クエスト5:デミトピア来訪最初の夜
「はーっ、はーっ。いろいろ回っちゃったけど、ゲームの世界ならちゃっちゃと用意できるものが、いざやってみたらこんなに大変だったとは……」
いや、その感想はゲームに限らず日常生活にも当てはまるものだ。
自分が今まで家族に頼ってどれだけ楽をしてきたか、いかに甘い認識を持っていたかを、この局面に来て紬は思い知らされた。
とはいえ必要なものはとりあえずそろえることが出来たので、ばっちりでもあった。
「この世界にはもう慣れた?」
「まだまだ、全然です」
今夜泊まるホテル内の6人部屋で荷物をまとめて分かりやすいように配置した後、ほがらかに声をかけてくれたミルに対し、紬は謙遜した態度で答える。
口調だけを見ると、本当はその道の熟練という解釈もできなくも無いが、彼女の場合は言葉通り把握しきれていない事だらけ。
「夕食とお風呂を済ませたら、自由時間の後に消灯ね。お勉強したいことがあれば合間合間にどうぞ、ワタシも力を貸すわよ」
「ミルさん、ありがとうございます! そうだ、忘れないうちに……」
高身長で超がつくほどのナイスバディ、ビジュアルも美しいミルに見つめられてドギマギしながらも、紬は今一番直したいと思っているものを取り出す。
ルーナたちはニヤニヤして見守っていた。
「あら、本場・現世のスマートフォンじゃない。さすがは現代っ子というところね」
「でも転生する前にトラックに轢かれた時の衝撃で、見ての通りバキバキに壊れてしまって……クープの街の中に修理屋さんってありましたっけ」
「クープにはそういうお店ないのよねぇ。こうも壊れちゃってると簡単には直せないわね。ここから北西の【工房都市】か、北にまっすぐの【王都】に行けば修理屋さんがあるのだけど……」
そう簡単には事は運ばない。
元の世界でいうところの西洋風の大きな窓から差す夕陽が背中を紬の背を照らし、まるで慰めているか、あるいは現実は理想と違ってうまくいかないことを諭しているようでもあった。
「元気出してツムギ、必ずいいことがあるからね。そのためにもまずはミルさん、ご飯にしません?」
「いいわね、それ。紬さん、ホテルの料理はご馳走ぞろいよ〜!」
「ゴクッ」
ルーナとミルが心底楽しそうに喜んだ後のことだ。
夕食は、ホテル内にあるレストランにて行われることに決まった。
これまでの買い物と合わせ、ピースクラフターが受け取った報酬のお金をクープの街に還元する形で払うことにはなったが、両者にとってはそれは本望だった。
「今日は本当にお疲れ様でした! わたくしども【ホテリア・クープ支店】からもお礼の品としてご夕食をお作りいたしましたので、皆様でどうぞお召し上がりください」
「い、いただきます!」
洋食に近い見た目のものや和食っぽいもの、テーブルの上に並べられたのはそういった色とりどりかつ個性的なメニューの数々だった――。
コンシェルジュを務めるムクドリの鳥人の女性らによる挨拶の後、全員手を合わせてから食事を始める。
「ジャングルサラダのお味はいかが」
「うまい……」
まずは野菜から、という食事中のマナーはデミトピアでも共通していた。
というか、紬が率先してそうしたのである。
この辺りは人それぞれではあるが――、健康面を考慮するのならやむなし。
ブロッコリーやレタスといった緑の野菜を、その名の通り密林のごとく盛りつけてその上にドレッシングがかけられた、なんとも贅沢なサラダであった。
「じゃあ、白羽のカモメ風パエリアは?」
「うまい!」
次に紬がフェンリーから薦められたのは、現世でいうところの地中海風を思わせる外見のパエリア。
エビや貝はもちろん、カニの身も乗った豪華な具材が目を引く。
ちなみにスズカの語ったうんちくによれば、【白羽のカモメ】――とは、海運ギルドの名前らしい。
「北大陸産のジャガイモを使った、ジャーマンポテトの現世風だよ。気に入ってくれたかしら?」
「うまい!!」
味付けされたジャガイモやベーコンブロックに、ブロッコリーなどがゴロゴロと並べられたこの料理は――ルーナが言っているようにジャーマンポテトである。
かつては紬もちょくちょく食べていたが、間違いない。
確かにあの味であり、当たり前だがスーパーで売られているモノよりも更においしく、彼女からしたら食べ応えもあったらしい。
「――やはり帰らなくては、元の世界に……」と、紬はまたそう考え出す。
「さっきも思ったけど、獣人さんや亜人さん、鳥人さんにとってお肉を食べるのは、
「ならないよ! 私たちはデミガールで、命を分けてくれているブタさんやトリさんたちとはあくまで別の種族なんで……」
「それ言ったら、ミル姉さんなんてフツーにビーフ食べちゃうし、知り合いのクマタカの鳥人の【ミクマ】さんや、ギルメンでハクトウワシの鳥人の【タイベル】先輩はチキンが大好物でしたよ」
少し落ち着いてきたところで、同じテーブル席で食べていたルーナとスズカが紬から投げかけられた疑問に答える。
件のミルとフェンリーは、気にも留めず切り分けたステーキを口にして至福の表情を浮かべている最中だった。
「そう、あまり気にしんとき。何にも食べられなくなっちゃうからな……」
「し、失礼しました」
フォークを人差し指の代わりに向けて、フェンリーは紬へとフォローを入れる。
相変わらず砕けた言い方ではあるが、根底に優しさが見え隠れしていた。
「ごちそうさまでした。お昼の時もだけど、デミトピアのお料理、結構私の口に合ってよかったあ……」
「満足してもらえてわたしらも嬉しいよ」
そのあと30分ほど食堂でガールズトークなどを続けた後――一同は寝室へと戻り、それぞれバスタイムや勉強などの支度をはじめた。
ミルはというと、明日の予定をどうするか思案するだけでなく、デミトピア製のスマートフォンを使ってギルメンと連絡を取り合っていたようだ。
「さて、今から自由時間だー。つむつむさんはこの後あたしたちとホテルのお風呂に浸かりに行くのもよし、シャワーで済ませるのもよし。何をするかはあなた次第」
「もう少し休憩してからお風呂でもいいかな」
我先にと行動を起こす前に紬の意見を最優先としたかったフェンリーは、彼女がスズカと話している内容を聞いて飄々と口笛を吹いた。
「OK、それじゃ獣人や亜人の定義の復習と行こう。その前に地図広げな」
急にグイグイと来られて困った顔をする紬だが、とりあえず机の上に地図を広げて座る。
他の3人も、紬にデミトピアの地理などについてレクチャーしたかったので、そのために一緒に地図を覗き込んだ。
「今、わたしたちがいるのが【中央大陸】の北部から西部にかけての地域、通称【白のキングダム】だ。わたしらのホームグラウンドたる王都はここから北。川や山を越えた先にある東部・南部の地域は、【黒のゲーゼルシャフト】というキングダムと双璧を成す国が治めてる」
地図の表面を右の人差し指でなぞり、腰に左手を当てながらフェンリーが語る。
紬と会うまでにルーナたちとともにギルドの仕事や依頼などであちこち回っていたので、各国の事情にはそれなりに精通しているのだ。
「き、キングダムと、ゲーゼルシャフト?」
「キングダムはまあ、だいたいつむつむさんがここまで見てくださった通りの国です。ヨーロピアンって言うか? ゲーゼルシャフトは更に技術レベルが発達していて、いかにもサイエンス・フィクションに出てきそうなところなの」
「そのキングダムの首都は【王都ブラン・リュミエール】、ゲーゼルシャフトの首都は【ゼルトザム】よ」
「今フランス語とドイツ語が出たような……」
「ふふふ、今の反応嬉しかったな。ツムギにとっては懐かしい響きだったかしら」
異世界で現実世界の外国語にちなんだネーミングが使われているのは、紬自身も様々なフィクション作品で散々見てきたはずなのだが。
その現象が今、実際に目の前で起きているのだ。
「わかりにくいことがあったらどんどん聞いてね。ちなみにその2つ以外は、小から中規模の国家が各大陸に点在してそれぞれ治めてくれてるのよ。見たらわかるけど、中央以外にも東西南北それぞれに大陸が存在しているの」
「こんなに広いんだ……! 中央大陸の、この辺だけでもあんなに広かったのに」
「見所しかないわよ。南大陸には温泉街のある火山地帯と雨の降るジャングル、西大陸にはきれいな湿原と大きな湖――みたいな?」
さっき聞きかじった北大陸産のジャガイモのことを思い出しつつ、置いて行かれないようにルーナの話を聞き続ける。
「種族についてもレクチャーお願いします!」
「そだね、基本的にあたしたちのような哺乳類+人間が獣人で、鳥類の特性を持った人間が鳥人、それ以外の生き物……節足動物や爬虫類、両生類などの特性や遺伝子を持つ人間を亜人と呼んでます」
スズカがどこからともなく取り出した本を読みながら、知りたがっている紬にデミトピアで生活を営む種族に関する情報を教える。
「海の生き物の遺伝子や、エルフやドワーフみたいなおとぎ話や神話に出てくる生き物や精霊の特性を持つ人々もまた、亜人とされてるのよ」
「哺乳類でも海に住んでいたら、獣人じゃなくて亜人なんだよね。ややこしーっ」
「それらをひとまとめにした呼称が【デミガール】または【デミウーマン】だ。略称を【デミ】という」
余計な心配はかけさせまいと、一見すれば平常運転で語り続けるルーナたちだったが、……彼女らデミガールの事情は、紬が想像していたよりもはるかに複雑そうである。
「【デミヒューマン】じゃなくてですか……」
「原則的に女の子にしか、ほかの動物の遺伝子や特性が発現しねぇーからな。昔は分類が更に細かくて……。この辺はもうちょっと落ち着いてからにしよう」
洪水が起きたみたいに多くの情報が押し寄せてきて、理解が追いつかない!
――紬が目をぐるぐる回しているのを確認したフェンリーが、ニヤニヤ笑って気を利かせる。
「が、頑張って覚えるからね。すみませんでした」
「アンタは悪くないんだから謝らなくても。さっ、お風呂行くぞ! それとも、シャワーだけにするかい?」
「い、一緒に入りたいです!」
シャワーの使い勝手がわからない。
だったら、ここはデミトピアにおける入浴マナーについて優しく、手柔らかに教えてもらうしかない。
「話は聞かせてもらったわよ〜!」
「ミルさんも!?」
どこかで待つギルメンたちとの長電話を終え、伸びをして気分も晴らしたところでミルも輪に入って来た。
もちろん、激しくたわわに実った立派な胸を揺らしており――、紬たちはついつい見とれてしまう。
「せっかくだから、クープ支店の大浴場でハダカのお付き合いとシャレ込みましょうね」
……そして、彼女たちはミルの目論み通り女湯で体を洗い流し、お湯に浸かって一日の疲れを癒したのである。
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