クエスト12:森の怒りを食らえ!


「フィックシー内のお店で使われてるテーブルや椅子は、作業中に出ちゃったくず鉄をリサイクルしたやつなんだとさ」


 スマートフォンの修理完了後に立ち寄ったコーヒー豆の香りと鼻を刺激するスパイスの香りが漂うカフェ内の機関車を模した席で、「木製のダイニングセットも使われてるけどな」と注釈を入れて紬にそう教えたのは、フェンリーである。

 凛々しく威風堂々とした容姿に違わぬ男勝りな言動に加え、ただコーヒーを嗜んでいるだけなのに様になるほどのスタイルの良さを見せつけられては、紬の心も傾くというもの。

 ノスタルジックな雰囲気の店内との相性が良かったことあるが、長いまつ毛もまたフェンリーの魅力をさらに引き立てる。


「なにボーッとしてんだよ。せっかくのホットコーヒーも冷めちゃうぞ」

「い、いや、なんでもないですよ……」


 デミトピアで淹れられたコーヒーもケーキも、些細な違いはあれど飲めば故郷のことを思い出せるし、食べれば懐かしい気持ちに浸れる。

 元の世界に帰ることを前提として別世界で暮らすというのは、少しいびつだったかもしれないが……。

 少なくともそこまで心配になることはないだろう、と、紬は判断し、完食したあとに店を出た。


「あのー。フィックシーでおすすめのランチとか、スイーツって、ほかになにか……」

「そだねー。私としては香ばしい食感のスチームスイートポテトとか、隅々までしっかり焼かれたスモーキービーフステーキグリルとか……あとね……」

「やっぱり肉食ウサギさんなんじゃないですか……! 食べないでください!?」

「言うようになったわねー、人をヴォーパルバニーみたいに!」

「それが貴様の正体か! ルーナ!」

「フェンリーも調子がいいんだから〜」


 また、雑談しながらの観光がはじまった。

 機械に囲まれ、蒸気が立ち込めるこの街でも子どもたちは駆けっこをするし、カップルがいればいちゃつくし、困っている者がいれば助ける。

 スケールに圧倒されてばかりいる紬ではあるが、ここまでに見てきた街々のいずれにもそうした日常が根付いていることには変わりはないと実感し、「今よりもっとデミトピアの暮らしに慣れていかなきゃな」と反省する。


「そうだ。せっかくだし、フィールミックの公演見に行きましょうよ。でもチケット売り切れてるかな……」


 スズカが電球を頭上に浮かべそうな笑みを浮かべて他の3人にそう提案し、看板を頼りに街中の劇場まで移動する。

 そこはパイプオルガンのパイプのような屋根を持つ外観がトレードマークだ。

 彼女たちはそこまで割とすんなりと辿り着けたが、しかし――。


「スイませェん。もう満員御礼でぇ、売り切れてしまって……」

「あちゃー。やっちまったな……」


 フィールミック一座は超がつくほどの人気を誇っていたゆえ、チケットは既に完売済みだったのだ。

 がっくりと、彼女たちは受付で肩を落とす。


「ですが、明日の分でしたらお取り扱いさせていただいております」

「そっか、しばらくこっち方面に滞在するんでしたっけ! 4人分買います!」


 そうと決まれば早い。

 資金は潤沢だったのでルーナが遠慮なく支払って購入に成功する。

 そうして手に入れたチケットには、凛々しくも美しいフィル座長の顔と一座のシンボルマークである【シルクハットを被ったウサギと動物たち】が描かれていた。


「おぉ〜! 太もも~、じゃなくて太っ腹~! 私のいた世界じゃこういうことまずできないのに……」

「なにぶん、異世界だからね。明日まで大事にしまっちゃおうねぇ――――――!」


 もう既に明日まで待ちきれない!

 そんな顔をして覗き込む紬を制止して、スズカはパンフレットをちらつかせつつチケットをカバンにしまい込む。

 受付のスタッフはそんな彼女たちの姿を、微笑ましそうに見つめていた。


「ま、魔物だ! 街の外にでっけえ魔物が出たぞお~~~~~~~!?」


 目撃した青年が市井の人々に知らせたと同時に、異変が起きてしまった。

 盛り上がっていたルーナたちも目の色を変え、戦う者の顔つきになった。


「こうしちゃおれん、みんな行くぞ!」

「つむつむさんは避難を!」


 危険な目に遭うのは自分たちだけでいい。

 そういう考えに基づいての判断だったが、紬はすんなりとは従わない。

 ルーナの腕を掴んだ彼女は、むすっとした顔て離そうとしなかった。


「嫌です! 私もピースクラフターの一員になったんだよ。それに……皆さんだけ戦いで痛い思いをするなんて、それこそヤだもん。だからついて行きます」

「でも、危ねーぞ。こないだみたいに無事で済むか……」

「自分の身くらい自分で守りますから! お願い……」


 フェンリーがどれだけ言っても耳を貸さないし、スズカからなだめようとしてもきっと同じ結果となっただろう。

 やれやれ、と、ルーナは連れていかないのをあきらめた表情で紬を見る。


「一回こう言い出したら聞かないんだから。その代わり、はぐれないようにね?」

「ルーナさん」



 ◇



 フィックシーの市民から「ああしてきそうだから気をつけた方がいい」といった情報を得て、ルーナたちは魔物への対応をするべく街の外へ向かった。

 そこには件の魔物……樹木が巨人の形をとったような大型のモンスターが立っており、大きな声で怒鳴って何かを主張していた。


「うぐおおおおーー! 森の妖精を代表して言わせてもらう! お前らの工房都市から出ているくせぇ排気ガスが、おれたちの森にまで流れ込んできて、迷惑してるンだよ! 開発を止めろ! ケムリが目に染みるでしょーが!」

「そ、そんなこと言われましても!」


 フィックシーの街を代表して出てきた、片メガネをつけた気弱そうな身なりのいい壮年男性が木の巨人を前に討論を繰り広げている。

 しかし、完全に押され気味だ!


「何を揉めてるんです!」

「あなた方は、ピースクラフターさんところの勇者・・様!? 森の妖精だというあのゴーレムが暴れて、抗議まで……」


 ルーナたちへのその呼び名は比喩なのか。

 それとも本当に――?

 そのことを気にしている余裕は、今の紬にはない。


「【ウッドジャイアント】か……あんた、ネーベルの森のやつかい?」

「違う、その隣の隣の森から来たモンだ。刃物だの鈍器だの、銃火器だの向けられたら怖いからこうしてこの姿で現れたンだ」

「そんなに排気ガスくさかったか? わたしは嗅覚が鋭いけど気にはならなかったけどな。あんたさ、フィックシーの街そのものが気に入らないから、テキトーにそれっぽい理由つけて、攻撃したいだけなんじゃねーの?」

「うるさーい! これは正当な理由による怒りだ! おれたち森の住人の人権を無視し、傷つけたことへの報いである!」


 近隣の森の代表者を名乗るウッドジャイアントは巨体で地団駄を踏み鳴らし、辺りを揺らす。

 踏ん張って耐えたルーナたちだったが、紬や街から出た人々は転んでしまった。


「暴力反対! 暴力をやめないと、こっちから暴力しますよ!」


 杖を片手で持ち、スズカは抗議に抗議で返す。

 こんな不毛なことをいつまでも繰り返していては、泥沼状態から抜け出すことは出来ない。


「やれンのかチビどもめ! オメーらなンかに、おれを倒せンのかって聞いてンだ! どうなンでい!」

「ああ! 倒せるね! 自分が嫌な思いをしたからって、他人に嫌な思いをさせるなってんだ!」


 またもフェンリーがウッドジャイアントを煽る。

 巨大で威圧感のある見た目とは裏腹に、両腕を振り回す駄々っ子じみた仕草を見せたウッドジャイアントはルーナら3人をにらんで大きな足を上げた。

 痛いところを突かれ、心底怒り狂ったからにほかならない!


「踏み潰してやるううううう」



 ◆



 樹木の魔物が出る少し前、フィックシーの劇場内で――。

 この時はまだ魔物が出現した知らせもなく、劇団ギルド・フィールミック一座のメンバーたちは舞台上で精一杯芝居に励み、観客たちはそんな彼らに見入っていた。


「真の美しさを求めし者よ。汝、醜さを愛せ。汝、この世の矛盾を楽しめ。汝、己自身と人を愛し、慈しむべし。さすれば、まことの美を身につけられん」

「ああ、神様……本当にいらしたのですね。わたし、あなたの教えの通りに……」


 草花の冠を被り、白いローブをまとう神を演じているのは黒髪を1本の三つ編みにまとめ、ウサギの耳を生やした女性――座長のフィルだった。

 ただいま上演中の劇の内容は、おおよそ彼女が演じた神が自信を持てない女性に力説した通りである。


「ありがとうございました。午後の部まで休憩とさせていただきます……」


 ――なんやかんやあり、午前の部は終わった。

 フィルが自ら壇上でマイクの前に立ち、観客たちに凛々しい顔で宣言するとホール内の空気も変わり、誰もが気分転換をするため外に出ようとする。

 その時だった――。


『緊急連絡! 街の周辺に巨大モンスターが出現し、攻撃を加えようとしています! フィックシー市内の皆様は不要な外出は避け、安全な場所への避難をお願いします!』


 慌てて入って来た男性スタッフが大声でそう呼びかけたのだ。

 まだ客席にいた者たちが血相を変える中、1人だけ至って冷静な者がいた。

 毛先が赤いエメラルドグリーンの髪と青い瞳を有し、血色もよく背の高い女性である。

 耳は尖っていて、【肉食恐竜】のものと思われる尻尾も生やしていた。


「マジかよ、……おい。あーしが出たほうが良さそう?」


 ゆっくりと立ち上がった彼女は、スタッフたちのうちの1人に質問――というか、確認を取る。

 この女性は露出こそ控えめだが、それでも煽情的なデザインの軽装の鎧を着ていたため、スタッフらをドギマギさせてしまう。


「それには及びません。ピースクラフターのルーナさんたちが対応を……」

「ルーナちゃんがねえ。それじゃー、ばっちし大丈夫かぁ」


 彼らや観客の視線が自身の胸に向かってしまうのに気付いた恐竜の亜人らしき女性は、いたずらな笑みを見せてから腕を組んで安堵の表情をする。

 かと思えば、少し考えた後に何かに感付いたような真面目な顔になってある決心をした。


「あーしちょっと外見てくるね」

「あんたちょっと!? 今危ないって……」

「万が一、別のモンスターちゃんが街ん中に入ってきたらどーすんのさ。だからあーしが行くのよ!」


 不安そうな少年に、エメラルドグリーンの髪の女はウインクしてから頭をなでてやる。

 彼女がそうすることで心惹かれぬ男も女もいなかった。

 仕草や口調こそ飄々として――というより、くだけきったものではあるが、自分なりの責任感・使命感に従って恐竜亜人の女性は、もしもの事態に備えてそのまま劇場の外に出る。


「ざ、座長……」

「心配いらないよ。ピースクラフターさんは強い、今飛び出して行った彼女も・・・……ね」


 その一部始終を見ていた、劇団ギルドのメンバーの中でもマルチーズの耳と尾を生やした【チーネ】は心細そうに座長を見て、彼女の腕に縋りつく。

 チーネを暖かく受け入れると、座長のフィルは落ち着いた様子で彼女に語りかけて落ち着かせた。

 本当は怖かったが、自分までもが取り乱しては、それこそ皆のためにはならない――そう判断してのことだ。

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