クエスト4:ギルドマスターは異邦人を試す
「質問に答えなさい。どこから来た」
ラウンジ内に同席させたミルはにらみを利かせ、尋問じみた質問を開始する。
柔和な顔つきとは裏腹な凄味を感じさせる視線に威圧され、紬はぶるぶると震え出した。
――青ざめていたのは、ルーナたち3人もだ!
「も、森のほうです! あっ違う、日本の東京……」
「
「紬です……
「何をしにデミトピアへ?」
ミルからの止まらぬ追及を前に紬は極度の緊張からか、口に出したい答えが押し殺されて出てこない。
圧にやられていたのは、ギルドマスターの彼女とは長い付き合いであるルーナたち3人ももちろん同じで、とくにスズカは戸惑いを隠しきれないでいる。
「み、ミルさん? ミル姉さん? 今日に限っていったい?」
「しーっ! 今お話中よ……」
「余計な口を挟まない!」というニュアンスを込め、ルーナはきつい表情とともにスズカへ注意を呼びかけた。
フェンリーはどこ吹く風と言わんばかりに口笛を吹いてごまかしていたが、そんなものは気休めにしかならず、内心では畏怖する感情のほうが上回っている。
「私、元の世界で白い野良ネコを助けようとしてトラックに轢かれて、病院のベッドに運ばれたら目の前が真っ暗になって、気がついたら……」
「そうか……。望んでもいないのにこのデミトピアに来てしまったと、そう言うのだな?」
細められた冷たい目つきから向けられる、鋭い視線。
それは現世では大学デビューを果たしたばかりの紬に厳しい現実を突きつけるには、十分すぎた。
穏やかに見える顔つきには似つかわしくないまでに彼女を責め立てるミルの姿は、だからこそ普段の人柄を知っているルーナたちには違和感しか――。
「うぅっ!!」
見下ろすようなアングルで、ミルは紬を煽って更に怯えさせる。
「あとは、ワタシが処分する」
「きゃあああ――っ。こ、殺される――――!?」
そして、この場にいた誰もが震え上がった席を立ち、テーブルを回り込んで紬のほうへと移動する。
とうとう彼女の首を締め上げようとしたのか、腕を首筋に引っかけて……
厳格で威圧感たっぷりだった表情も和らいで、「優しそう」という第一印象にふさわしい温和なものへと変わり、
「うしししっ。な――――――んちゃって♪ 驚かせちゃってごめんねぇ! 別の世界から来たあなたを信用してもいいか、試させてもらいました」
そう、すべては茶番。
ミルなりにギルメンたちにサプライズを用意し、見ず知らずの人間である紬に対しては性質を見定めた上で彼女に悪意などが無いことを確認し、こうして――本来の自分自身を示したまでのこと。
「改めまして。ワタシは、日常を営む皆様をお守りする【ピースクラフター】のギルドマスターを務めさせていただく……【ミル・ブルーメシュタイン】よ。よろしくお願いしますね、紬さん」
自己紹介の直後、紬の両肩を手で持って、ミルは慈愛に満ちた眼差しを向けて落ち着かせる。
言葉が出て来なかったので、対する紬はぎこちないスマイルを見せて小さくうなずいた。
種明かしをされたので、ピースクラフター所属の3人も平常運転に戻ることとする。
まだ怯えていたスズカをひっぱたき、現実に引き戻した。
「せ、説明しなければなるまい! ピースクラフターとは、その名の通り【自由と平和を守り、創造する】をモットーとするギルドであーる!」
「ぼちぼちやらせてもらっているのよ」
虚勢を張るのも兼ねて、スズカはソファーの後ろに立って大声を出し自身らが所属するギルドについて簡単な説明を行ない、そのすぐ近くでミルが補足を入れる。
まだ困惑しつつも、紬はなんとかついて行っていたものの、ミルの美貌がつい気になってしまい上の空。
「き、きれいだ……やっぱり……」
「お世辞でも嬉しいわ。困ったことがあれば相談してね」
身長は紬たちよりも更に大きく、少なくとも190cm台。
平均的な成人女性と比べても恵まれたプロポーションを持っている。
ひときわ目立つのは、白銀のメッシュが入ったロングヘアーもだが、そこはやはりバスト――であろう。
それらも含めて存在感のある彼女を見て、紬は既に懐かしき現世に取り残された母に思いを馳せる。
「あの、私……元の世界に帰りたいんです」
「あらまあ、どでかいことをお願いされちゃった。今すぐには難しいけど、そうね。その願い、必ず叶えてみせます」
「ミル、さん……」
「いきなりデミトピアに来てしまって、何かとしんどかったでしょう。同じお部屋を使っていいから、ゆっくりお休みなさい」
「はい!!」
くよくよしてはいられない。
笑顔には笑顔で答えたい紬は、ミルに満面の笑みを見せて頭までなででもらい、少しときめいてしまった。
「ご家族やお友達に会えないのは辛いことだけれど、あなたにはワタシたちがついてます。だから、元気を出してね?」
唐突に「ぎゅーっ」と、ミルは両腕を広げ、現世から迷い込んだ女子大生に抱き着く。
顔どころか上半身より大きい胸に埋もれて、紬はとても幸せそうだ。
「あたた……かい……」
紅潮していたのは、包容力のあるミルに年の離れた姉や実の母親のような母性と安心感を覚えたためであって、何もいやらしい意味は無いのだ。
断じて豊満なバストに包まれたからではない――。
「ナイス!」
「スズカぁ、また鼻血出てんぞ。みっともない」
「気持ちはわかるけどね……カッコつかないわよ」
フェンリーとルーナという先輩ふたりから下心を見透かされただけでなく、その場で叱責もされてスズカはしょんぼりした。
◇
一度ホテルを出て、ミルも加えた一同は街中に建てられた【冒険者ギルド連盟】の出張所に移動する。
ギルド全体を統括している組織の施設であるそこはシンプルな外観・内装ながらも、しっかりと作り込まれ和やかな空気に満ちていた。
冒険者と一般市民の交流の場としても人気が高く、今日も獣人や亜人の女性が人間の男女と語らい、駆け出しの冒険者がベテランに教えを乞う姿も見られた。
「お疲れ様でした。皆様に依頼達成の報酬が届いております」
依頼や任務をこなして報酬をもらう。
このくらいは紬でもわかる。
マンガにアニメ、ゲームをはじめとする各種メディアミックスで散見された光景であるからだ。
クープの街の市民を代表して、依頼主でもある青年とそのガールフレンドがピースクラフターのメンバーたちの前に出て、息を呑んでから意を決して口を開く。
「ネーベルの森に住み着いたキケンな魔物を退治してくださって、ありがとうございました! 街のみんなで出し合ったお金です。どうか皆さんのお好きなように使ってください」
「心からのお礼の品です。あたしからもお願いします!」
「えぇー! そ、そんな……とても受け取れません」
依頼主と受付から出された品は、たくさんの通貨が入った袋と初心者用の軽装の防具一式だ。
熟練の冒険者であるルーナたち4人からすれば物足りない……かもしれないが、紬がいるのなら話は違ってくる。
彼女の安全を確保するための第一歩に繋がるためだ。
「そこまでしてくれなくてもいいのに……」という気持ちがあったため、肝心の紬自身はためらってしまった。
「それ、街の人からの感謝の気持ちを受け取らないのと同じだよ。ここはもらっておいたほうがいいわ。ありがとうね!」
依頼の報酬を受け取るのがはじめてゆえにおどおどしている紬を見かねてか、ルーナは咳払いしてから先輩としてアドバイスを授け、代わりに品物を受け取った。
こういう時は厚意を受けないと、かえって失礼に値するのだということを身をもって教わった気がして、紬は自分なりに反省する。
「そうだ、ま、ママルだった……確か、私の世界の言葉で哺乳類だったよーな」
「ここでおさらい。正式名称は、【ママルゴールド】といいまして。長いからみんなママルやMGってふうに略してるんだよね」
「さてと、普段着はあなたの大切な品になるから保管しといて。試着してみましょう」
スズカによる補足と、ミルからの次の指示を受けた後すぐギルド連盟の出張所内にある更衣室を借してもらい、そこでもらった防具一式を装備できるかどうかのチェックを行なうこととなった。
「ははは、けっこー重たい……」
「ところがどっこい。慣れると案外着こなせるものだよー」
少ないながら、他にも利用者がいたためか自然と注目は集まった。
ルーナたちはビジュアル面でもとても優れていたため、なおのこと目立ってしまう。
幸い女子更衣室で、なおかつ覗きに来るような命知らずもいないのでそういう意味では助かったと言える。
こうして、それまで着ていた元の世界での服装は畳んだ紬は初心者用の装備に着替え、少しは冒険者らしい格好になれた。
「重く感じたならローブやドレスとかのほうが良かったかもしれんけど、まあいっか。とにかくあちこち動き回るより、紬は防御を固めて身を守ることを考えるんだ」
と、経験豊富な冒険者であるフェンリーは語る。
鎧を付けた状態でちゃんと手足を動かせるかどうかも、紬はその場で確認を行ない、とくに問題は見られなかった。
あとは現場に赴いて経験を積み、慣れるしかない。
「軽くて丈夫で防御硬め布地マシマシなやつは、もっと大きな街などに行かないとそうそう手に入りませんから」
「めんどくさくなったら、とにかくビキニアーマーだ。安心しなよー、デミトピアじゃまだまだ現役だぞん?」
「いつの時代の産物ですかー!?」
親世代の二次元のファッションが、このファンタジーな世界では今もなお流行しているということを、さらっとだがフェンリーの口から聞かされた。
当然、多感な年頃である紬は腰を抜かすほど驚いて転びそうになるが、なんとか踏みとどまる。
ただ、嘘つきの比喩たるオオカミの獣人の言うことなのでジョークかもしれない。
「紬さんさえ良かったら、ウチのギルドからよりよい品を贈らせてもらうわよ。どうする?」
「と、とりあえず現状維持で〜……もう愛着沸いちゃって」
未知なる世界への不安と戸惑いに押されて、ぎこちないものばかりだった紬の笑顔は、ミルたちと触れ合っているうちにごく自然で柔らかく、心からのものへと変わって行った。
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