クエスト3:クープの街で、彼女は出会う。

 レンガの防壁に囲まれ、その中には木組みの家々が立ち並び、人々が笑う。

 それがクープの街である。

 ……その行き交う人々の中には、獣人や亜人たちも多く含まれていることは言うまでもない。


「す、すごい……みんな本当に動物の耳が生えてる! タテからもヨコからも!」

「ふふ、ツムギには全部新鮮に見えるのね。もちろん普通のヒューマンだっているわよお」


 猫や犬の耳を生やした者だけではない。

 鳥類の翼や尾羽を持つ者、耳にヒレがついた者、頬などにウロコのある者、虫の触覚や翅を有する者、植物の特徴を持つ者――。

 その姿形はまさに多種多様だ、ある意味現世うつしよよりも。

 いずれも女性であることに疑問が沸いた紬だが、それどころではなかった。


「耳4つあって大変なんだよなー」

「そそ、ひそひそ話が聞こえちゃうし、聞きたくない音まで拾っちゃって……この話は止します」


 少し困った顔をするフェンリーとスズカの口から、哺乳類の遺伝子を有する獣人はそうした特徴を持っていることを知る。

 もうこういうのには慣れた、とも言いたそうではあったが。

 また元気を分けてもらえた気がして笑みをこぼす紬の肩を、ルーナが持って叩く。


「さて。街に着いたらまず情報収集とお買い物よー」

「私日本円しか持ってないです!?」

「わたしらが払う。心配しなさんな」


 彼女らに同行し、知人や顔なじみの店員との立ち話にも付き合ったりして、紬が個人的に欲しかったという勉強用のノートや本も買ってもらった後――そこで紬の腹の虫が鳴った。


「なんか食いに行くかい?」


 ここまでしてくれるフェンリーの厚意を断る理由が見つからない。

 しかし、どんな料理が出されるというのか。

 昔ながらのマンガ肉?

 サフランライスか?

 ハンバーグなどの定番も予想はしてみたが、でも実際に何が出るかやはり想像がつかない。

 そうこうしているうちに、紬は料理屋へと連れて行かれた。


「お、おお……これが異世界料理!?」

「ほかにもあるんだけどな。まずはおあがりよ」


 テーブルに座って待つ彼女たちの前に、偶蹄目の特徴を持つウェートレスが料理を運んでやって来る。

 焼いた卵に絵を描くようにケチャップをかけたその見た目やにおいはオムライスに似ているが、細部が違う。

 一口食べてみたところ、味は微妙に異なったが食感は完全に――紬の大好物だったオムライスそのもの!

 なお、混乱しないように全員同様のメニューを頼んでいた。


「どうだいお味は」

「さすがだぁ」


 はじめての食事だったが、不満点は一切なし。

 強いて言うなら、紬にとっては慣れない環境下に置かれ、他の客から珍しそうな視線を向けられて少し怖かったことくらいである。

 こうして食事を終えた一同は店を出て、街中にあるベンチに座って休憩をする。

 

ここデミトピアも、悪いところじゃないでしょう」


 住めば都――というには、まだ早いようで。

 ルーナに声をかけられた紬は複雑そうな顔をして振り向いた。


「はい。でも、元の世界に帰れるならやっぱり帰りたい」

「だから、一緒に探すんじゃない。あなたが帰れる方法を」


 急に手を握られて驚いた紬だが、拒否することなくルーナを見つめる。

 一緒にいたいし、願いもかなえてやりたいというひた向きさが紬にも伝わり、不安から暗さを見せた彼女に明かりを灯した。


「ウツシヨにもありましたよね。千里の道も一歩からって言葉……。まずは、つむつむさんのやれそうなことから探してみない?」

「急にさん付けした!」

「ホントだ」


 邪魔にならぬよう見守っていたスズカとフェンリーも、腕を組み合うなどして改めて紬に協力することを決心する。


「これからどうすっかね。紬の好きにしていいぜ」

「あのー、ギルドマスターさんとはどこで落ち合うご予定を?」


 気になっていたことのひとつを、遠慮はせずにぶつけるとフェンリーは次にこう答えた。


「ホテルだけど」

「ほ……ホテルぅ!? 宿屋じゃなくて!?」

「あははは。やっぱり、君オモシロいこと言うねー。そうなんだよ紬ぃ」


 突然紬と肩を組み始めたフェンリーは彼女を連れて先頭に立ち、後ろにルーナとスズカをくっつけてホテルのある方角へと歩みを進める。看板を見たり、街の人に聞いたりなどして確認をした末に目的地へ辿り着いた。


「【ホテリア】……【クープ支店】……?」

「このデミトピアじゃあー、いわゆる宿屋はほぼほぼホテルや民宿といっても過言じゃあないよー。そうそう、ホテリアっていうのはその名の通りホテルを含む宿泊施設全般を経営・管轄している、最も日常生活に近いとされているギルド組織でぇ……」


 洋館を思わせる見た目の立派なホテルだ。

 文明がだいぶ進んでいるとはいっても、木組みが主流の街の雰囲気を壊さないように外観も合わせてあるというわけだ。


「スズカぁ、長いぞ!」

「そ、そうなんだ。他にも見て回りたいけど、いきなりいろいろありすぎて疲れちゃったな」


 この規模で支店なら本店はどれほどなのか?

 首と視線が上を向いたまま、紬はそのスケールに驚く。

 

「よーし、じゃあホテルにチェックインしましょ。遠慮はいらないわ、宿泊代も私たちが出します」

「えーと、確か……ゴールドでもギルでもゼニー、じゃない、ガルド、ルピー……でもなくて……」

「【ママルゴールド】、略してMG。それが通貨です。あとで復習・・しましょうー」

「だ、誰にですかっ!? 嫌いな人とか!?」

「そっちじゃないってば!」


 ルーナが代わりに払うことを聞いて安心した矢先、紬はスズカからのアドバイスに対しあらぬ方向でボケてしまった。

 確かに、言葉遊びではあるが――。


「ちゃ、ちゃんと働いて返しますから〜!?」

「いやいや、そこまでしてくれなくても!」



 ◆



「すみませんナズナさん、もうひとり追加で」

「かしこまりー」


 シャンデリアに照らし出され、たくさんの人々が行き交うホテルのロビーで、ムクドリの特性や遺伝子を持つ白髪の女性コンシェルジュ・【ナズナ】を相手にほがらかな笑みでチェックを済ませたルーナは、後ろで荷物を下ろして待っていた紬やフェンリーにスズカのもとに戻った。


「紬用の世界地図に薬草に……。ほかに買いたかったものはあるか?」

「で、デミトピア語の辞書……」

「なんで? 翻訳魔法あったらいらなくない?」


 スズカの言うことはもっともだが、紬としてはそこに譲れない思いがあった。


「違うのスズカさん。魔法が解けたら言葉がわからなくなるし、通じなくなっちゃうから……それ読んで勉強しておきたいんです」

「それなら、うちのギルマスに話を通せば必要なもの一式買ってもらえるかもしれねーぞ。あの人はお人好しだからなーっ」

「でもフェンリーさん、さっき買ったノートが……」

「問題ねえ。別のことに使えばいーんだよ」


 話はついた。

 その刹那、スズカがウキウキした様子で「つんつん」と紬を人差し指で突いて顔を向けさせる。

 ラウンジだ。

 スズカは、今度は一際存在感を放っている高身長でグラマラスな女性を指差す。


「あそこに座ってる牛のお姉さんがウチのギルマスだよ。あたしたちからもあなたのこと話すから、あまり気にしないで」


 ツノが生えているし、その膝下まである長い髪は黒をベースに交互に白銀のメッシュが織り交ぜられた不思議な色調をしている。

 衣装も白を基調として牛柄をちりばめたおしゃれなブラウスとロングスカートだ。

 何より全体的に気品があったし、顔も整っている。

 自己主張の激しいセクシーな体型も、プラス要素だ。


「【ミル】姉さん、遅くなりました!」


 スズカから名前を呼ばれた彼女が、ギルドメンバー3名のほうを向く。

 アンニュイな感じで、紬のことも見逃さず。


「ご苦労様」


 ミルは声も艶っぽく、その場にいた4人とも思わず心がときめいてしまったほど。

 とくに紬は彼女が醸し出す色香に当てられて、鼓動が止まらない。

 ――しかし。


「……お前は誰だ。どこから来た?」


 紫色の瞳が冷たく光る。

 ミルとしては、紬に対し「元からデミトピアに住む普通の人間か、現世から来た人間か?」……と、確認したいだけだったかもしれないが――。

 紬にとっては予想だにしなかった言葉と厳しい表情が、刃物のように突きつけられた。


「ヒィぃぃ!?」


 白目をむいて紬は驚いてすくみ上がり、ミルをよく知るはずのルーナたちまで震えあがった。

 優しそうに見えたのになぜだ。

 ――その意図はミル本人にしかわからない。

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