クエスト9:デミトピアではじめる新生活
「すごい、こんなに……!? みなさんが私のこと守ってくれるなんて、本当にいいのかなあ……」
「いいの、いいの。頼っておくれよ」
ギルドホーム1階の仕事場を見学させてもらっていた紬は、壁などに飾り付けられた賞状や記念写真にトロフィー、盾などを見て思わず声を漏らす。
フェンリーからも勧められたことで、まず最初にやりたかったことを思い出す。
修理をしなくてはいけないのだ、相棒にも等しいあのデジタル・デバイスの。
「聞いたよ、こっちにトリップして来る前に事故でスマホが割れちゃったんだって? しんどかったろうに。ウチで良ければ、診てあげてしんぜようー」
「カレラさん。ありがとう……」
彼女は取り急ぎ、カレラの机まで行って修理を頼んでみることとする。
カレラは紬の願いを聞き入れ、ルーペを片手にどこを直すべきかチェックし始める。
フェンリーもそばについていたが、ルーナやスズカは他のギルメンと今後の打ち合わせをしに行っていたのでいない。
「ふーむ、あちらでの最新機種かあ。たしかに画面がバキバキになっちゃってるけどー、部品あったかなァ。ここをこーして、あーして、……こーじゃッ」
カエルの遺伝子・特性を有しながら舌っ足らずな声を出し、アカメアマガエルの遺伝子由来の赤い大きな瞳は必要な部品をすぐに見抜く。
引き出しや足元にしまってあった部品をサッと出したカレラは、慣れた手つきで速やかに修理作業を開始して――あっという間に終わらせた。
「やりきった」という笑顔とともに、両手で紬のスマートフォンを返品する。
汚れていたスマホカバーまで、きれいにして新品同様の状態でだ。
「お~……あ、ありがとうございます……カレラさん!!」
「とりま、ウチにできる範囲で応急処置しといたぞ。動くっちゃ動くし写メも撮れるけど、まだ完全に直ってないから気をつけてね」
「ってことは、カレラ。それやっぱりフィックシーで直してもらったほうがいい感じか?」
「あそこのほうが新品早めに入ってくると思うよ。サヤ姉ぇー!」
カレラの隣席のクモの亜人こと、サヤがカレラのほうを向き、紬とフェンリーを見て微笑む。
彼女はまず話を始める前に突然着物をはだけて
フェンリーとカレラは
「はいはーい。【工房都市フィックシー】にはね、【黒のゲーゼルシャフト】製の電化製品がよく輸入されてくるし、もちろんスマホの部品も入ってきてるの。修理だってあっちのほうが本格的なのよ」
「じゃあやっぱり、行かなきゃ! 私のスマホまだ不完全だし……」
「その前に! 私たちからの餞別よ、受け取って」
「はやる気持ちを押さえろ」、と言わんばかりに、サヤは緑色を基調とする袋を渡す。
紬が両手に持ってギリギリ収まるサイズであり、少し重たいので膝がガクリと下がった。
事務作業用の台を貸してもらい、恐る恐る開封すると中身は――。
「1万ママル・ゴールドとお薬と、団員手帳と……この石はいったい!?」
傷を回復するための薬やギルドメンバーの証である手帳に紙幣や金貨に銀貨、そして、色とりどりの宝石のような何かだ。
どれも紬の目には斬新に映った。
そこに長身のミルが、色っぽく腰をくねらせながらやってくる。
瓶底メガネを少し下げて、サヤは彼女の豊満なボディを見てにっこりした。
「ギルド連盟からの特別補給品よ。その石には不思議な魔力が込められていて、冒険者たちの眠っている才能を開花させ、成長を促す効能を持ち……ワタシたちは【魔石】と呼んでいます」
「ファンタジーでよくあるやつだ……」
「その通り。魔法が使えるようになるかもしれないわね」
「ということは。私も皆様に守られてばかりじゃなくなる……!?」
「少し寂しくなるけど――」と、言葉を付け足した紬だが、自分自身が強くなったのならギルメンの負担も減って大助かりのはずだと考え、ほんの少しでも今より強くなろうと誓った。
その直後、フェンリーに肩を引っぱたかれて気合を入れてもらうも少し身がすくんでしまったが、これはつまり……まだまだということである。
◆
ピースクラフターが所有するギルドホームの内訳は以下の通り。
1階には事務室や食堂にゲストルーム、図書室に温泉があり、しかも外にある別館には温水プールも完備している。
2階はギルメンの居住区となっているが、空き部屋もいくつか存在しているためすべての部屋が使われているわけではない。
3階も同様であり、ギルドマスターであるミルの私室もそこにある。
その中で紬が紹介してもらえたのは、2階東側の一角にある部屋だ。
フェンリーには別の用事があったので、移動する前に別れている。
「このホームの空いてるお部屋、どこでも使っていいわよぉ♪ 今日からここがあなたのお家なんだから」
そこは簡素なベッドやカーテンを除いて、家具やインテリア雑貨の類は何も置かれていない殺風景な部屋だった。
窓からはそよ風が入ってきているが、適当なところで空気の入れ替えを終えなくてはそのうち冷えてくるだろう。
「ミルさん、サヤさん、ありがとうございます……!」
「ふふ、ギルドマスター冥利に尽きます。こちらこそありがとう」
外から入ってきた風に吹かれ、たなびく両者の長い髪を見て紬はまたも心動かされる。
それほどまでに美しかったのである、彼女から見たら――。
いや、他の者がその場に居合わせても、同じような感想を抱き見とれていたかもしれない。
「やだ、私たちの顔になんかついてたかな?」
――図星であった。
首を横に振ったりしてごまかしたが、サヤもミルも見抜いたような表情をして笑っている。
「今は難しいかもだけど、家具も好きなの買って置いて行っていいから」
「サヤさん、私とりあえず部屋については現状維持で……わかんないこと多いですし」
「何も焦ることはないわよぉー。これからゆっくり学んで、覚えていったらいいの」
遠慮がちに笑みを返したところ、またもミルに背後から抱き着かれる。
彼女の顔より大きい胸が背中どころか、全身に当たって大変気持ちがよかったらしく、腰砕けな顔をした紬の両肩からは力が抜け出て行く。
「く、食われるぅ~~~~」
「もし面倒だと思ったら、ギルド連盟からの支給品をぜひ……」
「かか、考えときますっ」
押し売りしているのではない。
困ったことがあれば自分たちを頼ってほしいという、気配りなのだ。
◆
ベッドを使えるようにしただけでなく、服をしまうためのクローゼットなども提供してもらい、少しは愛嬌のある部屋作りができた紬は1階の事務室へと降りる。
合間に階段を上り下りするだけでもエレガントな空気を吸い、元の世界とはまったく異なる雰囲気も堪能できて、この2日間で少しは不安も拭い去れたというものだ。
ただ、やはり、帰りたいという思いは紬の中に残り続けていた。
そんな紬の後ろのほうでは、ミルが椅子に座って大きく伸びをしてリラックスしている。
「手配書?」
紬が事務室の中で見かけたそれには、毛先がピンク色をした赤髪で小じゃれた雰囲気の衣装をまとう女性の写真が載っている。
撮影者に向かって挑発的なポーズまでして、「自分は捕まらないぞ」という、相当な自信があったようだ。
「賞金首に興味を持つとは、なかなか見上げた心がけだねーっ」
「ルーナさん!?」
後ろからふわりとした黄金色のロングウェーブヘアーの女性がやってくる。
ウサギの耳を生やした彼女は言うまでもなく、ルーナである。
ハミングまでして楽しげだ。
「私ね、ツムギちゃんにはなるべく楽しいことだけを考えて、前だけを向いて欲しかったんだけど。デミトピアは……
少しの間だけ表情を曇らせてそう告げたのを見て、紬は現実を突きつけられた気分となった。
結局、元の世界と同じで光と闇のどちらも存在するのは同じなのか――と、頭を抱えかけた時、笑顔に戻ったルーナが優しく肩に手を乗せた。
「その女は、デミトピア中を股にかける怪盗団の頭目だ。欲しいものを手に入れるためなら、文字通り何でもする……。注意しろ」
更にタイベルも現れ、舞台女優を彷彿させる凛々しくはっきりした声で紬へと説明を行ない、注意を呼び掛ける。
話の途中で髪を梳かす姿も様になっており、紬にもルーナにも格好よく映った。
「とはいえ、あまり暗いことばかり考えないでほしいのも事実だしな。ルーナ、元の世界に帰るという彼女の願い、責任持って叶えてやりなさい」
「もちろんですよ、タイベルさん! 私もツムギちゃんには笑顔でいてもらいたいから……。どんなに恐ろしい敵が襲ってきても大丈夫だよ。私たちがあなたを守るから、ね?」
プラチナブロンドの麗人タイベルが見守る中で、金髪でウサ耳のルーナが紬の前で誓いを立てる。
うまく言葉が出なかったので頷くだけにとどまったが、紬の思いは2人へしっかりと伝わった。
「あの、サヤさん! 何かお手伝いできることありませんか! 【ガザミア・ガザム】さんたちからは間に合ってるから大丈夫だとか、無理はイカンだとかのお言葉をいただいてしまって」
「心配ご無用! 紬ちゃんは、あのズッコケ3人娘についてって遊んどいで。スマホの動作確認もできたかな」
それから、紬は仕事をもらおうと各メンバーへ声をかけに回る。
恐れず勇気をもって、しかしまだこの世界に不慣れな彼女にいきなりいくつも押し付けるようなことは、メンバーらにはできず。
断られてもあきらめない彼女だが、その表情には焦りと「やることが取っ散らかっている、これでいいのか」という迷いが出ており、それを見抜いたサヤが諭した。
「お節介でしたかね…………そうだ! あのー、草むしりでも……」
「今シーズンは除草作業は既にやったからねー。業者さんも来てくださるし……」
そもそもあの中庭はきっちりと整備されていたではないか。
自分は何を言っているのだ。
恥ずかしくなったので、紬はサヤの隣で作業中のカレラを訊ねる。
「やっぱりスマホが不調だったか?」と心配して振り向いたカレラだが、当然のように紬の要求は予想と全く違うものであった。
「カレラさん、さっきのお礼代わりにお手伝いを!」
「ちょい待ち。お金の計算できる?」
「そこまで得意じゃないです……」
「機械いじりは?」
「てんでダメ」
「無理すんなし。慣れない環境で疲れたっしょ、休憩してメンタルを落ち着かせるんだ。体調管理もお仕事のうちだぞっ」
はつらつな笑顔を
邪魔だからではなく、彼女の体調や精神状態などを配慮してだ。
カレラは周囲や初見の者から思われるほど軽薄な女ではなく、親しい者たちは皆、その他者を思いやる側面を知っている。
「まだまだこれからだ、まだまだ……」
「つーむつむさんっ。あたしと先輩方とで遊びに行こ」
事務室の外のベンチを貸してもらい、苦虫を噛み潰したような顔をしていたところ、今度はスズカが寄り添う。
先ほど同僚であるホッキョクギツネの獣人らと今度の休日にどこへ行くか、予定を立てていた帰りだ。
「そこまで気を遣ってくれなくても」
「つれないこと言わないの。それにあたしらも、お暇なんで」
――その後、外出許可をもらった紬は、ルーナたちの計らいで気分転換のために王都内にあるショッピングモールまで連れて行ってもらえたという。
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