ピースクラフター正式入団と工房都市フィックシー編
クエスト8:王都ブラン・リュミエール
「す、すっご――――い!? クープの街よりもっともっと大きいなんて……!!」
「そりゃあ全部新鮮に映るよね。でも、驚くにはまだ早いわよ」
ヨーロピアン風の大都会と喩えるべき景色が広がるブラン・リュミエールだが、特筆すべきはフィクションで散見される未来都市のような建物もたくさんあるという点だ。
実際、ファンタジーな雰囲気を壊さぬ程度にはビルやマンションに工場が建っていたし、空を飛ぶタクシーやバスのような車両もそこにはあった。
少しカオスではあるが、それでも滞在しているうちに受け入られそうだ――と、紬は判断する。
「未来ずら……」
「未来っぽさで言えば、黒のゲーゼルシャフトはもっとすごいぜー。またいつか連れてってあげる」
「今は、【ギルドホーム】まで行くことが先決よ。そこでギルメンのみんなに挨拶してね」
ニヤニヤしているフェンリーからの言葉に興味を持ったそばから、ルーナに目的を忘れぬように釘を刺されて紬はハトが豆鉄砲を食らったような顔をする。
次にルーナが地図を広げた。
「私たちピースクラフターのギルドホームは……地図でいうとこの辺よ」
「結構スペースを取られてる……!?」
「迷わないようにねーっ」と、催促された後、ギルドホームなる場所への移動が始まった。
ちなみに、ギルドホームとはそのギルドの本部のことを指す。
ギルメンたちが働くための仕事場や、宿泊するための寮などの日常生活に欠かせない設備が充実しているのである。
「ここよ、ここ。広いお庭が目印!」
ブラン・リュミエール内の市井を通り抜ける道路の一角。
そこに点在する塀に囲まれた3階建てのその立派な屋敷こそ、ピースクラフターのホームである。
ガーゴイルなどの代わりに牛の角を持つ女神の像が守護する門をルーナがカギを外して開けたのを合図に、一同は中庭へと入って行く。
晴れ渡る青空の下の白塗りの塀の中にある庭園では緑化活動の一環で植えられた色とりどりの草花が風に揺れ、それをギルドの象徴である牝牛の女神像や勇ましき騎士の像がずらりと並んで見守る、という構図が見られ、噴水もその美しさを引き立てていた。
「あの銅像はミルさんですか?」
「違う違う。北欧神話の天地創造において世界で最初に生まれたとされる、牝牛・【アウドムラ】よ。
「そ、そうなんですね~、そういえば……」
「ははーん。今、同じ名前の
いたずらな笑みを浮かべたミルからまたちょっかいをかけられ、紬の口元が『へ』の字に曲がった。
それを見守るルーナら3人――、やがて、ギルドホーム本館の入口に辿り着く。
3階まであるのだから当然だが、近くで見ればますます大きい。
これからここに住むのかと思うと、贅沢すぎて――そう考えた紬は両目を回してしまう。
「おやおや」
手入れの行き届いた扉の前で見張っていた、ベストにワイシャツに長ズボンといったフォーマルな格好の女性がくすっと笑う。
髪は鮮やかな緑色で、その何かを見据えていそうな瞳は琥珀色で、彼女もまた何かの遺伝子・特性を有していそうだ。
「【コズエ】さん、ワタシの留守中に何も変わりはなかったかしら?」
「お帰りなさい! それと……君が現世から来たっていう紬ちゃんね? 話は昨晩ミルさんから聞かせてもらった」
コズエと呼ばれた女性はミルたちにあいさつした後、紬に目線を合わせるために前かがみとなる。
「そ、そうですけど」
「アタシはコズエっていうんだーっ。オオカマキリの亜人だよっ。昔は暗黒街にいて、褒められないよーなことばかりやってたけど、今はこうしてピースクラフターさんでお仕事をさせてもらってるの」
ウインクしながら、少し長くなったがコズエは自己紹介をする。
「しょげるなって! 現世から来た子は君だけじゃないの。それに【ノンデミ】のメンバーだってうちには……」
「の、ノンデミ? 方言ですか?」
「そそ、これ
わざわざミネラルウォーター入りのボトルを差し出すというボケも踏まえて、コズエは紬にノンデミとは何かを説明する。
紬はだいたい理解したが、その表情は完全にわかってなさそうにも見えて、周囲を「おいおい」と落胆させてしまう。
「さ、遠慮はするな。どうぞ上がって上がって」
◇◇
ギルドホーム内の1階玄関にある事務所では、獣人・亜人・鳥人・ノンデミーーと、種族を問わず、多くのギルメンたちがデスクワークに勤しんでいた。
せっせと荷物を運ぶ者、観葉植物の世話をする者、ローラーで床の掃除をする者、換気を行なう者、依頼書の貼り出しをしている者――。
誰もが忙しかったのだ。
「ふぅ。庶務の仕事も楽じゃないや」
「でも【サヤ】ちゃん、きちっと終わらせられてすんごいなー。ウチなんかもうやる気なくしちゃってぇ」
金髪で姫カット、額にサイコロの6の目のような紋様を持ち、瓶底メガネをかけた和装の女性が机の上に突っ伏す。
それだけの量をやりきったという証拠だ。
その隣にいるライムグリーンの髪に赤い瞳の女性は、計算などをしていた途中だが、どこか面倒くさがっていた。
「おー、お疲れ。ところで、ミルが帰ってきたみたいだぞ」
そこにプラチナブロンドの髪とブルーバイオレットの瞳を持つ女性が入ってくる。
前髪を右に向かって流しており、気さくな口調とは裏腹に貴族のようなエレガントな服装もあいまって麗人のようだった。
背中には翼も生えており、まるで猛禽類を思わせる勇ましさを感じさせた。
「マジですか【タイベル】先輩!? やばっ……まだお金の計算済んでないのに〜!」
目上の立場に当たる鳥人の女性を見るや否や、赤い瞳のギルメンが大慌てで仕事をする素振りを見せ始めるが、時は既に遅く扉を開けてミルたちが入って来た。
いつもの3人組だけでなく、ノンデミの少女を連れて――。
「みんな、ただいま。結構待たせちゃってごめんなさいね」
「ミル姉さん! ルーナ! フェンリー! スズ! 待ってたわよ〜!!」
片手を挙げ、微笑んで挨拶をする。
ミルのそんな姿を見て気が付いたメンバーらは一斉に起立し、玄関の下駄箱まで出向き整列した。
一番前に出たのは、タイベルと赤い眼の女性、そして瓶底メガネの女性である。
「おほおおおお~~~~! まーたこんなにかわいいノンデミの女の子引っかけてきたわね、この天然タラシめ! うらやましいぞ~~~~このこの!!」
目元を見せずともほがらかな笑顔を見せた女性メンバーと、凛々しく笑うタイベルだったが、和装の女性メンバーのほうはというと紬を見つけた途端に鼻息を荒くして急接近。
握手まで求められ、紬は驚いて少し引き気味ながらもノリで仕方なく彼女の手を取った。
「またはじまったよ~」とは、ルーナの談。
フェンリーとスズカも苦笑いしたが、ミルだけは微笑みを絶やさない。
「あっ、ごめんね。はじめまして。私は【サヤ】、このギルドで庶務や服飾をやっているの。あっちは【カレラ】ちゃん」
しかし、そこは大人である。
すぐにクールダウンしてみせたサヤは簡単な自己紹介を行い、次に赤い眼をしたカレラへと振る。
「そうです、ウチがカレラでーす。けろけろっ」
ライムグリーンの髪をした彼女がカレラだ。
特徴的なくりっとした赤い瞳に加え、袖だけ青い衣類を着ているなど、まるでアマガエルの一種を彷彿させる――。
「ピースクラフターのサブリーダーをやっている、【タイベル】という者だ。よろしくな、紬くん」
振られてなくとも、タイベルもまた紬に対し名乗りを上げて、意図せず紬を魅了する。
背も高いし、何よりルックスが抜群に良かったためだ。
実際ギルド内でも非常に人気が高く、皆から慕われている……らしい。
「私がジョロウグモの亜人で、カレラちゃんはアカメアマガエルの亜人、タイベルはハクトウワシの鳥人なの」
サヤがデミガールであることを明かしたとき、彼女が用いた人称からこの3人の間にある年功序列も示唆された。
タイベルはカレラの先輩にあたり、サヤはタイベルとは同期でカレラは彼女から見て年下の同僚にあたるのだ。
「そ、そうなんですね。みんな個性的だぁ……私、皆さんのことちゃんと受け入れられるかな」
「いきなりは難しいよね。でも十人十色っていうし、みんな違ってみんないい。そのうち慣れるわよ」
確かにサヤの言う通りである。
デミ、つまり獣人や亜人であるかどうかは問わず、たくさんの種族がここで働いていることくらいは、紬でもすぐに飲み込めた。
これだけいれば少し変わった者も、ひねくれ者も当然出てくる。
現世でも同じで、個性的で変わった面々ばかりいたことを、紬は思い出す。
「あっ。メガネは気にしないでね。私目つきが悪くって……えへへ。コンプレックスなんだよね」
感傷に浸っていた間にサヤが恐る恐るメガネを外し、紬に目元を見せる。
その瞳は青色で少しつり上がっていて、知らない人が見ればちょっと怖いかも――と、思わせる程度だったが、サヤにとっては大問題なのだ。
だが紬は気にならない、どころか――またしても胸がときめいた。
初対面にもかかわらずさりげない優しさを見せた彼女に照れ笑いした後、サヤはもう一度眼鏡をかけてミルを見上げる。
「私事はさておき……。ミル姉さん、紬ちゃんの入団手続きでしたね?」
「ええ、早速だけどお願いできる?」
「もちろん! 会ったばかりの人のお願いでも叶えてみせるのが私たち、ピースクラフター! それじゃー紬ちゃん、お席に座って」
ギルドの事務所内にある会議用の広いデスクまで案内すると、サヤは紬に着席してもらう。
ファンタジー世界らしい雰囲気を出しつつも、モノの配置の仕方は完全に現世におけるオフィスのようで、独自の空気がそこにあった。
「ハンコ持ってる?」
確認したところ、そのハンコも壊れていて使えない。
そもそも通じるのか、なんて疑問を抱くのは無しだ。
彼女たちは日本語には精通しているし、いざという時は翻訳魔法も使える者たちなのだから。
「……そう。じゃあ、契約書にサインを」
頷いた後、ミルからの指示に従って紬は初日に買ったペンでサインを行なう。
達筆な日本語と、少々ぎこちないが覚えたばかりのデミトピア語の両方で……だ。
誠意のこもったそれを見て、ミルもサヤもその契約を受領する。
すました顔で一息ついてから、ミルは慈愛を感じさせる微笑みを返した。
「天ノ橋紬さん。あなたを当ギルドの新入団員として迎え入れることを約束します」
「ミルさん、みなさん……ありがとうございます!!」
ミルだけではなく、ルーナやフェンリーも、スズカも、サブリーダーのタイベルたちも、紬からすればまだ名も聞けていないサイの角を持つ獣人や馬の耳を持つ獣人にキツネ耳の獣人も、彼女を受け入れてともに歩んでいく姿勢と誠意を見せた。
「これでひとまず、ツムギちゃんを悪い人たちの手からお守りすることができるようになりました。私とっても嬉しい」
「こんな感じでみんな個性派集団っつーか、まとまりがないけど。まー、その辺は人それぞれだしな。紬は優しい子みたいだから、うまくやってけると思うよ」
「ルーナさん、フェンリーさん……」
満面の笑みを浮かべるルーナのそばに陣取ったフェンリーが笑い飛ばした後、落ち着いた口調で語りかけるのを聞いて、紬には2人の優しさが身に沁みた。
一緒の気まずささえあった。
自分だけがこんなに慈悲を受けてしまっていいものなのか、と――。
だが、そんな迷いは振り切らなくてはならない。
もう仲間になれたのだから。
「改めまして……。天ノ橋紬18歳、元の世界に帰るため、こんな私を助けてくれたみなさんの力になるため、頑張ります!」
晴れて新入団員となった彼女はデスクを立ち、見守ってくれているギルメンたちに対してとびきりの笑顔で
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