧に身を包んだ、かつての幼馴染だった。


「ミリィ……?」


 不意にかつての呼び名を呟くセシル。

 呟きが聞こえたのか、こちらを向いたミリアと一瞬、視線が合った。

 見間違えるはずがない。

 雪原を思わせる銀色の髪、澄み渡る空を彷彿させる蒼い瞳をそのままに、美しく成長した大切な人がそこにいた。

 彼女もまた自身がここにいることに驚くも、すぐに自分の立場を思い出したのか、魔王を庇うようにして撤退。

 セシルは弓を引くことなく、ただ残酷な再会に呆然とするしかなかった。


 しかし、彼らは間もなく二度目の再会を果たすことになった。

 とあるダンジョンでの斥候の際、偶然にも鉢合わせてしまったのだ。

 本来ならその場で殺されるはずが、彼女は震える声で逃げるように促した。


 ――彼女が魔王軍に身を置くことになった経緯も、その時聞いた。


 村から出て行ったあと、新たに台頭し始めた現在の魔王に拾われたこと。

 その恩に報いるために、軍に入隊したこと。

 努力に努力を重ね、遂には若くして四天王の座に就いたこと。


 ――そして、自分のことを片時も忘れたことはなかったこと。


 しかし、最早、自分たちは敵同士。結ばれることなど許されない。

 それでも、心の奥では互いを思い合っていた。

 そんな半端な覚悟で戦い続けた結果が、今の状況だった。


「そうか……お前たちにそんな過去が……」


 アレックスはセシルの話を聞き、大きく息を吐いた。

 恐らくは落胆しているのだろう。無理もない。自分は彼らの信頼を裏切ったのだから。


「で、でも、僕は、勇者パーティーの一員として、覚悟を決めてます! 例え、戦場で彼女と戦いになっても僕は――!」

「そんな甘い考えが通じると訳ないだろう‼」


 最早、自分でも見苦しく感じる言い訳を、アレックスが怒鳴りつけ、遮る。


「覚悟を決める? そんな言葉、軽々しく口にするな!」

「そんな、僕は、ちゃんと考えて……」

「例えばの話だ。俺や仲間の誰かが、彼女を手にかけたとして、お前は恨みを抱かずにいられるのか!? 或いは、自らの手で彼女を手にかけたとして、お前は後悔しないと言い切れるのか!?

 そして、お前が彼女の手にかかったら、どれだけ彼女を苦しめるのか分かっているのか!?」

「――ッ! そ、それは……」


 セシルは何も言い返せなかった。

 当然だ。これは人類、存亡をかけた戦いだ。そこに私情に流されるような人間がいれば、どれほどの危険をもたらすか、分からない訳がない。


 そもそも、本来なら裏切り者として処刑されても文句は言えないのだ。

 自身の矮小さと短慮さに、ただただ打ちひしがれるセシルに、アレックスは再度、宣言する。


「……そんな心構えでは勇者パーティーの一員としてこの先、役に立つ訳がない。だから、セシル=アイズ、お前を今日限りで追放するッ‼」



 ……こうして、この日、セシルは勇者パーティーを追放された。



 そして……


「で、どこまで行った?」

「え?」


 一瞬、なにをいったか理解できなかった。

 多分、聞き間違いだろう。なんせ、相手は自他ともに厳しい態度を崩さない稀代の英雄だ。

 それが、他者の恋路に首を突っ込むような訳……


「彼女とはどこまで進んだんだ? コソっと教えてみ」

「いや、ちょっと?」


 ……あった。嘘だと言って欲しかった。

 そんなセシルの心情と裏腹にアレックスは、一瞬で距離を詰め耳元で呟いた。


「大丈夫、誰にも言わないから」

「あんた、なに言ってんだ!?」


 ……この瞬間、シリアスは死んだ。


 今までの厳しい態度はどこへやら。まるで気安い男友達のように、セシルとミリアの進展具合を尋ねるアレックスに、セシルはツッコミを入れた。


「なに言ってるんですか!? 大体、それ以前に魔族と人間ですよ!? 相手、敵国ですよ!?」

「だからこそ燃え上がるだろ! 恋愛に障害はつきものだからな!」

「知らんがな! そもそも僕、今日限りで追放されるんだから関係ないでしょ?」

「分かってないな。追放したぐらいで、俺たちの絆は壊れたりしない。なにより、追放されたんだから勇者パーティーとは関係ないだろう?」

「そうですよ!?」

「だったら、お前がどこで誰と付き合おうが勝手だろう?」

「なにその屁理屈!? 普通、ここは裏切り者扱いすべきでしょ!?」

「裏切りは裏切られた側にも責任があるんだ! 今回の件もお前が相談できるほどの信頼関係を結べなかった俺に責任がある!」

「やだ、カッコいい!」


 流石歴代最強と名高い勇者。人間性も最強クラスであった。


「ええい、じれったい奴だな! みんな気になってるんだから、素直に白状しろ!」

「だから言う訳ないでしょ! って、みんな……!?」

「そう! “みんな”!」


 嫌な予感を感じ、恐る恐る振り返るセシル。すると……


「話は聞かせてもらいました!」


 バァーンッ! と勢いよくドアを開き聖女・エレノアが入室!


「ふっ! 青春してるじゃないか! おっさんの俺には羨ましいぜ!」


 さらにタンスの中から戦士・ガットゥが登場!


「まったく水臭い奴だな!」


 さらにさらに、ここが二階にも関わらず、窓の外から転移者・光太郎乱入。


「いやぁ~面白くなってきたねぇ!」


 さらにさらにさらに、魔女・メディアが出現!


「まったく、やれやれですね……」


 トドメとばかりに賢者ウィリアムが壺の中から「こんにちは」

 今ここに、勇者パーティー勢ぞろいするッ!


「あんたらなにしてんだ!?」


 至極当然の反応をするセシル。すると彼らは声を揃えて言った。


『気になってつい!』

「ふざけんな畜生!」


 あまりのノリの軽さに思わず遂に悪態をついてしまった。


「いや~だってさぁ……私たちも気になってたのよ~、なんてたって今後に関わることだし~」

「お前が魔王軍と内通してると疑っていたからな。最悪の事態に備えてたんだよ」

「いや、まぁ、そりゃそうですけど……」


 ばつが悪そうに笑いながら、言い訳をするメディアと光太郎。

 彼らの言う通り、魔王軍との内通の疑いがある以上、万が一に備えるべきではあるが……


「まぁ、正直に言えば、お二人の馴れ初めについて前々から気になっていたのがありますけどね」

「流石に正直すぎるでしょう!?」


 そんな建前を聖女が粉砕。本音を暴露してしまった。


「しかもお前もやるよなぁ~、俺らに隠れて、まさか四天王といちゃいちゃしてたなんてよ~」


 最年長たる戦士に至っては、うりうりと肘で脇をつついてくる。

 ウザい。果てしなくウザい!

 そんな緩い流れを断ち切るように賢者が怒鳴り声を上げた。


「皆さん! なにを呑気にしてるんですか! これは我々に対する裏切りですよ!」

「け、賢者様……」

「この男は我々に隠れて、あんな可愛くておっぱいの大きな娘と手を繋いだり、いちゃいちゃしたり、チューしたり、おっぱい揉んだり……あまつさえ【自主規制】もシテやがったんですよ!? もっと厳正に処罰しなくてはいけないでしょうが!」

「いや、そこまでしてませんけど!? って言うか、後半、完全に妬みですよね!?」

「そうです! 早い話がリア充、爆発しろ! ってことですよ! うらやまけしからんのですよ!」

「本音、暴露しすぎだろう!?」


 訂正。賢者もこんなんだった。

 信じられるか? これが歴代最強の勇者パーティーなんだぜ?


「あぁ、もう! いい加減にしてください! 僕は追放されるんだから、これ以上、首を突っ込んでも仕方ないでしょ!?」


 そう、最早自分はこのパーティーを追い出される側の人間だ。

 これ以上、関わられることもないだろう。

 なんなら国に居場所があるかも怪しい立場だ。

 しかし、そんなこちらの事情など、彼らは知ったこっちゃなかった。


「馬鹿野郎! 魔王討伐なんでクソみたいな依頼を受けた所為で、俺たちの青春は灰色どころか血まみれで赤さび色なんだぞ!? こんな面白そうなことに首を突っ込まずにいられるか‼」

「そうですよ! こんな悲劇の物語のような展開、黙ってみてるような真似できません!」

「悩める若者に人生の先輩としてアドバイスしてやるのがおっさんの務めだ!」

「俺に至ってはガチで青春、溝に捨ててるからな! こうでもしないとエンジョイできねぇんだよ!」

「私だって乙女だもん! 応援したくもなるっての!」

「それで、おっぱいは揉んだんですか!? 柔らかったですか!? 教えてくださいよ! さぁさぁさぁ!」

「なんだこの勇者パーティー!?」


 怒号の勢いで首を突っ込んでくる人類最高戦力。

 そんな彼らをたかが一介の冒険者が抑えることなど出来る訳がなかったのだ。

 無力な狩人は哀れ、激流に飲み込まれる羽目になった。


「しかし、こいつは想像以上にめんどくさいな……さっきから『自分は勇者パーテイーだから~』とか言い訳ばっかりして……」

「そうですね。このままだとセシル君、『それが彼女の幸せだ』とか抜かして身を退きかねませんね」

「まったく童貞臭い反応だな。だが、それがいい」

「よっしゃ! じゃあ、みんなで一肌脱いでやるか!」

「おぉ! なんだか、盛り上がってまいりましたね~!」

「やれやれ、仕方ない……リア充の後押しをするのは癪ですが叡知の賢者として知恵を絞ってやりますか……」


 当事者を無視し、勝手に話を進める仲間たち。

「このままではいけない!」とセシルは冷静さを取り戻させようと割って入った。


「ちょっと待ってください! みんな、勝手に決めないでください! そもそも魔王討伐はどうするんですか!?」


 するとアレックスはふっと笑みを浮かべ、親指をグッと立てて一言。


「そんなものは当分中断だ!」


 一刀両断。切り捨てた。


「いや、それ一番中断しちゃいけないやつ!」


 セシルの悲痛な叫びが宿屋中に空しく響く。

 自体は最早、自分一人ではどうにもならなくなっていた。






 一人の人間の少年と一人の魔族の少女。

 許されざる恋物語の末路など悲恋で終わるのが、関の山。

 されど一流のバッドエンドよりも三流のハッピーエンドを望むのも世の常だ。


 これは大事な青春時代を魔王討伐なんぞに捧げた勇者パーティーの、世界への叛逆の物語であるッ‼


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